第46回 一症例入魂・・・①(すきっ歯の処置法)
今回は、日々行っている通常の虫歯や歯周病の治療とは異なり、苦慮、苦悩しながら行った症例を、できるだけわかりやすく、解説してみたいと、思います。詳しく説明しようとすると、どうしてもボリュームが多くなってしまいます。すいません。画像も多いです。興味のない方は、次回をご期待下さい。 臨床医というのは、結果が全てです。最終的に患者さんの満足が得られなければ、どんな良質で、最高の治療をしたとしても、自己満足にすぎず、治療としては失敗と考えます。ですから、術前のコンサルテーションの際には、主訴の改善のために、治療選択肢をできるだけ多く提示し、審美的にも機能的にも良好な治療結果が得られる方法を患者さんとともに模索するのです。 日々診療をしていると、患者さんから教えられることが一番多い気がします。忙しさに任せて、説明が不十分で、十分納得して頂いて行ったはずの治療が、終了した時点で不満を訴えられる方がおられます。全て私たち歯科医側の責任です。毎日が反省の日々です。 |
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これからご紹介する方は、審美障害を主訴に来院されました。とにかく、見た目をきれいに!そして自然に!ということを強調されていました。 ■症例■ 図Aが治療前の口腔内の正面観です。20代の男性で、上の歯の真ん中の隙間(正中離開)の治療を主訴に来院されました。 |
A
B
C
D
E
治療前後で歯牙の形が変わってしまうのは、当然のことです。元々すきっ歯(図A)だったのですから、真ん中の隙間の分、歯の幅が大きくなってしまいます。ラミネート・ベニアだけで治療しようとすると、図Cのような結果になるのはしかたがないことです。ただ、患者さんの満足は全く得られませんでした。 | ||
結果的に、患者さんへの十分なインフォームド・コンセントができていなかったのです。私の説明不足であり、反省の念にかられました。 そこで、再治療を検討することにしました。このページの最初に書きましたように、私たち臨床医は、結果が全てです。患者さんの満足が得られて、始めて治療は成功したといえます。 患者さんの要望は、ただ1点です。治療前(図A)の歯牙の形態のままで、すきっ歯がなくなれば良いんです! では、再治療の経過を順を追ってお話したいと、思います。 歯の形を最初の状態のまま、隙間をなくすには、上の前歯を内側(口蓋側)へ移動させて、歯列弓を小さくするしかありません。図Fがラミネート・ベニア処置後の右側面観です。つまり再治療前の状態です。元々正常な歯並びの方ですし、臼歯部(奥歯)の咬合関係は、左右ともにⅠ級で、全く正常でした。図Gが前歯部分を拡大した像です。上の前歯を青矢印の方向(口蓋方向という)へ移動すれば、前歯4本は横幅の大きい歯になりません。 |
F
G
H
I
上の前歯を引っ込めようとする場合、図Jのように上下にワイヤーをつけて、臼歯部(奥歯)の若干の挙上(かみ合わせを高くする)と、上下の前歯の圧下(上の歯牙については、図Kの青印の方向への移動)を行う必要があります。奥歯の噛み合わせが挙上されれば、奥歯で噛んだ時に、上の前歯の裏側に隙間ができます。その隙間を利用して、上の前歯を内側(口蓋)へ移動できます。
図Hに比べ、図Jの方が噛み合わせが上がっています。下の前歯が図Jの方が図Hに比べよく見えることから、おわかり頂けると思います。
歯と歯の間のセラミックを削除しながら、図Lの青矢印の方向へ歯牙を移動させていきます。
J
K
L
図Mが、歯牙の移動を終了し、仮歯にしたところです。歯牙の縦横の比率が、治療前の図Aに近づいているのがおわかり頂けると思います。
図Nの縦(青線)と横(緑線)の比率と、図Dの縦横の比率がほぼ同じになるところまで、歯牙の移動を行いました。
実は、ここでひとつ問題が生じました。というか、最初からわかっていたことなのですが、歯と歯を寄せると、その間の歯茎にたるみができて、盛り上がって、まるで歯肉炎で腫れているようになります。図Oの青丸の部分(歯間乳頭という)がそれに相当します。この腫れた感じの歯茎のまま、被せを作っても、この患者さんの満足は絶対得られないはずです。
そこで、レーザーで、歯肉の整形をしました(図P)。余分な盛り上がった歯茎を切り取り、歯と歯茎のラインが揃うような形態にしました。また同時に、歯牙周囲の歯周靭帯(歯牙を取り巻いている歯肉と歯牙を結び付けている線維)を、断続的に切除しました。空隙を閉鎖する矯正をした後のあと戻りを防ぐのには、非常に有効だからです。図Pが術直後です。
M
N
O
P
図Qが、歯肉整形をして1週間後です。レーザーで歯肉の処置をすると、非常に治癒が早く治癒創がきれいです。図Rが咬合面観で、上の前歯4本を拡大したところです。歯牙が黒くなっているのは、知覚過敏防止の薬液処理をしているからです。
Q
R
図S~図Xが、上の前歯4本に最終補綴物(オール・セラミック)を装着して、治療が終了した状態です。
術前の図Aと術後の図Sを比べると、歯牙の形態がほぼ同じになっていることがおわかり頂けると思います。図Tが右側面の前歯部分の拡大ですが、再治療前(図G)と変わらず、適正なかみ合わせになっています。図Uが右側面観、図Vが左側面観です。矯正治療後に補綴処置をしたことにより、適正な切歯路角を付与できましたので、前方、側方運動時の咬合干渉は、全く生じない形態にできました。
図Wが上顎の咬合面観です。図Lと比べると、前歯4本が口蓋に入り、歯列弓形態が再治療前の尖型から、理想的な半円径になっています。図Xが下顎咬合面観です。図Iに比べると、画面上ではわかりにくいのですが、臼歯群のアップライト(舌側傾斜を整直させた)による咬合挙上と、前歯の軽度叢生を改善させました。
審美的要素である各歯牙の色、形態への患者さんの満足度は、予想をはるかに超えるものでした。何度も何度もお礼を言って下さいました。先日この患者さんから頂いた年賀状にも、感謝の言葉が何度も綴られていました。歯医者冥利につきる思いです。
歯科医サイドから言えば、再治療したことにより、機能的にも非常に満足のいく結果となりました。
S
T
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