第15回 抜歯か?非抜歯か?・・・第2話
歯並びの話の第11回「抜歯か?非抜歯か?」・・・第1話では、総論的な話しをしました。
今回は、具体的に症例を上げながら各論に迫っていきたいと、思います。患者さんにとっては、抜歯するかしないかは一大事ですし、歯科医にとっても、最近の傾向としては、非抜歯での治療を大前提にしています。
非抜歯治療は、顎の成長をコントロールできる思春期成長以前であれば、ほとんどの患者さんに行えます。成人の方でも、上下の顎の成長や前後的なずれが著明な外科処置の併用が必要な稀な症例を除いて非抜歯で処置するケースが増えています。
症例1は、歯列不正のタイプでいえば、叢生(乱杭歯)です。歯の大きさに比べ顎が小さい場合に生じます。
重度の叢生ではないことや、奥歯の噛み合わせは正常であることを加味すると、抜歯しての治療は、避けたいところです。
年齢にもよりますが、まず顎を側方(左右的に)へ広げます。側方への拡大量は個人差が大きいです。20才を過ぎると広がりにくいのですが、女性の場合、25才くらいまではやってみる価値はあります。この症例は、側方拡大のみで歯が並ぶスペースが確保されています。
症例1
治療前(正面)
治療後(正面)
治療前(上顎)
治療後(上顎)
症例2は、いわゆる出っ歯(上顎前突)の歯列不正です。
症例1のように側方への拡大のみでは上の前歯が前方へ出ている量が大きいため、解消されません。
軽度の出っ歯であれば、顎を側方へ拡大することによって、前歯にスペースができます。そのスペースを利用して、前歯を後ろへ押すことにより、治療できます。側方への拡大にも限界があります。あまり広げすぎますと、顔貌への悪影響もでますし、後戻りが起きやすくなります。
側方への拡大でスペースの確保ができない場合は、奥歯を後方へ移動します。
症例2
治療前(左奥歯)
治療後(左奥歯)
治療前(左側面)
治療後(左側面)
図Aのような、大臼歯遠心移動(奥歯を後ろへ移動させる)装置を用います。この症例は、ペンデュラムという装置を用いていますが、同じ作用が期待できる装置が他にも何種類かあります(GMD、サービカルアプライアンス、3DS、ヘッドギア、ディスタルジグ、リンガルアーチ・・・)。
どの装置を使用するにしても、奥歯にスペースさえできれば(図B)、後は、順次スペースを前方へおくっていって、出っ歯の前歯を後方へ移動すれば治療できます。
A(後方移動開始)
B(後方移動終了)
非抜歯治療のためには、スペースをつくる必要があります。叢生(乱杭歯)や、出っ歯の場合、顎の側方拡大と大臼歯の後方への移動を行います。
側方拡大は、年齢が上がるにつれて難しくなるため、早期に治療を開始することが望ましいです。
大臼歯の後方への移動は、年齢に関係なくできますが、顎の後方部の骨量や、親知らずの位置などにより制約を受けるので、際限なく移動できるわけではありません。
最近では、下の奥歯の後方への移動方法、移動量ともに格段の進歩を遂げ、術式も確立されてきており、一昔前なら、外科処置が必要な重度の受け口の患者さんも、非抜歯、オペなしで治療できるケースが増えてきました。
非抜歯治療は、患者さん、歯科医両方が望むところです。時代の流れとしても、非抜歯ブームが、当分続きそうです。ただ、落とし穴がいくつかあるのも事実です。
限度を超えた側方拡大や大臼歯遠心移動により顔が変貌したとか、術後、顎関節症になったとか、急激な後戻りが、早期に生じた、との報告を耳にしますし、メールでの相談もあります。
正確な診断、治療計画が大前提です。低年齢の早期治療が望ましいともいえます。
非抜歯治療は、抜歯治療に比べ治療期間が短く、歯の接触面積が多いため患者さん自身が食物を噛みしめやすい等、利点は多く、欠点は少なくなってきました。
「抜歯か?非抜歯か?」は、歯科医にとって永遠のテーマともいうべき課題で、日々悩んでいます。装置の選択とは違い、抜歯するかしないかで、ゴールである最終的な歯列や顔貌が随分変わってしまいます。
治療前に、其々の長所、短所を説明して、患者さんと十分コミュニケーションをとり、治療計画を立てるようにしたいものです。