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第40回 床矯正を3年・・・悲惨な結末①

今回は、あえてとてもショッキングなタイトルをつけました。本人曰く、”浅学からくる治療によって、長いトンネルに迷い込んでしまった”とのことです。当医院へ切迫した切実な思いで迷い込んでこられた事例をお話したいと思います。

当サイトは、真剣に歯科医療に取り組んでいる一歯科医の現場の生の声を掲載することが重要と考えています。
ですから、”各種ある治療法の短所にはほとんど触れず、長所ばかりを並べ立てるのではなく、いろいろな治療法の正確な情報を提供したい”、と考えています。
 欠点のない万能な治療法などないということです。そのことを治療前、治療中を通じて十分に患者さんに伝える必要があります。

下記の症例は、50歳の男性、福岡在住、職業は、なんと”歯科医”です。

今後の治療方法についての指針をしてほしい、ということでした。
治療経過を綴った自筆の長い手紙と、術前(3年前)、現在の模型が送付されてきました。
 ”床装置による矯正治療を自分自身を患者として3年余り行ったが、治療の終わりが見えないどころか、自身ではお手上げ状態”とのことでした。

前置きになりますが、一般の方にご理解頂くために、「床矯正」という治療法の基本的な考え方、概念について簡単にお話します。
「床矯正」とは、床装置(取り外しの床を土台とする装置)により顎の拡大や歯牙の移動を行い、歯の並ぶスペースを確保して歯列を整える治療法です。ですから、非抜歯が原則の治療法です。

”床矯正”に使用する基本形ともいうべき床装置をまずはご覧下さい。

図A図Jは、同じ患者さんで、初診時が8才の女の子です。”床装置”により現在も治療中です。図Aが術前、図Bがごく最近の口腔内です。
床装置による拡大は、床に埋め込まれた拡大ネジで行います。拡大ネジを埋める場所、方向によっていろいろな方向への歯牙の移動が可能です。

図Cは、左右(黄緑矢印)へ拡げる場合の床装置です。図Dが装着3ヵ月後です。左右へ大きく拡がっているのがお分かり頂けると思います。幼少期の場合、歯牙の移動と、若干の顎骨の拡大も起こります。

 図Eは前歯4本を前方(黄緑矢印)へ動かす床装置です。拡大ネジを回すことにより、図Fのように4前歯が前方へ動きます。ただし、若干固定源(動かない場所)と想定している前歯以外の歯牙が反作用として後方へ動きます(アンカーロスという)。
 アンカーロスは、矯正治療で力をかける際、常に考慮しておかなければならない重要な着眼点です。

 図Gは、奥歯を後方(青矢印)へ動かす床装置です。図Hが2つ目の後方移動装置でほぼ後方移動が終了したところです。5ヶ月かかりました。大臼歯の後方移動は、かなりの時間を要します。両側別々に行わないと、アンカーロスして、前歯が前方へ移動してしまいます。

 図Iが術前で、青矢印のところに左右犬歯が生えるスペースが全くなかったのが、図J3方向への拡大により歯と歯の間のいたるところに隙間ができ、犬歯2本分のスペースが確保されているのがおわかり頂けると思います。床装置は、取り外しの装置ですが、指示した装着時間をきちんと守ってもらえば、この症例のように、十分に治療効果が発揮されます。

A

B

C

D

E

F

G

H

I

J

上記のように、床装置は、スペースを確保する、という点だけをとらえれば、非常に有効な装置です。特に、顎の成長発育途上である幼年期に使用した場合、顎骨自体の拡大も、若干可能というデータが出ています。
 事実私自身、”10才くらいまでのお子さんには、80~90%の症例は、床装置を主体とした治療を行っています。”

床矯正治療は、拡大して非抜歯で行う、という大原則があります。
成長の終わった成人、しかも年齢が30、40と上がるにつれ、顎骨自体の代謝(特に添加)が起こりにくくなっていますので、限度を超えた拡大(実際顎骨は拡大しない)は、悲惨な結果になる可能性が大です。後述の今回の症例がそれにあたります。術前の診断が非常に重要になってきます。

そして、床装置の弱点を認知して使用することが、当然不可欠です。このページの最初にお話しましたように、万能な装置などありません。全ての症例を床装置を前提として治療すると、時間がかかるだけでなく、結果が思わしくないこともしばしばあります。

私は、数ある矯正装置の一つに床装置がある、という認識で日々診療に取り組んでいます。床装置は、オプションの一つとして考えています。床装置の良い面を最大限に活かせる場面においては、積極的に利用しています。
 矯正治療においては、「歯牙にブレースを装着したワイヤーによる各種矯正治療」の知識、スキルを十分習熟することがまずは本道だと考えます。そうすることにより、床装置のすばらしい点、そして弱点も見えてきます。

床装置主体で歯牙の移動を行うと、思わぬ落とし穴がたくさん待ち構えています。
具体的には後述の症例でお話しますが、一言でいえば、”3次元的なコントロールができない”という点です。歯牙の頭の部分(歯冠という)を一方向から押すだけですので、歯牙が傾く移動(傾斜移動という)になります。歯根がほとんど動きません。また、歯牙は、傾斜しながら挺出(歯茎から出る方向)の動きになります。歯茎の中へ押し込む方向の力(圧下)はかけれません。つまり、各歯牙の上下的な動きのコントロールが全くできません。

図A図Hのように、上顎又は下顎を咬合面からだけみれば、スペースができ、何の問題もないように思えます。が、拡大すると、咬合高径が上がる(かみ合わせが高くなる)ので、下顎骨は後下方へ回転します。元々顔の長い人や開咬の人には、床装置による非抜歯、拡大路線では無理があります。非抜歯、拡大で治療するのであれば、専門用語になりますが、MEAW法インプラント矯正の適応となります。
 また、後下方への回転は、元々上顎前突の場合、前突が一時的に悪化しますので、その対策も考えておかなければなりません。上顎前歯の先端(切端という)の術前の上下的、前後的な位置はどうなのか?治療後の目標とする位置の設定は?
拡大した後、前歯を咬合させると、挺出することになるので、元々ガミースマイル(笑った時に歯茎がよく見える)の方には、非抜歯、拡大での床装置による治療には無理があります。但し、床装置以外の高度なテクニックを駆使すれば、非抜歯、拡大でそれなりの結果を残すことは可能です。

前置きがとても長くなってしまいました。
その他にも、非抜歯、拡大では治療が非常に難しいケースが多々あるのですが、言葉で説明するとわかりにくいので、今回の症例の中で触れてみたいと思います。

症例

L

先月来院された福岡在住の歯科医の方の口腔内です。図K図Pが当医院での初診時の状態です。

図K(正面観)のように、上下の前歯(12本)は、全く咬合していません。図L(口元アップ)からも、上下の前歯は、全く咬合していないのがわかると思います。

図M(右側面観)においては奥歯がわずか一点だけで接触しています。図N(左側面観)では、臼歯部2点だけで上下の歯が接触しています。つまり、上下の歯がかみ合っている場所は、3点だけということです。

図O(上顎咬合面観)においては、全ての歯牙が唇側、頬側へ傾斜しています(フレアー状態という)。図P(下顎咬合面観)においても、全歯牙がフレアーしていました。

本人曰く、約2年間かけて、上下ともに床装置で側方(左右)拡大臼歯の後方移動をしたとのことです。その後、1年間咀嚼訓練を続けているのですが、全く上下の歯牙が咬合してこないと訴えています。後ほど述べますが、過度に傾斜、挺出させてしまった歯は、何年咀嚼訓練しても、咬み合うようにはなりません。

K

L

M

N

O

P

図K図Pの状況をどのように考察すればいいでしょうか?3年もかけてこの状態です。順調に矯正治療が進行しているといえるでしょうか?
咬むという機能が全くできない状態です。噛み切れない、咬むところがないのです。今後どうなるのかを思うと、夜が寝れないとのことでした。

側方拡大、臼歯の後方移動という単純な動きをさせただけのようですが、実際には、付随的にいろいろな現象が起きているのです。取り返しのつかない状況になっています。
 3年前の口腔内の状態が、唯一模型として残っていましたので、現状の模型と比較検証してみることにしました。

図Q図Uが、3年前の口腔内の状態です。上述の3年後の図K図Pと比較すれば、経験のある歯科医なら、どんな治療をしたらこうなってしまうのか、想像がつくと思います。私見ですが、床装置による非抜歯、拡大治療の禁忌症と呼べる症例と考えました。

図Qが正面観です。上下ともに叢生が著明で、先端が上下的にほぼ揃った咬合(切端咬合という)です。切端咬合や開咬傾向の方の場合、拡大、非抜歯治療は要注意です。難症例に分類されます。理由については、後述します。
 図R図Sより、臼歯部(奥歯)咬合関係は、ほぼⅠ級で正常です。この状態から矯正治療をするのであれば、臼歯部関係を維持したまま治療を進めるのが得策といえます。
 図T(上顎咬合面観)では、前歯の軽度叢生と、歯列弓の狭窄(アーチが尖型)が認められます。臼歯部間の幅径が狭いという印象をうけます。
 図U(下顎咬合面観)では、前歯部の叢生が重度です。10㎜程度のスペース不足があります。下顎は、非外科では拡大量に限界があるので、この模型を見る限り、非抜歯での治療は難しいといえます。
 
では、実際の治療ですが、叢生を改善させるために、術前の図V(上顎)、図W(下顎)の黄緑矢印(側方拡大)と、青矢印(後方移動)を床装置で行ったのです。
 側方拡大で、顎が横へ拡がったのか?それとも歯が移動しただけなのか?歯はどの方向へ移動したのか?、というのが重要な点です。
 後方移動の場合も、歯牙はどのような動きをしたのか?、反作用は起きていないか?検証してみました。

Q

R

S

T

U

V

W

「床矯正」の概念をこのページの最初の方でしました。”歯は抜かない!”という発想が原点にあります。ですから、歯を並べるためには、拡大が必要です。確かに、当医院にも抜歯矯正後の後戻りや顎関節症になった患者さんがしばしば来院されます。
 歯を抜くことによる弊害は、たくさん報告されていますし、臨床家の1人として実感しています。抜歯はできれば避けるべきです。

では、非抜歯治療の弊害、問題点はないのか?と問われれば、やはり時としてあります。特に、メカニズム的に限界のある床装置による非抜歯治療では無理なケースがあると思います。

今回のケースは、2年間かけてゆっくりと歯牙の移動を行っています。
それにも拘らず、矯正力が原因の歯槽骨の吸収が起こり、何本もぐらぐらの歯になってしまいました。

図①が術前(3年前)、図②が現在です。図①で見られる叢生が図②では改善され、空隙が見られるほど拡大されていて、一見治療は順調のように見えます。が、図③の青線と図④の赤線をご覧下さい。
 青線より赤線のほうがどの歯も長いですよね。つまり、歯の周囲を取り囲んでいる歯槽骨が吸収してしまっているのです。下の前歯4本は現在ぐらぐらです。

 ぐらぐらになった原因は2点あります。元々前後的(唇舌的)に歯槽骨の幅が薄い下顎前歯部が、臼歯の後方移動の時の反作用で前方(唇側)へ押されて、歯槽骨のほとんどない場所へ押しやられてしまったのです。もう一点は、床装置の場合、反作用で押される力は、傾斜しながら挺出(歯茎から出る)方向の力になるので、歯槽骨の支持がなくなってしまいます。骨の成長、発育の終了した成人の場合、致命的です。

図⑤が術前、図⑥が現在で、上顎歯牙を、斜め後方から見た図です。側方拡大したことにより赤線の傾きの違いのように、歯牙が頬側へ全て傾斜しながら挺出してしまっています。臼歯間の顎骨の幅は変化なしです。
 図⑦が術前、図⑧が現在の下顎歯牙です。上顎と同様に、拡大により頬側へやや傾斜し、挺出しています。

図⑨が術前、図⑩が現在の右側面観です。上下の奥歯(赤線と青線)は、前歯のスペースを確保するために、床装置により後方(画面では左方向)への力がかけられました。その結果、後方へ傾いています図⑩)。歯根は動いていません。後方移動ではなく、後方へ歯冠部だけが傾斜しただけです。
 そして、臼歯部を後方へ力をかけた反作用として、前歯部(黄緑とピンク)は、前方へ傾斜してしまっています図⑩)。

歯牙が歯体移動(平行に移動すること)していないため、上下の歯が接触している場所は、現在、右側(図⑪)で一箇所、左側(図⑫)で2箇所しかない状態です。これでは、食物を噛み切ることなど、到底できません。毎日がおかゆの生活です。
 また、3点しかあたっていないため、その場所が閉口時に早期接触して、咬合干渉を起こしているため、”顎の偏位”も起こっていました。

床装置により、側方拡大、臼歯の後方移動を行うと、実際には上下の全歯牙が頬側へ挺出(歯茎から出る)しながら傾斜し、臼歯は後方へ、前歯は前方へ挺出しながら傾斜します。

 すると、咬合高径(かみ合わせの高さ)が上がり、下顎骨は、後下方(時計回りに回転します。臼歯部関係はⅡ級傾向(上顎前突)になっていきます。図R図Sの術前ではⅠ級で理想的だった臼歯関係が、図⑪図⑫では、Ⅱ級気味になっています。本来術前の臼歯関係が良好な場合、矯正治療によって変化させないのが原則です。
 床装置の最大の弱点は、歯牙の上下的な動きのコントロールができない点です。幼少期の骨がフレキシブルな時期の場合、咀嚼訓練によって、傾斜移動後に、若干の歯根の移動が起こるといわれていますが、過度に傾斜をさせてはトルク(歯根を動かす力)は全くかかりません。
 今回の症例の方の場合、1年間に渡って咀嚼訓練をしているとのことですが、図K図Pの状態です。

また、全歯牙が挺出するというのは、成人(特に高齢ほど)にとってはやっかいなことで、要注意です。少なからず歯周病に罹患している方が多いですので、歯槽骨の支持を失ってしまいます。この患者さんは、下の前歯4本は歯槽骨の支持がなくなりぐらぐらの状態になっていました。

矯正治療時は、術者は常に3次元的なコントロールを考慮しながら取り組まなければいけません。
側方拡大と後方移動によってスペースができたとしても、代償的に上下顎間関係や下顎骨の前後左右上下的な変化が起きることを当然加味しておく必要です。また、咬合干渉を引き起こし、顎骨の偏位も起きる可能性が十分あります。

本人曰く、3年もかけたのに、とても難しい状況にしてしまった、と言いました。その通りです。
でも、何とか治療法を見つけて、最善とは言わないまでも、最低限日常生活に支障のない状況にしてほしいと、訴えられました。

電話、及び来院されてのコンサルテーションの末、福岡から月一回通うことになりました。治療経過については、本人の強い希望により掲載していくつもりです。自分と同じような不幸な患者さんがでないように・・・・とのことでした。

質の高い医療を行うためには、知識、技術、設備の3つが必要です。矯正治療に関していえば、知識が7割、技術が2割、設備が1割といった感じでしょうか。骨切りなどの大きな外科処置以外は、全て一般開業医で行えます。

「床矯正(床装置による治療)」は、多くの優れた特徴を持った治療法です。しかし、床矯正の弱点を知ることにより、”不適応症例”、”禁忌症”と呼べるケースがあることも事実です。一つの治療法しかできないことは、非常に怖いことです。

矯正治療に限ったことではないですが、多方面からアプローチできるスキルを身につけておきたいと実感した症例です。

次回は、今回の症例を、顔貌やレントゲン(主にセファロ)から検証してみたいと思います。
また、提案させて頂いた治療方針等について、お話しするつもりです。

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