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第85回 ”先入観”は禁物

先週もいろいろありました。月曜日はセンシティブな歯周外科(再生療法)、火曜日は、他医院から転医の矯正のリカバリーケース、水曜日は夜11時までスタッフと「ぺリオ(歯周病)ミーティング」、木曜日は3件の「出張オペ」、歯科専門誌の編集者の方と打ち合わせ、土曜日は岡山大学口腔外科の優秀な先生が見学に来られて、サイナスリフトを含む2時間足らずの比較的浸襲の大きいなインプラントオペ(7本埋入)・・・・・・・。

情報過多の時代、ご自身の要望に合った歯科医療が提供できる歯科医院に巡り合うのは至難の業かもしれません。
治療途中で転医されてくる患者さんが後を絶ちません。コミュニケーション不足、技術不足からの医療過誤などさまざまです。

私たち医療サイドも真剣に考えて、日々診療をしなければいけません。以前から言われていることですが、「一口腔単位で診る」ことが求められています。そして各治療ステップを「こだわること」により、丁寧な仕事が行えます。

開業医である性格上、かかりつけ医は全ての分野をテリトリーとしています。イチローのような「オールラウンドプレーヤー」でなければいけません。そして最近特に思うのは、治療介入の前の「基礎資料採得・術前診査」の重要性です。

そして、タイトルに挙げた”先入観”を捨て去って広い視野、多角的な発想がないと治療に踏み込めない事例が増えています。多種多様のME機器の恩恵も受けなければ、正確な診断はできません。その辺りについて、お話してみたいと思います。


図Aの方は、岡山大学から当クリニックへCT撮影を依頼されて来院された方のCT像(3D)です。

無歯顎の下顎へのインプラント治療を計画されていました。下顎骨へのインプラント埋入の場合、最も注意が必要な事項として、顎骨内を走行している下歯槽管(神経)を損傷しないようにしなければいけません。

但し、通常オトガイ孔(左右5番目の歯根尖相当部付近)から骨表面へ神経が走行を変えるため、左右のオトガイ孔間へのインプラント埋入は安全!と言われています。つまり、前歯部分へのインプラント埋入では神経の損傷が通常起こりません。

しかし、それはあくまでほとんどのケースであって、100%安全ではありません。図B(正面)、図C(上方から)は下顎骨のみを抽出したCT像(3D)です。非常に稀弱な薄い骨体であることがおわかり頂けると思います。

図Dがシュミレーションソフト(Simplant Pro)上で3方向からの断面像を観察しているところです。

この方の場合、下顎骨の前歯部分に、栄養血管とおぼしき管が、”クモの巣様”に、オトガイ孔間に張り巡らされているレアなケースでした。

パノラマ像を拡大したのが、図E~図Hです。図E図Fは同じ部位での断面像です。図F赤線のエリアに血管及び神経が平行に走行していると推察されました。図G図Hは若干切断位置を変えた断面像です。やはり図H赤線の部分に神経が走行しているように映っています。そのためオトガイ孔間へのインプラント埋入は不可能と診断しました。

一般の歯科医院で撮影できるパノラマ像では全く診断できないケースです。限定された高解像度の「歯科用CT」でのみ詳細なX線診査・診断ができる事例です。

この患者さんの場合、オトガイ孔より後方部は、骨量が幅・高さともに極端に少なく、骨移植をしても予知性は疑問符という結論に達しました。

ただ、栄養血管の走行、太さなどは通常経年的に変化していきます。6か月毎にCT撮影を行い、現在治療法を模索している状況です。

「オトガイ孔間は大丈夫!」という常識は通用しないこともある、という認識が必要です。

別の事例ですが、図IのCT像の下顎骨をご覧ください。オトガイ孔は通常2つ(左右1つずつ)ですが、画像を見る限り図Jの赤丸の位置に合計5つあります。この方は欠損はなく今現在はインプラント治療の対象ではありませんが、将来もしインプラント治療ということになった時には、オトガイ孔間への埋入は非常に難しく、難症例となること間違いありません。

J

私たち医療従事者は、アナログの世界を相手にしています。基本的な解剖学の知識は当然知っておかなければいけませんが、”先入観”で全ての物事を考えてしまうと、思わぬ落とし穴に遭遇します。

当クリニックに設置の「歯科用CT(日立製MercuRay 12型)」は、非常に高性能であることは歯科医ならだれもが認めるところです。高解像度で、目的に応じて19㎝径までの広範囲撮影が可能です。

現在、県内外を問わず多くの歯科医院様に利用して頂いています。さまざまなCT像を毎日見ていますと、歯科用CT」は、診査・診断には必要不可欠な機器であることを再認識する日々です。

別のケースです。図K~Pの方は、大阪から”セカンド・オピニオン(別の歯科医の意見)を聞きたい”、との事で当クリニックへ来院された初診時の口腔内の状態です。

矯正専門の歯科医院に通院中だが、”上下の前歯の下の歯肉が盛り上がってきて、触ると痛い、歯根が出てきているのでは?”と言われていました。

図K、図Lのように上下左右4本抜歯し、抜歯スペースを利用して前歯を後退させているところでした。舌側(裏側)からの装置で矯正治療中なのですが、とても難しい状況になっていました。

図M、Nが左右の側方面観です。一言でいいますと、トーキング(歯根を動かす力)が全く効いていないのが明らかでした。図Pのように上下顎の前歯は舌側へ極端に傾斜していました。

回転中心は歯根側にありますので、ラビアルトルクを十分にワイヤーに効かせて後退(リトラクション)させないといけないのですが、舌側矯正のアプライアンスの要点、弱点を理解できていない手法で行われていました。

CT画像(3D)が図Qになります。赤丸のエリアに歯根が透けて浮き出ている状態で、歯根を覆うべき骨が表面にほとんどないのは明らかでした。

正面観を拡大したのが図Rになります。図R黄色四角部分は盛り上がって白く浮き出た歯根が透けて見えている状態でした。

図Sが下顎前歯部のCT断面像です。黄色矢印の部分にあるべき骨がなく、歯牙の根尖が骨内から逸脱しています。図Tの上顎前歯の断面像も同様で、かろうじて根尖が骨内にある状態でした。

治療中の問題点も、早期ならば起動修正可能ですが、このケースの場合、とても困難な状況になっていました。歯科用CTの断面像で見れば一目瞭然です。骨内の歯牙の位置を3次元的にとらえることができるので、非常に有効な診断機器といえます。

L

話が全く変わりますが、治療介入の前の「基礎資料採得・術前診査」の重要性を最近頓に感じる、ということ冒頭でお話しました。

初診時、一見して病態が複雑であればあるほど、最初の状態を把握しておくことは、予期せぬ事態や治療中問題が生じた時、ヒントを与えてくれます。

図Uは、当クリニックで使用している「半調整性咬合器」です。咬合器とは、口腔内の”顎運動に伴う咬合(かみ合わせ)”を口腔外で再現するための機器です。

全く咬合(かみ合わせ)に問題がない方の場合は、平均的な顎の動きを再現する「平均値咬合器」を使用するのですが、「一口腔単位」での治療を必要とする場合は、必ず図Uのような「半調節性咬合器」の出番となります。

顎の運動は、100人100通りです。治療前の顎の関節で誘導される顎運動・咬合(中心位という)と歯牙に誘導される咬合(中心咬合位)との不調和、ずれを抽出します。多くの場合修正が必要です。

「半調整性咬合器」は、顎運動経路を患者さん毎に任意に設定できます。治療前の咬合位をマウントした後、個人個人の機能に合った正常咬合を再評価を繰り返しながら探していきます。

早くて3か月、6か月以上かかることもあります。長期的に安定した予知性のある機能咬合を、さまざまな原則となるファクターを盛り込みながら、ゴールを目指していきます。

図V、W、&、Xは、「フェイスボウ」と呼ばれる咬合器の付属品で、頭蓋と上顎骨の位置関係を採得しているところです。各種存在する咬合器の特徴をしっかり押さえておくことはとても重要です。

そして、いくつかの咬合位(中心位、中心咬合位、左右側方位、前方位、マッシュバイトなど)図Yのように採得します。使用する材料、方法が何種類かあります。咬合に関する仕事は歯科医ならではの仕事”といえるのではないでしょうか?

その後、図Zのように模型を咬合器に装着し、各種顎運動の設定を採得したチェックバイト(各種咬合位)から行い治療前の診査に入ります。

初期治療と呼ばれる段階で、早期接触・咬合干渉の部位を診断用の模型、マウントした咬合器上で特定し、必要ならば口腔内で咬合調整を行います。図①側方運動させて平衡側のディスクルージョンの状態をチェックしているところです。

図②は、当クリニックの診断用の模型を入れている棚です。患者さんごとに治療前、治療中、治療後を採得するようにしています。

「一口腔単位の治療」という前提に立てば、歯科用CTや14枚法デンタル、診断用模型、口腔内写真やペリオチャート(歯周病検査表)の作成、顎機能検査などの資料採りは必ず行わなければいけない”必須項目”と考えています。

なぜなら、自身が行った治療行為によって、何が変わったか?変えたのか?、何は変えなかったのか?変わらなかったのか?を評価するための判断材料になるからである。

私たち歯科医の仕事は、”口腔機能の回復”が至上命題であることに異論はなかろう。

現代は得たい情報入手はたやすい時代であるが、一方”正しい情報か否かの判断がしにくい”、という皮肉な側面がある。
また、歯科的既往歴が引き金になっての「歯科心身症」の方も増加している。そして、いっそうの高齢化が進む中、全身疾患との兼ね合いから治療介入の難しさや複雑化さも熟慮しなければいけない。

さらに患者さんの治療への”ニーズの多様化”へどのように答えていくのか?など問題は山積している。そのため一歯科医、一診療所での対応の限界を最近感じている。

だが、紹介できる高次医療機関も思い浮かばない・・・・。

全人的治療ができる「高度かかりつけ総合歯科医」の育成が望まれていると感じるのは私だけであろうか?言葉でいうのは簡単だが、難題である。

このような時代だからこそ、”しっかり足についた治療を行いたい、トレンドよりもサイエンスに基づいた確実な治療を行うことが予知性のある治療になるのであろう”、と思う今日この頃である。

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