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第66回 ”わがまま”と”こだわり”は紙一重

当クリニック開院以来、最も”わがまま””こだわり”のあるAさんの治療が終了して、はや5ヶ月が経過した。
3日前、その方からメールを頂いた。”先生、歯の調子最高じゃ!わしのわがままいろいろ聞いてくれたよなー。悪かったのー。調子悪くなったらまた世話になるわ!調子悪くならんかったら行かんからなー”というとても短い一応感謝とも取れる内容であった。

実は、Aさんの治療には、1年を費やしました。その1年の間にいろいろな出来事がありました。今振り返ると、本当に多くの勉強をさせて頂きました。スタッフ共々感謝しています。セミナーに行って得られることの何倍ものことを患者さんに日々教えられます。

最初にお会いして、お話を聞いた時の正直な印象は、”何とわがままな方なんだろう、自己中の塊のような人だ!”でした。”私の技術力でこの方の満足のいく結果が残せるのであろうか?という不安だけが先行しました。

治療は、上下顎ほぼ全体の歯を触る大掛かりなものとなりました。しっかりとした咬合理論が必要なケースでした。

Aさんとの出会いは、1本の電話から始まった。

Aさん:知り合いから、おたくは腕が良いと聞いたんで行きたいんじゃけど、予約制かのー。
     わしは、待つのがとにかく嫌いなんじゃ。約束の時間から1分だって待っとれんからのー。
     約束の時間に行けば、絶対すぐ診てくれるんじゃろうな。
     問診表をファックスしてくれ。そっちで書く時間がおしいんじゃ。

Aさんは、時間に対してものすごく厳しい方でした。一貫していました。ご本人も時間厳守で来院され続けました。Aさんの来院時間が近づくと、スタッフ共々非常にピリピリした雰囲気でした。いつも診察台を必ず1台空にし、来院と同時に診察室に通すようになりました。

Aさんが書いた問診表の一番下のその他欄(クリニックへの要望等)には、赤いアンダーライン付の大きな文字で、”痛くなく!早く!安く!”と記入されていました。

Aさん:わしは、何箇所かの歯医者に行ったが、わしの言うとおりしてくれることころがなかった。
     インプラントを上の前歯に2本打ったが、調子が悪い。やり直してくれ。
     たぶんわしの歯は、ほとんど全部使えんと思うんじゃがのー。
     入れ歯はいやなんじゃ、何でも食べれるようにしてくれ!それからタバコは止めれんからの。
     一日70~80本は吸っとる。タバコ止めるくらいなら死んだほうがましじゃ。
     だからタバコの吸えん飛行機はここ10年以上乗っとらん。

ご自身がおっしゃっていたように、残っていた3本の上の歯は全てぐらぐらで、抜歯するしかしかたがない状態でした。下の歯も数本だけしか残せる状態ではありませんでした。

上顎については、埋入位置の悪いインプラント2本を撤去し、11本のインプラントを埋入し、固定式の補綴物にするプランを提示しました。下顎についても、左下の犬歯から後方部については、インプラント4本にて補綴する計画としました。


Aさん:とにかく痛くないようにしてくれ。何でも咬めるようになるんなら、任せ
     る。それからタバコは止めんからのー。完璧に治療してくれよな。

禁煙のできない方へのインプラント治療はしない歯科医も多いが事実です。せめてオペの前後1ヶ月は禁煙して頂くのが常識と言われています。Aさんは、かなりのヘビースモーカーでした。しかし、1時間以上タバコを我慢することは絶対できない、と念を押されました。

また、Aさんはかなりの巨漢(100㎏以上)で、糖尿の持病がある、リスクファクターをたくさん持たれていました。

Aさん:先生、わしの治療はしてくれるんかの。10年以上はびくともせん歯を
     作ってくれ。わしの思うようにならんかったら、そん時はそれなりの
     責任をとってもらうからのー。

絶対的、永久的な治療法などないこと、何パターンかの見積書を提示して固定式の被せにするには、かなり費用と時間がかかることを説明しました。骨量が随所で不足していて、骨質も悪いことがCT値から想定されていること、そして、タバコ、糖尿、などのリスク要因が治癒を遅らせることへの理解と承諾を同意書にて確認しました。

Aさん:歯の治療が終わったら、船で世界一周することにしとるんや。
     1年で終わってや!

オペの回数を減らすために、1回目は、広範囲へのインプラント埋入を行なったため、約2時間を要しました。1時間を経過したころ、Aさんが突然話しはじめました。

Aさん:タバコ吸わしてやー。我慢できん。5分休憩や!

前代未聞である。オペ中にタバコを吸うために休憩したのは・・・。もちろんその後の傷の治りが悪かったのは言うまでもない。想定はしていたものの、あらゆる策を講じて感染を起こさない配慮を術中、術後必至で行った。

このような話をしてくると、”単なるわがままな人”、という印象であろうし、何で治療を引き受けたの?という疑問を誰しも抱くのは当然である。

実は、治療を引き受けるかどうか決めるに当って、Aさんと話をしているうちに、あることに気づくようになりました。
この人が言うことは、世の常識と言われるものさしで考えれば単なるわがままなのかもしれませんが、”自身の生活の中で、相手にはうまく伝えれないがどうしても譲れないこだわっている部分を持っているんだな”と思うようになりました。

歯科医サイドが一方的に提示したプランに同意できないのなら治療をしません。喫煙が治療する上で障害になっていることは重々承知の上で禁煙しない、できないと言っている。自己責任の上に治療に臨むことを明言されている。

歯科医サイドの尺度、都合でのみ治療を行い、患者さんの日々の生活における”こだわり”を全て排除していいものか?悩みました。
禁煙しなければ、インプラント治療は100%失敗するわけではないのです。失敗の確率が高くなるのは事実ですが・・・。データを提示し、最善は尽くします、もし失敗したら、喫煙も要因の一つですよ、という内容を理解、承諾して頂ければいいのではないか、そう考えるようになりました。

オペ後の治癒経過は、予想通り一進一退の時期もありましたが、できうる限りの手を尽くした結果、最終的には本人の満足度を上回る結果を残すことができました。

外科処置が終わり、被せの作製に取り掛かかる段階になって、”被せの中にダイヤを入れて欲しい。どの大きさなら入るんかのー”と言いつつ、大きさ見本のパンフレットを取り出しました。

厚みが必要なので犬歯くらいが良いのかな、とアドバイスしました。結局1カラット以上の原価うん百万円の石を埋め込みました。私には理解できない世界です。これこそAさんの”こだわり”の一端でしょう。将来修理の必要性やダイヤの脱落でもおきたら大変ですので、当医院、技工所ともに保険をかけました。

5ヶ月前の昨年年末に、お約束通り歯の治療は終わりました。3ヵ月後のメインテナンスに来るようお伝えしていたのですが来られずじまいで、3日前の突然のメールでの近況報告でした。この辺りもAさんらしい”こだわり”が感じ取れます。Aさんにとっては、治療が終われば歯科医院は行く必要のない場所なんでしょう。

「歯の大切さ」、「継続的にメインテナンスしていくこと、予防の重要性」を訴えることは私たち歯科医療に従事しているものにとっての使命であることは確かです。ただ、誰にでもゆずれないところ、”こだわり”を持って来院される方もおられます。その方のライフスタイルに合った歯科医療を提供することも必要かと感じます。

タバコの害を知らない人など世の中にいません。それでもタバコは世の中から消えません。”わがままな人”と片付けていいのでしょうか?各人自己責任の範疇で自身が決定した”こだわり”があるのです。”こだわり”は”個性”へとつながっていきます。とても難しい問題です。

私自身にもいくつかの”こだわり”があります。もちろん歯科医として、日々の診療でもこだわりを持って臨んでいます。端から見れば、単なるわがままかもしれません。でも、こだわらない人生なんてつまらないでしょう。

患者さんの要望を最大限受け入れ、望むゴール、結果へ導く治療法を、擦り合わせながら提案できる、行える、そんな歯科医でありたいです。

最後に、Aさんの名誉のために一言付け加えておきます。彼は、岡山県人なら誰でも知っている大会社の経営者です。自己主張、正義感が非常に強く情に厚い、いわゆる親分肌のような方です。とても魅力的な人物であることは間違いありません。

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