第49回 トラブルへの対処法
今回は、どこの歯科医院でも経験されたことがあると思われる患者さんと”トラブルが起きてしまった時の対応”について私見を述べるとともに、トラブルが起きないようにするための当医院での取り組みについても話してみたいと思います。
今年で開業して11年目に入りました。患者さんとの小さなトラブルは、正直何回か経験しています。
”トラブル”と一言でいっても、実はいろいろなケースがあります。
大きくは3つのパターンが考えられます。
①患者さんが道義的、あるいは健康保険のルール上無理な要求をしてきたことに対して医院側が拒否した場合
②誤診、医療過誤等医院側に問題がある場合
③治療に関しての説明不足、コミュニケーション不足等からくる治療法、治療費、治療結果に対する不平、不満
①に対しては、毅然とした態度で臨めば良いと考えます。例えば、”義歯(入れ歯)を紛失したので、明日までに作って欲しい”とか、”一週間で20本の虫歯全部治療してほしい”といった場合です。あるいは、当医院のように原則予約診療を掲げているのに、予約外で来院して、”どうしてすぐ診てくれないのか!”と激怒するなど、道義的にも無茶な事を言われた場合は、断る勇気が必要です。他の患者さんに迷惑がかかる場合もありますので、お引取り願うよう促すのが筋です。
当医院で、開業当初一度ありました。泥酔していて、会話が成り立たない状態でした。警察沙汰になりましたが、何とか被害は最小限で済みました、が、とても嫌な思いをした事件でした。
上記の②については、最悪、医事紛争という形になりかねません。自分自身の技量の限界を知った上で治療に臨む姿勢は、常に持っておく必要があります。
上記の③については、日常的に小さなものから大きなものまで必ずどの歯科医院でも経験しているはずです。
③について、詳細に話を進めていきたいと、思います。
初診で来院された患者さんとの信頼関係をいかに築くか?が一番のポイントです。最初の問診で治療に対しての要望を聞いた上で、治療法の選択肢の概要を話します。治療する歯牙が多数に渡る場合や、治療法の選択肢が多く考えられる場合は、即日処置は危険です。
患者さんと会話していく中で、要求がどこにあるのか、どこまで治療してほしいかなど費用、期間の要望も含めて詳細に聞き取りをします。
”転医してきた方”やとにかく”質の高い医療を提供してほしい”、と初診の時点で訴えられる方がいます。慎重に治療を開始しなければいけません。当日は、応急処置にとどめ、後日、報告書(診断書)等により治療方針を提案するのが、当医院の方針です。
次の事例は、口腔内外の精密検査により報告書を作成し、十分な話し合いの上治療に着手したにも拘らず、トラブルになったケースです。
図Aが初診時の正面観です。20代の女性で、主訴は”口の中全体が凍みる(冷水痛)”のと、”前歯が短くなっているのを何とかしてほしい”とのことでした。図Bの青枠の場所(上顎前歯の切端)が、重度に削れていました。
若年者で、多数歯に渡って重度に切端が削れているのは、非常に稀なケースです。当医院へ来院する前に、A、B2箇所の歯科医院に行かれていました。A医院では、歯が体質的に弱いからでしょう、と一蹴され、B医院では、歯軋りが原因ですね、と言われたそうです。
とにかく歯が全体に凍みるので、食事がままならない、とのことでした。
図Cが上顎、図Dが下顎の咬合面観です。虫歯と呼べる箇所はなく、歯列弓形態はほぼ正常で、咬合(かみ合わせ)も問題は見当たらず、歯周病に罹患している兆候は、全くありませんでした。
A
B
C
D
ところが、図Eと図Fの青丸の歯牙が軽度~中程度に削れて、ちびている状態でした。歯の表面のエナメル質は完全になくなり、内側の象牙質が露出している、虫歯におきかえれば、中程度に進行している状態でした。
下顎の前歯、小臼歯を除いて、ほぼ全歯牙がある程度削れている状態で、歯が全体的に凍みるというのも、当然という口腔内の状況でした。
この状況をどのように推測しますか?原因は何か?そして、どのような治療法が提案できますか?
写真ではわかりにくいのですが、図Gが上顎前歯の裏側(口蓋側)を拡大したところです。上顎前歯の裏側は全面に渡って歯髄が透けてみえている状態でした。
前医では、凍みる歯全ての歯髄(神経や血管の入っている管)を除去して差し歯にするしかない、と言われたそうです。
E
F
G
実は、この患者さんの口腔内を診た瞬間に、このようになってしまった間違いない原因を私ははわかっていました。
口数はあまり多くない患者さんでした。食生活を含めた日常の生活スタイルについてお聞きしたところ、特に変わったところはない、との返答でした。初診時でもあり、信頼関係が全くできていない状態でした。
2回目の来院時、当医院で一番話し方がソフトで、聞き上手の女性スタッフにバトンタッチしました。少しずつですが、話してくれました。
過食と拒食をこの2,3年ほど繰り返しているとのことでした。歯が削れている原因は、”嘔吐を繰り返すことにより胃酸によって歯が浸食していた”のです。前医が診断した”体質的に歯が弱いこと”でも、”歯軋りによる咬耗”でもありません。胃酸により歯が溶けていたのです。”嘔吐による酸触症”の特徴として、上顎前歯の裏側が特に溶けます。
下の前歯から小臼歯あたりは、嘔吐の際、舌を前に出しますので、ほとんど溶けません。歯軋りにより咬耗する部位とは根本的に違います。上顎の奥歯は、裏側(口蓋側)だけが重度に浸食されていきます。
原因が判明しましたので、次は治療をどうするか、ということになります。カウンセリングが必要です。根本的な原因除去のためには精神科の医師との連携(ピエゾン療法)が必要不可欠です。
歯が全体に凍みることや、前歯の審美的な回復はどうするのか?というのは、歯医者の仕事になります。なくなったもの(削れてしまったもの)は、人工物で回復するしかありません。凍みる症状の歯は、知覚過敏処置を施しながら、臼歯は被覆型、前歯はベニア的な暫間補綴物におきかえていき、審美的、機能的に両立する形態に回復していくことを提案しました。症状の軽減しない歯牙に関しては、抜髄(歯の神経を取る)もしかたがない故は伝えておきました。術前の模型、写真、それに診断書、治療計画書、治療期間、費用を記した見積書等をお渡ししました。
実は、症状が軽減しない下顎大臼歯の4本については、本人と十分話し合った上で抜髄したのですが、その後患者さんが来院されなくなりました。
後日、家族の方から電話があり、”どうして他の医院と言うことがおたくは違うのか?”と言われました。また、抜髄処置のことや、精神科受診のことががショックだったようで、もう来院しない、とのことでした。
私としては、十分説明し、本人も納得した上で処置をしたつもりが、結果的に治療半ばで中断という形になってしまい、不本意でしかたありません。家族の方と話をしていると、本人と話した内容とかなり食い違って伝わっているのには、正直私自身が相当ショックでした。カウンセリングの難しさを改めて痛感しました。
極端なことを言えば、保険診療、自費治療に関わらず、患者さんと話した内容、納得して頂いた内容を全て録音し、しかも書面にし全ての資料を共有する。また、治療前、治療中、治療後の経過報告を各種資料(写真、レントゲン、模型など)で行う。そこまでやらないといけない時代になったのか、と思いました。莫大な時間とコストがかかります。完璧に実行するのは不可能です。
他医院と比べたわけではありませんが、コンサルテーションには十分な時間をとっていますし、現在歯科業界で行える治療法は全て正確に平等に提示するようにしています。各種パンフレット、資料、症例も大量に取り揃えています。
簡単な虫歯診断書や歯周病診断書は全ての方にお渡ししていますし、精密検査をさせて頂いた方には、当医院オリジナルソフトによる詳細な治療報告書(診断書)の作成に始まり、治療計画書、治療見積書等のツールを適宜お渡ししています。
上記の患者さんのご家族には、ご本人と話した内容や実際に行った処置についての誤解があります。資料もありますから、一度お越し下さい、と伝えました。が今のところ音沙汰ありません。
治療が中断してしまったり、治療結果の満足が得られなければ、治療前か治療中に何らかの問題が発生しています。コミュニケーション不足が大半ですが、転医されてくる方の多くは、偏った治療法への誘導や、治療前の説明と治療期間、治療費が違ってきたとの相談も多いです。情報が得やすいが、氾濫している時代でもあります。こういった方には、セコンド・オピニオン(別の歯科医の意見を聞く)を薦めています。
”患者さんとのトラブルを未然に防ぐためには、信頼関係を患者さんと保つための工夫を怠らず、常に心掛けることにつきる”、と思います。
そのためのツール作り、資料作りが特に重要と考えます。