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第58回 ”リカバリー”のほとんどは難症例・・・①

今回は、矯正治療を診療に取り入れ始めた、あるいはこれから取り入れようとお考えの歯科医の方へ、最低限気をつけてほしいことや、見切り発車的に治療を始めてもし行き詰ると、非常に難しいケースになってしまうことを知って頂きたいとの思いでお話させて頂きます

不幸な患者さんをつくらないためにも、知識、スキル、経験を十分に積んでから取り組んで頂きたいです。

現在、当医院では、他分野とのコンビネーション的な治療も含めると、300名余りの方が実際に装置をつけて矯正治療を行っています。
その中には、いろいろな経緯があって当医院へ迷い込んできた、言い換えれば、他医院で治療中にも拘らず、トラブルになって来院された方も多くおられます。

矯正治療に限ったことではありませんが、患者さんと歯科医師、歯科医院との信頼関係は非常に重要です。
矯正治療に関しては、患者さんにとっては審美面での改善が主目的であることが大半のため、治療後はもちろんのこと、治療中も患者さんが治療が順調に進んでいるかどうかの評価がある程度できる!という側面があります。

そして、患者さんのイメージしたゴールというのが必ず存在しますので、矯正治療によってどこまで改善できるのか?術前に十分コンサルテーションしておこないと、トラブルになりやすい分野といえます。

また、歯科医のスキルの高低、オプション(引き出し)の多少によって、目指せるゴールが違う!という側面もあります。治療中断は原則できませんし、ごまかしが聞かない分野でもあります。十分なスキルを身につけてから取り組むべき分野であることは確かです。

以下の他医院から転医してきたいくつかのケースは、矯正治療を行う上での基本的なルール、原則を知らない、あるいは守らないがために、患者さんに多大な迷惑をかけてしまったものばかりです。テクニックの種類、流派とかいう以前の問題です。

リカバリーを行う場合、矯正治療の開始前より悪化している場合がほとんどですし、歯科医や歯科医療全般への不信感を伴っていることが多いため、精神面へのケアをしながらのとても難しい治療になります。本当に残念でなりません。

図A~Fが当医院初診時の状態です。20代の女性、他歯科医院にて、1年半の矯正治療を行っていました。歯並びが全く良くなっていかないことを不安に思い、知人の紹介で来院されました。主訴は、上下の前歯部に何箇所かある空隙と、重度の出っ歯でした。

図Aの正面観において、正中に約2mmの空隙があります。過蓋咬合(かみ合わせが深い)です。図Bのように上顎の前歯がかなり前方にあるいわゆる出っ歯の状態でした。

図C(上顎咬合面観)、図D(下顎咬合面観)において、歯列弓形態は正常ですが、6前歯の歯間部に何箇所が空隙が存在します。

図E(右側面観)、図F(左側面観)です。臼歯部(奥歯)の咬合関係が左右ともに重度Ⅱ級(上顎前突)でした。ブラケット(歯につけるポッチ)がなぜか小臼歯にはついていませんでした。

通常開始して1年半も経過していれば、治療の後半戦には差し掛かっているはずです。実は、この患者さんは、1年半前の歯の模型を持参されていました。私が見る限り、図A~Fの状態とほとんど変わっていませんでした。

A

B

C

D

E

F

では、なぜ1年半もの間、治療が全く進まなかったのか?担当の歯科医は何をしていたのか?ということです。

図A~Fが当医院の初診時の状態です。上顎前突、過蓋咬合、空隙歯列、そして成人女性です。骨格性の問題は?歯性の要素は?悪習癖、家族暦は?
そして、何よりゴールまでの治療計画が綿密に立案されていたのか?です。行き当たりばったりになっていなかったのか?です。

ブラケットは、SWA用の.018で、ワイヤーは、上下ともに既製の.016のNiTi(ニッケルチタン)のオープンカーブ付が挿入されていました。想像になりますが、おそらく前歯群のOver biteの改善(かみ合わせが深い)を試みていたと、思われます。一言でいうと、非常にお粗末と言わざるを得ません。

矯正治療を行う上での基本的なルールといいましょうか、ベースとなる理論的背景、大原則があります。
その一つに、前後的(近遠心的)改善の前に、上下的なコントロールをある程度しておく!というのがあります。順番があります。そのためには、大臼歯部の垂直的なコントロール!をまず行います。

図G(右側面観)の赤丸は、第一大臼歯(6才臼歯)につけられていたB-tube(buccal tube)という部品です。同様に図H(左側面観)の赤丸部分にもB-tubeが装着されていました。

このB-tubeがついている場所が大問題です。図Iの赤線の場所、図J赤線の高さにワイヤーが通る中空の穴が開いているのですが、B-tubeが上顎の歯牙と当ってしまうという理由で、歯茎に近い下の方に装着されていました。

図K,Lをご覧になるとよくわかりますが、下(歯茎より)過ぎます。通常、バンド冠(金属のわっか)にB-tubeをロウ着して、咬合面から3.5~4.0㎜の高さに装着します。対合歯とあたっても一向にかまわないというか、このケースの場合、あたる位置につけるのが適正な位置です。

図M,図Nのように、左右とも、青線(咬合面の高さ)から赤線だけ下方(約6㎜)の位置(黄色線)に装着されています。ボンディング(接着)タイプのB-tubeだと、この位置につけないとはずれてしまうから仕方ないわけです。

このケースの場合、バンド冠タイプのB-tubeでないと、大臼歯のコントロールができません。下顎の場合、ほとんどのケースで対合歯とB-tubeが当たりかげんになりますので、バンド冠タイプにするのが常識となっています。

図Oは、当医院初診時の下顎歯列を、後方からみたところです。左右ともに大臼歯は舌側(内側)へ大きく傾斜しています。図P赤線が歯の軸になります。内側に傾いた大臼歯を真っ直ぐ上方向に向ける(整直という)ことを、治療の最初にしなければいけません。

図Qが右側大臼歯部の後方のアップです。舌側(内側)に大きく傾いています。繰り返しになりますが、図R赤線の方向に向いた歯軸を青矢印の方向へアップライトすることを最初にしなければいけません。内側に傾いた歯牙の頬側(外側)に部品をつけるのですから、対合歯があたるのは、当然なわけです。

この方は、セファロ上からも、明らかにローアングル、下顎が後退しているケースでしたので、咬合高径を挙げて、上下前歯部の顎運動時の干渉を排除する、という基本中の基本の手法を行えば良いわけです。

図Sが当医院終了時の下顎歯列を後方からみたところです。図Tの赤線が、大臼歯4本の歯軸を表現しています。図P から図Tの歯軸に変えることを何よりも優先して最初に行うことが重要です。しかし、実際には、行われていませんでした。

治療経過を少しだけ触れておきます。下顎大臼歯部のアップライトによって咬合が挙上されたら、図U、Vのように上顎6番近心へのティップバックベントや主線へのオープンカーブにより垂直的なコントロールを続けていきます。また、顎間ゴム(Ⅱ級改善)も併用し、下顎を前方へ誘導します。

何度も繰り返しになりますが、上下(垂直的)なコントロール、改善を最初に行ってから前歯群の移動を行います。

図W、Xでかなり上顎前突が改善され、前歯群の空隙も閉じてきたことがおわかり頂けると思います。治療の中盤戦に相当します。治療開始から5ヶ月目になったところです。

図Y(上顎咬合面観)、図Z(下顎咬合面観)が終了時です。下顎大臼歯部の整直が十分行われています。上下前歯部にあった空隙も全て閉鎖し、治療期間は、9ヵ月でした。

G

H

I

J

K

L

M

N

O

P

Q

R

S

T

U

V

W

X

Y

Z

当医院来院時に、.016のNiTiというワイヤーが装着されていた、とお話しました。はっきり言って、このワイヤーは細すぎます。このワイヤーで上下的なコントロールは何年装着していてもおきません。ブラケットサイズとワイヤーとの関係、いつどんな種類のワイヤーを使うか?が理解できていないとしか思えません。どんなテクニックを使用するか?という問題以前です。

次の症例ですが、本当に悲しすぎる状態で、当医院へ迷い込んでこられました。お話を聞いているうちに、泣かれ始めました。私自身も本当につらい思いで、治療の経緯をじっと聞いてあげ、同情するしかありませんでした。

矯正治療は、ある意味不可逆的な行為を行います。特に、抜歯しての治療の場合、劇的に治療前より改善しなければ、何のための抜歯したの?ということになってしまいます。
下記の患者さんは、”矯正治療前の状態に戻してほしい!”と何度も訴えられました。しかし、それは誰にも不可能です。なぜなら、抜歯して矯正をしているからです。

上記の6枚が、当医院初診時の状態です。矯正治療していた医院では、治療は終了した、と言われ、装置をはずされたとのことです。Over jet(上下の前歯部の前後的なずれ)が14㎜もある重度の出っ歯です。

また、上顎の小臼歯を左右2本抜歯した後のスペースが左右3mmずつ残ったままです。さらに、上顎の6前歯の隣接部分(歯と歯の間)をかなり削除した形跡が残っており、削ったところもガタガタの凹凸のある状態でした。正中には空隙があり、治療が終了したとは考えられない状態でした。

さらに、上顎6前歯の舌側(裏側)部分は、、歯を削ってレジン(プラスチック)を詰めて連結している状態で、かなりの部分が取れている有様でした。何も変わっていないどころか、素人目にも歯列不正は悪化しているし、上顎の前歯のあちこちを削りまくっている状態でした。

誰の目にも、矯正治療が施されたとは言えない、悲しみを通り越して、怒りさえ憶える状態になっていました。多分担当した歯科医は、自分の手には負えなくなって装置を除去した、放棄したのでしょう。2年弱の期間と何十万もの支払った治療費の代償は計り知れません。

詳細は、次回お話します。精神面のケアにかなりの時間を費やしました。前向きな気持ちになってもらうのには、とてもとても長い時間かかりました。歯科医自身のモラルにかかわる事例です。

別の方ですが、上記の3枚の写真の方も、抜歯して矯正したが、出っ歯が全く治らなかった!、と言われ当医院へ来られました。Over jetが15㎜もありました。上顎の小臼歯は左右2本抜歯されており、既に抜歯スペースは、完全に閉鎖していました。15㎜もの前突を非抜歯で今後どのように改善させていくか?非常に難しい治療計画を迫られます。詳細は、次回お話します。

歯並びへのコンプレックスを持っていて、よし!矯正治療を始めよう!と決心するまでには、どなたでも大なり小なり葛藤がありますし、実際治療が始まっても不安、心配な面ばかりです。
歯科医サイドとしては、医療過誤に相当するようなことは、絶対に避けなければいけません。そのためには、正確な診断、綿密な治療計画に始まり、目標としたゴールに向かって確実に進めれる、ための知識、技術、経験があって始めて治療行為が行わなければなりません。行き当たりばったりと思える治療、限定したテクニック、装置、材料による無謀な治療は、不幸な患者さんをつくってしまいます。

当医院へは、上記のようなケースほどではないにしても、首をかしげる治療経過をたどって来院される方が後を絶ちません。

私は、毎日が真剣勝負と思っています。自分自身が行う治療の質を上げることは当然として、ほとんどが難症例に陥っているリカバリーへの対応、処置法についてどうすれば良い結果が出せるか?葛藤の日々です。

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