第105回 ”口腔内写真”は語りかける!
また、治療中を通して一環して規格的に高解像度の写真を採得し検証することにより、自身が行った歯科治療の妥当性や問題点に気付く。「百聞は一見に如かず」の諺の通り、臨床家としてレベルアップするためには、口腔内写真はもっとも大切な資料の一つであり、自身が行っている臨床の検証には欠かせない。
さらに言えば、”口腔内の治療経過写真とレントゲンの経過写真を見れば、臨床レベルがどの程度の歯科医か、一目してわかります。”
先日、就職活動をしている知人(歯科医)から就職先の相談を受けました。彼は卒後5年目で、大学院を卒業後、勤務先を探すべく、何件かの歯科医院に見学に行ったとのことです。
彼曰く、自身の臨床経験が浅いこともあって、見学しても、そこの医院の良さ・悪さを判断できないとのこと。”臨床のレベルアップができる医院に勤めたい希望があるのだが、見る目がないので、着眼点を教えてほしい!”という趣旨の相談であった。
私は、誰でも判断できるアドバイスを一つだけした。”同一の患者さんに対し、規格性のある口腔内写真を定期的に採って管理している医院は、間違いなく臨床レベルが一定水準以上の医院だと思うよ”と。
可能ならば、”経時的に治療経過や予後を10年以上追っていて資料が揃っている症例数や、ケースの口腔内写真を見せてもらえれば、医院全体の臨床レベルがどのように進化していっているかわかると思う”、と付け加えた。
”口腔内写真やデンタルX線写真の14枚法が治療中の節目節目で規格的に同じ構図で撮影されていなかったり、資料がほとんど採得されていなければ、自身が行った治療のフィードバックが全くなされていない、ということなので、就職してもスキルアップが期待できる医院とはいえないんじゃないかな”、と助言した。
基礎資料の中でも「口腔内写真」は、診査・診断はもちろんのこと治療中、治療後の評価に最も重要な資料の一つである。言い方を変えれば、日々の診療で”口腔内写真を採らずして、臨床家としての進化はあり得ない!”と断言できる。
規格性とは、撮影倍率だけでなく、アングル、構図にも統一性が求められる。もっといえば、ストーリー性があることがベターである。治療中の施術箇所の経過写真を並べるだけで、術式や術者の意図することがわかるくらいまめに撮影されていれば、向学心・向上心が強い歯科医といえる。
ちなみに、当クリニックでは、3台の一眼レフカメラを用途に応じて使い分けています。毎日非常に多くの口腔内写真を撮影します。なぜ、口腔内写真を頻繁に撮影して管理していくことが大切か?事例を挙げてもう少し詳しく説明してみたいと思います。
また、左右ともに臼歯部(奥歯)で咬み合っておらず、審美障害とともに咬合が崩壊した咀嚼障害が主訴でした。その他にも多くの問題を抱えていたのですが、このページのタイトルの内容からはずれますので、割愛します。
図Bは、上顎の咬合面観です。歯周基本治療の後、保存不可能な歯牙を抜歯、臼歯部へはインプラントを埋入し、歯周外科処置による徹底した根面のデブライメントも行った後、歯周組織の安定を図っている時期です。
図Cは、左上臼歯部の角化歯肉が不足しているエリアへ、遊離歯肉移植を行った術前・術中・術後の口腔内写真です。
インプラント周囲の軟組織のボリュームを十分に確保しておくことは、予後に影響する重要項目ですので、最終補綴物作成前の処置として行うことが肝要と考えます。
説明するまでもなく、口蓋部からの移植により口腔前庭が深くなってティッシュマネージメントがしやすい環境になっているのが観察できます。
A
B
C
図Dでは、保存不可能な左上1番相当部の抜歯後の陥没した歯槽堤の状況が見て取れます。黄色丸の歯牙は歯根破折していて、デンタルX線からも抜歯せざるを得ない状況でした。
同部の唇側の骨が全くない状況でのインプラント植立は、審美領域での予後を考慮すると難易度が余りにも高いため、ブリッジのポンティックにすることが妥当と判断しました。
図Eは、審美ゾーンである左上1部への歯槽堤増大術(1回目)の術中の写真です。
結合組織の移植により唇側へのボリュームを増すことにより、歯肉ラインの揃った補綴物を作製できる環境を整えていきます。2回目の増大術では、高さを増す処置を行っています。
図Fが歯槽堤増大術の術前・術後の状態です。規格的に同じアングル・構図で写真を撮影し検証することにより、自身の行った処置を客観的に評価することが可能となります。臨床医としてスキルアップするには欠かせない工程です。
この部位は、骨量が重度に吸収していたことや、歯間乳頭を温存したかったので、難易度の高いインプラントの単独埋立ではなくブリッジによる補綴で対応することとしました。
図Gが最終補綴物作製前の上顎咬合面観です。歯周組織に炎症所見(腫れや発赤)がないことが見て取れます。
同業の歯科医が見てもコンセンサス(意見の一致)の得られる治療をしているかどうかは、口腔内写真を一目見ればわかります。
精度の高い補綴物作製には必要不可欠なため、支台歯のマージンラインの最終形成は、”マイクロスコープ下(歯科用顕微鏡)”で行っています。
図Hは、スライド(Power Point)の一部のコピーで1枚1枚の写真が小さく見づらいとは思いますが、術前・術中の下顎前歯部の支台歯形成完了時・術後の状態です。
マイクロスコープにてフィニッシングラインの最終形成をしています。適合の良い補綴物を作製するためには必須の工程です。
最終補綴物はセラミックを使用し、前歯部の歯肉ラインも理想的に仕上がっています。
何度も言いますが、口腔内写真を経時的に観察すれば、各工程で行った治療の良否、妥当性の有無や反省点も浮かび上がってきます。
自身が行った臨床への厳しい評価を自ら行う、あるいは同業の歯科医とディスカッションすることによりさらに次の課題が見えてきます。
D
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G
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実は、顔貌の評価も非常に重要です。図Iのように、各ステップで審美ゾーンで行う数量的検査を写真で記録しておくことにより、治療中の変更点や問題点の抽出に役立ちます。
特に、インサイザルエッジラインと呼ばれている上顎前歯部切端の前後的・上下的位置づけは、フルマウス・リコンストラクション処置(上下顎全体の再治療)の場合、術者の設定自由度が大きいために特に熟慮する必要があります。
どうしても私たち歯科医は口の中ばかりに目がいきがちですが、顔貌との調和を常に考慮して治療を進めていいかなければいけません。
スマイルラインやリップライン、患者さんの要望も取り入れながらプロビジョナル(仮歯)で模索していきます
図Jは、術前(上段4枚)と術後(下段4枚)を比較検討しているところです。上下前歯部と顔貌との調和具合(正面・スマイル・側貌)はもちろんのこと、術後の写真では口腔周囲筋の過度な緊張が減じていることが見て取れます。
上顎前歯部部の歯軸(歯の傾き)が唇側へ傾斜し過ぎていたことと、咬合高径の低下により下顎前歯部の突き上げが原因で下顎が後退していた術前の側貌が術後には改善されているのが観察できます。
図Kが術前のパノラマレントゲン、図Lが術後のパノラマレントゲンです。左右ともに、臼歯部のバーティカルストップはインプラントにて安定させ、緊密な咬合関係を付与しています。
上下顎前歯部は、メタルフリーのジルコニアフレームによるセラミック修復にて対応しています。歯周ポケットは、全て3㎜以内で安定しており、現在まで良好に推移しています。
口腔内写真には、膨大な情報量があります。向学心・向上心のある臨床家は、自身の経験値を上げていくために、日々ルーティーンとして資料採得を行っています。もちろん患者さんへのコンサルテーションツールにも役立ちます。
I
J
K
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臨床に”やりっぱなし”はありません。記録を残し、資料を整理・検証することによって次の課題が見えてきます。また、経時的に各種資料を比較検討することにより、長期的な予後の良否の判定にも役立ちます。
5年、10年、20年経って始めて、私たち歯科医が行った治療介入が本当に適切であったかの真の評価・答えが出ると考えます。