第27回 矯正治療の目的とは!・・・①(咬合育成)
もしも、歯科医院へ歯並び・矯正の相談に行った方に、”矯正治療をしようと思った理由は何ですか?”
と、アンケートをとったとすると、ほとんど全ての人が、”前歯の歯並びをきれいにして、見栄えをよくしたいからとか、口元がおかしいのを治したいから”と答えるでしょう。
患者さんの側からしてみれば、昔も今も、矯正治療の目的は、”とにかく見た目を良くしたい!”という一点に集約されるのではないでしょうか。
一方、歯科医サイドから考えてみますと、一昔前と現在では、矯正治療の目的が、かなり変わってきています。具体的には後述しますが、単に歯をきれいに並べるのが矯正ではなく、多種多様の目的のために、行われるようになってきました。歯並びをきれいにするのは当たり前で、歯周病治療、かみ合わせの治療、補綴やインプラントの前処置、顔貌の改善などが、矯正治療なしでは良質な歯科の一般治療ができない時代になってきています。
歯科医のほとんどが一般開業医であり、ホームドクターを謳っているのですから、最良の治療結果を提供するためには、矯正の知識、技術は絶対必要ですし、日々の臨床の現場では、知らないでは済まされないと私は思っています。
ここから、少し難しい話をちょこっとだけします。読み流すなり、飛ばして、次の項目から読んでいただいて、結構です。
矯正学では超有名なTweedは、20年以上前に、矯正治療の目的を以下のように定義しています。
①顔貌線の最良の平衡と調和
(治療後の顔貌と歯の正中の一致や正面観の対称性、E-lineに近似していること等)
②治療後の歯列弓の安定
(長期的に変化しない咬合を確立すること)
③健康な口腔組織
(虫歯や歯周病に代表される口腔内に起こりうるあらゆる疾患の予防)
④効果的な咀嚼機能
(緊密な咬合関係「1歯対2歯」による適正な咀嚼効率や咬合力を回復させること)
表現方法が抽象的な点があるものの、患者さんが考えている矯正治療の目的とは、かなりずれた言い回しになっていると思いませんか?
どういうことかというと、患者さんは、上記の①と②の理由で来院します。③や④を主訴に矯正治療を希望する人は、まずいません。一方、歯科医は、専門家という立場から、奥歯の咬合のことや、歯並びが悪いと、口の中の健康に害を及ぼすと考えていました。
では、現在では、矯正治療の目的は、どのように考えられているのでしょうか?
あくまで私見ですが、まず、項目だけ列挙して詳細については後述します。
①咬合育成(乳歯列期、混合歯列期を対象に、正しいかみ合わせへ導く)
②不正咬合の改善(永久歯列を対象に歯の移動を行う)
③審美的改善(顔・歯列の形態や色調の改善)
④外科前処置/術後矯正
⑤補綴・インプラント前処置
⑥歯周治療として(歯槽骨の改善)
昔から上述の①については、咬合誘導という名のもとに小児歯科医が、②~④については、矯正治療という名のもとに矯正専門医が行ってきましたし、現在も行っています。
⑤と⑥に関してが一番問題です。一昔前はほとんど手の付けられなかった分野です。が、本当は①~④よりも日常的には一番遭遇するケースが多いばかりか、良質な歯科医療を提供する上では一番欠くことができない矯正治療の目的といえるのではないでしょうか!!
上記の①~⑥について、症例をあげながら一つ一つ検証していきたいと思います。
①咬合育成について
現在、当医院で治療中の特徴的な二つの症例を比較しながら話を進めていきたいと思います。図Aの患者さんの横顔が図Bで、図Cの患者さんの横顔が図Dです。
図Aの患者さんは、前歯2本が少しだけ前へ出ているかなー、という感じです。でも、極端に出ている感じには見えません。
一方、の患者さんは、前歯6本がすごく前へ出てます。図Cを見ると、下の前歯が見えないくらい上の歯が被さっています。完全に出っ歯になってしまっています。
実は、図Aと図Cの患者さんは、姉妹なんです。図Aが妹、図Cが姉です。歯列不正は、遺伝しやすいんです。家族暦は、治療する上では重要なヒントになります。親子、兄弟、姉妹の顔が似るように、図Aの妹のわずかな歯列不正を放置すると、図Cの姉ような重度の歯列不正になってしまう典型例といえます。
親御さんは、姉(図C)の治療を希望して来院しました。上顎(図E)と下顎(図F)の歯はきれいに並んでいます。図Gと図Hが治療4ヶ月目の写真です。図Dと図Hを比べると出っ歯が少しずつ治ってきているのがわかると思います。元々重度の出っ歯だったため、すぐには治りません。
A
C
B
D
E
F
G
H
さらに6ヶ月経過したのが、治療後の図Iです。図Cと比べると、下の前歯が見えてきて、出っ歯が改善されているのがわかると思います。
ここで、一番問題になるのは、図Cの状態になるまでなぜ、放置されたかです。親御さんの話ですと、前医に、”永久歯になるまで待ってからの治療にしましょう”といわれたそうです。
図Cの姉は、5,6年前は間違いなく妹と同じ図Aの歯並びだったはずです。図Aの時期に、歯並びが悪くならないように、正しい道筋へ修正してやれば良かったのです。
以前は、”咬合誘導”という言葉で、小児歯科医は、簡単な歯の移動や顎の成長の不調和の改善を行ってきました。複雑なあるいは、重篤な歯列不正に関しては、永久歯列になってから矯正専門医にゆだねられていました。
本来、患者さんの立場にしてみれば、歯列不正が軽度か重篤かは問題ではありません。
正常でないのなら、できるだけ早期に改善し、永久歯列が完成して長期に安定した歯列が確立するまで、歯科医は責任を持って治療にあたる必要があります。そうすれば、図Cのような状態から治療を開始しないといけない患者さんは、皆無になります。
今回の治療には、図J(咬合斜面版)と図K(カルフォルニア式バイオネーター)を適宜調整しながら使用しました。装置の特徴、調整法等については、また別の機会にお話したいと思います。
I
J
K
ちょっと、”咬合育成”の話が長くなりすぎました。咬合育成の重要性については、まだまだ触れておきたいことがたくさんありますので次回以降の続編で触れます。
それから、前述の矯正治療の目的②~⑥についても、何回かに分けて、次回以降に私見を述べさせて頂きたいと思います。