第36回 治療予測のシュミレーションって???
どんな歯科治療にもいえることですが、正しい診断を下すためには、治療前に十分な資料を採得しておくことが必要不可欠です。
特に、矯正治療の場合、適切な診断を下すことによって、治療の80~90%は終了したともいわれるくらい、診断が重要視されています。
最近では、コンピューターによる診断により、抜歯と非抜歯での違いや外科、非外科で治療後の口元の違いを治療前にある程度予測できるようになりました。
画面上でシュミレーションすることにより、顔貌の変化を患者さん自身に認識してもらい、治療方法を自分で選択する指標にすることが可能になってきとともいえます。顔貌の変化を動画で見せたり、歯につけるポッチ(ブラケット)も、画面上でご自身の口元に何種類かを貼り付けてみて、自身でイメージをつかんでもらって装置の種類を決めてもらうこともできます。
歯科医側からのメリットも大きく、どの歯を何㎜動かしたら、口元はどう変わるかとか、非外科で治せる限界の口元はここまでです、といった治療方法の提案を、術前に患者さんに示すことが可能です。
その辺りについて、、最近当医院で行っている治療前のコンサルテーションの実情を症例を交えて少しお話してみたいと思います。
症例1
図Aの患者さんは、上顎前突(出っ歯)を主訴に来院されました。図Bが、右側面からのアップです。上顎前歯がかなり前方へ突出しています。そのため、口を閉じても上唇が前方へ出た感じになっています。
図Cの青線をE-lineといい、鼻、上唇、下唇の先端、顎の最前方部が、一直線になるのが理想とされています。
日本人の場合、最近の小顔ブームもあって、E-lineから上唇、下唇が若干凹んだ仕上がりを好む方が増えてきました。この方の場合は、上唇がE-lineから明らかにはずれて前方へ出ています。硬組織である歯牙が前方にあると、軟組織である唇も当然前へ出ます。
治療計画としては、上顎の左右第一小臼歯2本を抜歯して、上顎前歯部を後方へ引っ込める方法を提案させて頂きました。
上顎前歯部を何㎜後方へ移動させるかは、PC上で、シュミレートしながら、側貌の最も理想的な形状を見つけて決定していきます。この作業をモーフィングといいます。図Dが治療目標とする軟組織の側貌です。図Eが口元のアップで、E-lineにほぼ沿った形になっており、治療目標としました。
具体的にどのように設定するかといいますと、画面上で、図Fのように、硬組織及び軟組織のガイドラインとなるポイント(赤い点)を移動させていきます。治療目標とする移動ポイントが緑のラインです。硬組織、軟組織の移動量を自由に設定することが可能です。原画との比較をしながら、基準となる点(A、U1、L1、B、Meなど)の移動量を決定します。
上顎前突の場合、上顎骨、上顎歯牙の後方移動、下顎骨、下顎歯牙の前方移動の4つの要素の移動量により改善していくのですが、どの要素をどれくらい動かせば、理想的な顔貌になるかを、術前に目標として立案することができます。
また、硬組織移動のモーフィングをムービー再生することができますので、患者さんへのプレゼンテーション時に、動きを伴った治療経過を見せれますので、非常に理解が深まります。
また、小児期の場合は、成長予測モーフィングや経時的な重ね合わせをすることも可能です。
A
B
C
D
E
F
症例2
症例2は、下顎前突(受け口)の方です。図Gが治療前で、E-lineに対して、上唇が凹んだ感じの側貌になっています。図Hが口元のアップですが、上唇の陥凹感と、頤(下顎の前方部)の突出感が著明で、この患者さんは、他の診断用資料から総合的に判断して、骨格性の下顎前突と診断しました。
図Iが仮に非抜歯治療で行った場合の、モーフィング画像です。図Jが口元のアップで、E-lineにほぼ沿った側貌ですが、わずかな上唇の陥凹感が残っています。
治療計画は、今回のテーマとはずれますので画像等は省略しますが、上顎前歯部の前方移動、及び下顎8番抜歯によるポステリオール・スペースを利用した下顎歯列のアップライトにてⅠ級関係を確立することが可能と診断しました。
図Jで若干見られる頤の突出感を改善するためには、外科矯正が必要であることは患者さんに伝えました。
成人の場合、下顎骨自体の後方への移動は、顎関節への影響を考えるとほとんど行えません。ですから、骨格性の下顎前突の非抜歯での治療の場合、上下の咬合関係は改善されても、頤の突出感が残って顔貌の劇的な改善が望めないケースは多いです。
この患者さんは、この治療予測のプロファイルなら十分です、という了承を得ましたので、非抜歯での治療で現在治療を進めています。図Kのように、基準となる点をトレースして、硬組織の移動ポイント、抜歯、非抜歯での可能な移動量を決定した上で、、軟組織の移動量を設定していきます。そうすることにより、何パターンかの治療予測のシュミレートが可能になります。
G
H
I
J
K
次に、治療の本質には関係のないことですが、歯につけるポッチ(ブラケットとかブレースという)、が、現在何種類も発売されています。どのブラケットを使用しても、治療自体の良否にはほとんど影響ないのですが、患者さんにとっては、長期間装着していなくてはいけないので、治療前の関心事の一つといえるのではないでしょうか?
ブラケット(セラミック、ゴールド、メタル、プラスチック)とワイヤー(メタル、ゴールド、コーティングした白)の全てのパターンの組み合わせでのシュミレーションが可能です。
図Lが治療前のスマイルした時の正面観です。図Nのようなメタルブラケットとメタルのワイヤーを画面上で歯牙に貼り付けたのが図Mです。図Oは、図Pのセラミックブラケットにメタルワイヤーの装置を歯牙に貼り付けた画像です。
どんな装置にするか迷われている方に対して、装置装着前に、図M、Oのように治療前にイメージとして提案することは、患者さんの数ある不安な面を多少とも減らす有効なアイテムと思っています。
その他にも、今回は省略しますが、パラメータ(硬組織)モーフィングと、VTOモーフィングの2種類での側貌画像の変形が行えますし、正面観での治療予測、治療目標を設定しての画像変形もある程度は可能です。
L
M
N
O
P
PCを利用して、治療前に患者さんに少しでも多くの情報を提案できることは、非常に有意義なことと思われます。患者さんとのコミュニケーションツールとして利用することにより、歯科医と患者さんとの距離を縮め、信頼関係を築く上で一躍買っているともいえます。
矯正治療は、どうしても患者さんの協力なしでは、成立しません。治療前の不安材料を少しでも減らしてもらい、前向きに治療が開始できるよう口頭だけではなく、イメージを捉えやすい視覚に訴えるコンサルテーションは、今後ますます必要になってくると思われます。
臨床家の1人として、今後のソフトのさらなる充実を期待しています。