第35回 かかりつけ医が行うべき症例(正中離開)・・・③のⅡ
今回は、前回に引き続き、「正中離開」(俗にすきっ歯)の別の症例で話をしてみたいと、思います。
正中離開の治療を始める時期、というのを見誤ると、不必要に治療期間がかかり、患者さんへの負担は増すばかりです。
また、成人になってからでも正中離開の治療自体は容易ですが、後戻りが非常に生じやすいという最大の欠点があります。その辺りについても触れて見たいと、思います。
症例1
前回(歯並びの話の第34回)のページの最後の方で予告しておきましたのが、症例1です。7才の男の子で、主訴は、上顎の正中離開と、下顎の叢生(乱杭歯)です。治療前が、図A,B,Cです。図Aで、正中に1㎜程度の隙間があります。放置しておいてこの隙間が閉じるかどうかは、左右側切歯(まん中から数えて2番目に生える歯)のスペースが十分あるかどうかを診ます。図Bの黄色丸の位置に側切歯が生えてくるのですが、全くスペースが足りません。ですから、正中離開は、放置していても自然には治癒しないのです。それどころか、側切歯が、口蓋側(中切歯の裏側)に生えるのは明らかです。すぐに治療を開始するべきです。
下顎歯列(図C)については、ご覧の通り乱杭状態で重なっていますので、叢生の治療といことになりますが、今回のテーマとはずれますので、治療経過は省略します。
治療としては、まず、図Dのように、まん中に拡大ネジのついた側方拡大装置で、顎をを左右に広げます。同時に、正中離開の是正のため、図Fが、かなり中切歯がくっついてきたところです。ここでポイントがあります。萌出直後の歯牙というのは、歯根が未完成です。強い力をかけすぎると、歯根が吸収してしまいます。ですから、非常に弱い力(50g以下)で引き寄せます。
図Gが正中離開が改善し、側切歯の萌出スペースも確保された状態です。図Hが、装置を除去した状態です。図Iのように、下顎については通法により、叢生の処置を施し、歯列をアーチ状にコーディネートしている最終段階です。図Jの状態までに、3ヶ月の治療期間を要しました。
A
B
C
D
E
F
G
H
I
J
図A、B、Cの状態を放置すれば、上下ともに、重度の叢生になっているのは明らかです。放置=悪化というのが、歯並びに関してはほとんどのケースに当てはまります。例外として、幼少期の歯性の反対咬合の半数は、永久歯列に生え変わるときに正常被蓋になると言われています。
いずれにしても、レントゲン等で、後続永久歯の位置、大きさ等を確認した上で、治療が必要と判断したならば、この時期であれば、簡単な装置、メカニクスで治療できるので、かかりつけ歯科医の責務として治療できるスキルは身につけておきたいものです。
症例2
成人の方の場合、患者さんの要望が多岐にわたりますので、十分話し合った上で、治療計画を立てる必要があります。
図Kが術前です。正中離開の治療法としては、補綴的(ラミネートベニアやセラミック・クラウン)で行うという選択肢もありますが、歯の切削という不可逆的な行為が行われますので、個人的には、できれば避けたい治療法と思っています。
症例2は、20代の女性です。”歯は削らないでほしい、部分的な矯正治療で何とかしてほしい”という要望でした。
冒頭でお話しましたように、歯牙が萌出しきってからの正中離開は、治療後に非常に後戻りしやすいです。理由は歯を寄せてくっつけても、歯牙周囲を取り囲んでいる歯周靭帯と呼ばれる線維組織が伸びきったところと、逆に縮んだ状態のところが不規則に存在するため、最も歯周靭帯の均衡のとれた元の位置へ歯が戻ろうとします。
そこで、今回は、図Nのように、正中部分の小体切除と、中切歯近心側の歯周靭帯を可能な限り切断しました。図Oは、手術直後です。同日に、ブラケットを装着、矯正力をかけました。ここで、ポイントが2つあります。ブラケットは極力歯頚部側(歯と歯茎の境に近い部位)につけました。理由は、4前歯のみの装置装着で、傾斜移動を避けて、少しでも>トルクをかけたかったからです。もう一つは、即日負荷をかけるという点です。歯牙周囲にコルチコトミー的な処置をした場合、即日負荷が原則です。日にちを置きすぎると、アンキローシス(骨性癒着)を起こすことがあります。1週間ごとの来院でライトフォースで動いていきます。図Pが翌日、図Qが2週間後、図Rが3週間後です。1ヶ月後(図S)には、装置を除去しました。
K
L
M
L
O
P
Q
R
S
矯正治療後の一番の問題点である後戻りについては、2年以上経過していますが、全く起きていません。一応ポジショナーを作製して渡しましたが、全く使用していないけど歯並びに変化はないとのことです。
ちょっとした外科処置を施すだけで、後戻りのリスクはかなり軽減される1例ではないか、と考えます。
針金で歯の裏側をつなげて動かないように固定してしまう、という方法も一法ではありますが、カリエスリスクは高くなりますし、経年的には、ボンディング剤(接着剤)の脱落の可能性がつきまといます。
患者さんのほとんどの方が、かかりつけ医をお持ちです。まずは、私たちのところへ口の中の悩みの相談に来られます。
「正中離開」のような補綴と矯正治療で何通りかの治療方針を考えれるような不正に関しては、自身で適切な提案をしてあげたいものです。また、実際の治療計画に外科を盛り込んだ場合の長所、短所についても、説明する義務がある、と考えます。