第47回 診療ナビゲーション・・③(脱臼した歯牙への処置)
このコーナーでは、日々の診療の中での患者さんとのやりとり、実際の治療の流れなどをお伝えできたら、 と思っています。 |
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Eちゃんは、当医院で矯正治療中です。ところが、先日、自転車で転んで歯が2本抜けてしまいました。 |
上顎前突入(出っ歯)だったのですが、矯正治療は順調に進んで、つい1ヶ月前までは、こんな感じでもうすぐ装置がはずせる、というところでした。カラーのゴムを1つずつ変えて、治療を楽しんでいました。
ところが、自転車でこけて、コンクリートのブロックで顔を打った、といって来院しました。
口腔内を診てみると、こういう状態でした。ワイヤーがグニャッと曲がってしまい、、左上の2本の歯(向かって右上の2本)が、下へずれていました。歯科用語では、”完全脱臼”といいます。歯の周囲からは、出血がかなりありました。
外傷により完全脱臼した歯牙は、小児期の場合は、元の位置へ戻して固定する、というのが一般的です。
そこで、曲がったワイヤーを除去して、新しい真っ直ぐなワイヤーを脱臼した歯以外につけました。
その後、脱臼した歯牙2本を歯ぐきの中へ押し込み、定位置に戻した後、ブレース(歯につけるポッチ)をつけて、ワイヤーで固定しました。
院長曰く、固定するワイヤーは、断面が丸ではなく角、しかも、太い(021×025インチ)ものが良いそうです。その理由については、院長が後述します。
受傷の翌日です。歯ぐきの腫れが少し残っていますが、痛みは全くなく、噛むことも支障ないとのことでした。
何と、術後1週間でこの状態です。どの歯を脱臼したかわからないほどきれいに治っています。
脱臼した歯を拡大したところです。1週間でこの状態まで治癒したのには、いくつかの偶然が重なったからです。そのことについては、後ほど院長のコメントで紹介します。
同じく1週間後の咬合面観です。歯の内側の傷も完全に治癒しており、受傷した面影は、全くありません。本人もお母さんもびっくりされていました。私たちスタッフも、傷のなおりの早さには驚きました。
”歯牙の脱臼”の仕方にもいろいろあるので、当然処置法が異なるとは思うのですが、今回のように、だれが見ても、早期に治癒の方向へ向かったのは、とても不思議です。ともあれ、Eちゃん、スタッフ共々皆で、よかったネ!よかったネ!といって喜んでいます。 | |
<院長のコメント> 今回のEちゃんの場合、いくつかの偶然が重なって大事には至らなかったと思われます。 通常、脱臼した歯牙が口腔内に残った状態で来院される方は少ないです。抜けた歯を手に持って来られた場合、感染源を絶つために、歯髄処置(歯の中の神経を取る)をしてから固定します。つまりその歯は、死んだ歯になります。周囲の歯周組織とも骨性の癒着をする場合が多いので、経年的には不安材料が残ります。周囲歯槽骨の吸収が起こり、抜歯せざるを得ない場合が多いです。 一方、Eちゃんの場合、ワイヤーの変形から想像するに、かなりの衝撃が左上2本の歯牙にかかったと思われます。ところが、矯正治療をしていたために、ワイヤーにかかった衝撃力がブレースをつけている12本の歯牙全体に分散されたのだと思います。だから、2本の歯が完全には脱落しなかったと思われます。 また、脱臼した歯牙の固定法についてですが、矯正治療中のため、太い断面が角のワイヤーを使用することにより、歯が回転することはないので、非常に強固に動かなくできます。取れることはあり得ません。外傷の場合、初期の固定が非常に重要になります。一般的には、脱臼歯の固定は、臨在歯とワイヤーでくくるか、接着剤で留めるのですが、固定法としては、不確実です。臨在歯も動いている場合もあります。動いている歯牙同士を留めても、固定法としては、問題があります。Eちゃんの場合、上顎の歯牙全部12本を留めるのですから、全く微動だにしませんでした。 ただ不安材料がないわけではありません。歯髄が死んでいる可能性はあります。歯髄反応のテストを予定しています。また、骨性の癒着の可能性に関しては、2,3ヶ月して矯正力をかけた時点で判明します。適正な弱い矯正力で歯牙が動けば、問題ありません。注意深い経過観察が必要であることは、言うまでもありません。 |