第67回 ”スピード矯正”最前線
歯列不正を主訴に来院される方が後を絶たない。
歯科の2大疾患と言えば、虫歯と歯周病であるが、”歯列不正は、最近では第3の疾患”と言われている。幼年期からの予防的な矯正の重要性が浸透し、多くの歯科医が治療にあたっている。が、成人の方の場合、いざ治療となると、いくつかのハードルがあり躊躇している方が多いのが現実ではないだろうか?
<患者さんサイドに立った時に、治療の障害となる3大要因>
1)治療期間(通常2~3年)
2)見える装置への抵抗感
3)治療費
私たち歯科医は、歯列不正に悩まれている方が、少しでも治療に踏み切りやすい環境を整備する義務があります。
多種多様の患者さんのニーズへ、可能な限りの治療選択肢を提示することが求められている。
社会人として、バリバリ仕事をされている方ほど、上記の1)、2)が障害となっていることが多い。
「治療期間」については、入院の必要がない外来で行える外科的な処置を施した後に、矯正用インプラントに代表されるアイテムを利用することで、当クリニックの場合、1年以内に95%以上のほぼすべてのケースで治療が終了できるようになりました。抜歯ケースでも、多くのケースで、半年~9ヶ月で終了しています。
また、審美的な見えない矯正(裏側矯正)への時代のニーズは非常に高くなっています。当クリニックの場合、この1年に絞れば、成人矯正の半数の方が、裏側からの矯正で治療を開始しています。
世界最小のオーダーメイドの裏側装置「Incognite:インコグニッド」やDJ(Double J-hook)リトラクターに代表される優れた治療短縮に貢献するさまざまな装置を駆使することにより、快適でかつ治療短縮効果が得られます。ワイヤー、ブラケット等の材料の進歩も相まって、矯正治療は、スピードの時代へ突入したのは確かである。
また、全顎的に歯列の問題がある場合だけでなく、部分的な歯牙移動が必要なケースにおいても、短期間に確実に移動できるデバイス(装置)である矯正用インプラントをアンカー(固定源)として利用することにより、臨床上は非常に有効にかつシンプルに治療が行えています。
その辺りについて、お話してみたいと思います。
図A~Fが初診時の口腔内で、上顎の前突感(出っ歯)を主訴に来院された10代の女性です。6ヶ月後に東京へ引っ越すことが決まっていました。年齢を考慮すると、可能ならば非抜歯で行いところです。
図C,図Dの側方面観で、臼歯部のかみ合わせがややⅡ級(上顎近心咬合)のため、上顎歯列全体の後方移動が必要なケースでした。
図E、Fが上下顎咬合面観です。上下顎ともに歯列弓の形態に問題はなく、叢生(乱杭歯)箇所も見当たりませんでした。
次に、骨格的な観点からの診査を行います。
側方セファロ、正面セファロによる2D診断、そしてCTによる3D診断(図G、H)によりあらゆる方向から頭蓋骨と上下顎骨の関係の問題を抽出します。高解像度で広範囲撮影が可能な当クリニック設置のCTによって始めて行える診査です。
A
B
C
D
E
F
3D画像は、顎骨の形態・偏位や上下顎骨の前後・左右・上下的な位置関係を詳細に提示してくれます。
例えて言うならば、図Gのように左右の各種基準点をプロットしその長さを計測することにより、左右的にアンバランスな箇所が判明します。
図Hは、CTデータからの3Dの右側方面観ですが、基準点をプロットし、各種基準平面との角度を計測し、標準値との差を観察することにより、SD(標準偏差)を超えた問題の個所が判明します。
矯正治療は、術前の正確な診断が治療結果の良否を90%決定すると言われています。CTを利用した3D診断は、矯正診断には必須不可欠な時代です。
なぜなら、歯牙の移動は3次元的に起こります。治療も3次元的に動かします。どの歯牙をどの方向へどれだけ動かしたいのか?動いたか?が客観的に判断することができます。
CTによる3D診断の話はまたの機会に詳細を触れるつもりです。
今回のケースの着目点は、”上顎歯列全体の遠心移動をどのようにして短期間に行うか?”である。
従来からのオーソドックスな治療法だと、各種ある遠心移動装置(GMD、ぺンデュラム、ディスタルジグ、コイルスプリング、2by4・・・・)とヘッドギアの併用ということになる。
G
H
しかし、治療期間は早くて1年は確実にかかるだろうし、ヘッドギアは患者さんの絶対的な協力が必要で、不確実性がつきまとい、治療期間の延長も危惧される。
ということで、PAOO(Periodontally accelerated osteogenic orthodontics)と矯正用インプラントを併用する、という治療法を選択しました。マイナーな外科が必要ですが、患者さんの協力を得ずとも確実に治療短縮が図れるので、現在最も信頼性のある方法と考えています。
当クリニックでは、現在33ケースのPAOOの実績があります。オリジナルのPAOOに、独自の工夫をアレンジしてさらなる効果的な方法を実践しています。
図Iが術前、図Jが歯肉を全層弁で剥離しコルチコトミー(皮質骨に縦溝、横溝のスリットを入れる)したところです。同様な処置を口蓋側にも行います。
歯間乳頭を温存する切開線及びフラップの処理、そして骨切削の位置・深度にも細心の注意を払っています。
図K、Lは、縫合をした術直後の状態です。外科の基本術式・歯周組織への処置に精通していることが求められることは言うまでもありません。
図M~Qが外科処置をした後、2週間後です。この日から矯正用インプラントをアンカー(固定源)として上顎歯列全体の遠心(後方)への矯正力をかけました。
通常の矯正治療は1か月間隔で行うのですが、PAOOを行った場合は歯牙の移動が早いので、ワイヤーの交換、矯正力の調整は7~10日間隔で行います。
セラミックブラケットとホワイトワイヤー、エラスティック(透明なゴム)を利用すれば、審美的な装置として周囲の目は気にせずに治療が進められます。
図M、N、Oのように、上顎歯列の後方移動開始前は、上下前歯部のずれは7㎜で初診時と同じ状態でした。
図Nは右側方面観です。下顎歯列には問題がないため、治療の最終段階までブラケットをつけていません。図Qのように、矯正用インプラントを固定源にして後方への牽引を開始したところです。
図R~Uが上顎の後方移動開始2か月後の状態です。5回の来院で調整を行いました。上下顎前歯部の前後的なずれは約1㎜に改善されています。たかが2か月での劇的な変化です。
このように短期間で上顎歯牙全体の後方移動を行うことは、”PAOO”と”矯正用インプラント”を使用して始めて行えます。矯正治療の期間短縮には革命的なアイテムであるといえます。
I
J
K
L
M
N
O
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Q
R
S
T
U
図R~Uまで治療が進めば、後は下顎にブラケットを装着して、上下の咬合を緊密にする最終仕上げを行えば治療終了となります。治療期間で言えば、2~3か月もあれば十分です。トータルの動的治療期間は6か月以内で終了となります。
上記のケースは、従来からの最もオーソドックスな矯正治療では、どんなに熟練した矯正医が行っても、1~1、5年はかかります。
冒頭にお話しましたように、<患者さんサイドに立った時に、治療の障害となる3大要因>の一つである治療期間の問題に対して、PAOOに代表されるマイナーな外科と矯正用インプラントをセットで行うことで大幅な短縮を提案できるようになりました。
但し、矯正治療はもちろんのこと、外科処置、歯周処置にも精通した歯科医院で行われることが必要要件であることは言うまでもありません。
さまざまな歯科治療法が日進月歩で開発され、日常臨床で行われています。
私たち医療サイドは、医療という専門分野の研讃を怠ることなく積み重ね、患者さんのニーズに合ったさまざまな提案ができる体制作りを常にしておかなければいけないと感じてます。