第28回 咬合育成の話(犬歯がポイント!)
今回は、前回に引き続き、「矯正治療の目的」の話のうち、”咬合育成”の話をしてみたいと思います。
”咬合育成”とは、幼児期から継続的に管理して、正しい咬み合わせを育てていくという考え方です。悪くなった歯並びを治すのではなく、将来悪くなるのがわかっている場合に、悪くならないように予防すると考えて頂ければわかりやすいと思います。
今回は、文章少なめ、画像多めにして、”視覚に訴える戦術”で望みたいと思います。
症例1
図Aのような上下の前歯が2~4本生えた頃(年齢でいえば、6~8歳)に歯並びの相談をされる方が大半です。乳歯と永久歯と混在した時期を”混合歯列期”といいます。
図Bが上顎ですが、黄色丸の部分に犬歯が生えるスペースが足りません。このまま放置すると、将来必ずドラキュラのような八重歯になってしまいます。
図Cが下顎で、前歯4本が永久歯ですが、すでに乱杭歯の兆候が見られます。
図Dは横から見たところですが、咬み合わせが浅い「開咬」という歯列不正の兆候が見られます。この時期に今後生えてくる永久歯の生えるスペースを確保して、正しい咬み合わせをつくることは、短期間でしかも簡単な装置で治療できます。
図Eのような可撤式(取り外しのできる)装置に側方(赤矢印)と前方(黄色矢印)に力をかけれるネジやバネを組み込むことで行いました。図Fが装置の裏面で、黄色丸のバネの力を調節することにより、前方方向へ歯牙を動かせます。
上顎も同様の装置で側方へ拡げて、図Gのようにワイヤーで歯の傾き等の微調整を行いました。図Hが治療後の正面観で、図Iが上顎、図Jが下顎です。治療期間は6ヶ月でした。
何を言いたいかというと、早期治療は、悪い箇所を正しい道筋へ軌道修正するだけですから、治療期間が短く済みます。不衛生になりやすいワイヤーを装着している期間も短期間ですので、歯科医側にとっても患者さんにとってもいいことずくめです。
A
B
C
D
E
F
G
H
I
J
症例2
K
L
M
症例3
N
O
P
Q
症例2(図K、L、M)と症例3(図N、O、P、Q)は、いずれも先週初診で来られた患者さんです。
症例2の患者さんは、まだ乳歯列ですが、永久歯に生え変わると、上下ともに、必ず重度の叢生(乱杭歯)になります。乳歯列の終わりのころには、歯と歯の間に全て隙間がないと永久歯は並びません。この時期に治療を始めれば、半年もあれば確実に治療は終了します。
症例3は、放置すると、症例2よりさらに重度の叢生になります。また、図Qのように乳歯列で上顎前突(出っ歯)ですと、永久歯にかわると、さらに重篤な出っ歯になります。
症例2や3に類似した方が来院した場合には、治療するしないは別にして、即時治療の必要性については、かかりつけの歯科医として、しっかり伝える必要があります。
症例4
実際の治療例で話を進めてみたいと思います。
症例4の治療前は、図Rが正面、図Sが上顎、図Tが下顎です。上下ともに歯が並ぶスペースが足りないかなり重度の乱杭歯です。が、前述しましたように、混合歯列期のこの時期に正しい道筋へ軌道修正するのは、それほど難しいことではありません。
R
S
T
治療期間は、6ヶ月でした。上顎の治療経過が、①~⑥ 下顎の治療経過がⅠ~Ⅵです。
①
②
③
④
⑤
⑥
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
治療の難易度や治療期間の長短は、一言でいうと、犬歯(糸切り歯)が生えているかまだ生えていないか、という一点に絞られます。
犬歯が生えるのは、通常10歳前後です。不正な位置に生えてしまった犬歯を移動するのには時間がかかりますしし、装置の数が増え、治療費も増えてしまいます。症例4は、8歳の男の子で、犬歯が生える前でしたので、簡単な処置で済みました。
私の場合、小児の治療は、できるだけ可撤式(取り外し)装置を使用するようにしています。装置の作用機序からいって、無理な場合のみ固定式の装置をスポット的に使用します。理由は口腔の清掃がしやすいからです。患者の協力を得なければいけない可撤式装置を嫌う矯正医もいますが、十分な動機づけと指導をすれば全く問題ありません。
犬歯の話をもう少ししたいと思います。犬歯は、前歯か奥歯かといえば、前歯というふうに私は学生時代教えられましたし、補綴学(被せや入れ歯について考える学問)的にいえば、前歯です。患者さんに説明する時にも、犬歯は前歯の一員として審美的に重要な要素の歯牙といえます。
ところが、矯正学的に考えれば絶対奥歯と考えて治療にあたらないといけないのです。どういうことかというと、上顎の犬歯は、第2大臼歯を除くと通常最後に生えます。
犬歯の生えるスペースが足りないと、犬歯より後ろの小臼歯は既に生えていますから、しかたなく本来生えるべき位置より前方へ生えてきます。
この時、当然小臼歯も本来の位置より前方に生えています。前歯4本以外は全て後方へ移動して修正しなければいけません。後方へ移動させるのは、非常に時間がかかります。
ですから、10歳くらいまでであれば、前歯4本をきれに並べて、犬歯の生えるスペースさえ確保してやれば、治療は終了、ということです。但し、一つ付け加えておかなければならないのは、上下の顎の関係に不調和がある場合は例外です。さらに、もう一つの装置が必要になります。
いずれにしても、1年前後あれば、良い状態のレールの上に乗せることはできます。
図U、V、Wが治療後です。ほぼきれいな歯列に歯が並んでいます。図Wで上下の前歯に少し隙間があるのは、オーバートリートメント(過剰矯正)といって、もともと叢生があった場合は、若干の後戻りも考慮して隙間があるくらいに治療しておくのが一般的です。
図Wの状態では、上下の歯牙の接触面積が少なく、咬合は非常に不安定です。何種類かの咀嚼訓練をしながら、咬合の緊密化、咬合力の増大を図りました。
オクルーザーという機器で計測しながら変化を観察していくことにより、定量的に安定した予後の予測を行うことができます。
U
V
W
「咬合育成」、という考え方の原点は、正常な歯列、正しい咬合へ導くことです。
症例2や3のように、将来、確実に歯列不正が起こるが、本人や親御さんが気づかない可能性が高い時期からの治療が理想的といえます。知識のある歯科医なら、早期治療の重要性について、的確にアドバイスできます。
一方、症例4の場合は、咬合育成でななく、通常の矯正治療、と考える歯科医もいると思います。既に歯列不正を起こしている上下前歯4本については歯の移動を行わなければいけないですが、今後生えてくる永久歯のスペースを獲得していく処置は歯列不正の予防ですので”咬合育成”といえます。
早期治療ほど非抜歯での治療の確率が高くなります。混合歯列期に治療を開始すれば、80~90%は非抜歯で治療できます。重篤な歯列不正から回避できます。
当医院では、歯列不正のタイプにもよりますが、必要なら、下は3歳から治療を開始しています。乳歯列が完成する3歳前後から6,7歳までが、咬合育成の適齢期といえます。
幼児からの矯正に否定的な歯科医が多くいるのは事実です。何でもかんでも低年齢児からの治療が良いといっているのではありません。その辺りについては、別の機会にお話できればと思っています。