第54回 ”先天性欠損歯”への対応・・・(上級編)②
生まれながらにして歯牙の欠損がある”先天性欠損歯”(以下先欠という)についての当医院での対応、考え方について前回<第53回 先天性欠損歯への対応・・・小児編①>の続きをお話してみたいと思います。
最近のお子さんは、先欠を伴った方が非常に多いです。ホームドクターとして日々診療している歯科医なら、皆認識しているはずです。
1、2本の先欠に対しての対応と、4本以上の多数歯に渡っての先欠の場合では、おのずと対応が異なってきます。もちろん後者の方が治療難易度が増します。
では、最近の当医院の事例でお話してみます。
図Aと図Bの方は、同じお子さんです。図Aが7才、図Bが10才の時のパノラマ像です。
歯牙の数についてのみ考察してみますと、7才時点の図Aの状態で異常を認識するのは非常に困難です。若干暦年齢に対して歯牙年齢が遅れている感はあるものの、問題があるほどの異常は見当たりません。
しかし、10才時の図Bの状態を診ますと、問題だらけです。このお子さんの場合、7才時の図Aの状態の時に既にかみ合わせに問題がありましたので、継続的に管理していたので、レントゲンを比較することができました。
図Aから図Bになる過程を克明に観察させて頂いていましたので、その時その時の適切な処置を施させて頂いていました。しかし、歯の本数が少ない先欠を、人為的に増やすことはもちろん不可能です。
どのように治療計画を立てて、進めていくべきか、大げさに言えば、このお子さんの将来がかかっています。10年、15年スパンでのプランが必要になってきます。
A
B
上図のBと、下図のCは同じパノラマ像です。丸をした箇所10箇所に問題があります。
一言で言えば、10才で図Cの状態ですと、8本の先天性欠損歯という様相を呈しています。
では、詳細に解説してみます。
永久歯の歯牙の本数は、親知らずを除くと、正常な場合上下左右7本ずつの合計28本存在します。
繰り返しますが、図Cの方は10才です。左右の赤丸の場所には、第二大臼歯(前から数えて7番目の歯)が映っていなければいけないのですが、見当たりません。同様に、上顎の第二大臼歯があるべき場所(左右のピンク丸の箇所)にも歯牙が見当たりません。
C
そして、左右黄色丸の部分ですが、第二小臼歯(前から数えて5番目の歯牙)があるべき場所です。左右の緑丸の乳歯と生え変わるはずなのですが、歯の形の像が見当たりません。
つまり、上顎の第二小臼歯、第一大臼歯、上下第二大臼歯が左右にないので合計8本が先欠ということになります。
神様のいたずらとしか言いようがありません。親御さんにお話した時には、”どうして、どうして”を連発されました。
じっくりと、腰をすえて取り組まなければいけないケースです。
口腔内を診てみましょう。
図D~Iが初診時です。図Dの正面観において、下顎の左右中切歯(一番前の歯)が捻転(回転)していることから歯牙が生えるスペースが不足していることがわかります。また、図Eにおいて、受け口の様相ですので、下顎過成長、又は上顎骨劣成長が疑われます。
図F(右側面観)において、交叉咬合(下顎歯列が上顎に対して頬側に位置している)のため、上顎の側方拡大が必要です。、図G(左側面観)においても、交叉咬合ぎみです。
図H(上顎咬合面観),図I(下顎咬合面観)ともに、閉鎖歯列弓のため、永久歯の萌出スペース不足が著明であることがわかります。
まず、前処置として、図Jのようにチンチャップをして頂きました。下顎の前方への過成長を防止することが主な目的です。
チンキャップの使用については、賛否両論、懐疑的な意見もありますが、私の場合、年齢によっては、ライトフォース(片側100g程度)での使用は有効と考えています。原則10才くらいまでのお子さんにしか使用しません。下顎骨の後方移動を目的とはしていません。
そして、何より牽引方向が重要です。図Jにおいて、赤矢印方向と、黄色矢印方向への強さの調節が必要です。個人的には、キャップがネットになっているものが安定が良いのでお勧めです。
D
E
F
G
D
E
F
チンキャップの基本的な使用法は、ハイアングルケース(長い顔の方)は、上方(赤矢印)へ、ローアングルケースは、水平(黄色矢印)へ、です。
骨格的なⅢ級(反対咬合)へのチンキャップによる継続的なOrthopedic 的なコントロールを行いつつ、歯列に対しての問題も改善する必要があります。
図K~Oが上顎咬合面です。
将来の顎偏位の原因となりかねない交叉咬合改善のため、まずは、側方拡大を行いました。交叉咬合というのは、臼歯部(奥歯)の咬みあわせが上顎が頬側にあるべきなのが下顎の方が頬側にある状態を言います。上顎骨の劣成長や下顎骨の前方への過成長の場合に見られます。
図Kのような側方拡大装置を装着し、図Lが約5mm拡大された状態です。装置をはずした状態が図Mです。その後、図Nのように2個目の拡大装置を入れました。図Oが治療前に比較して約8mm側方へ拡大された状態です。
下顎については、受け口が悪化しないように、図Pのように唇側線(赤線で印字したワイヤー)で前歯部を黄色方向に押すことにより、前方向へ移動しないように抑制しました。
図Qは両側側切歯が萌出してきたので、同じく舌側へ押す力をかけています。図Rの舌側のワイヤーは、唇舌側から挟み込んで、4前歯が回転しているのを修正しているところです。
そして、図Sが初診から約1年後のパノラマ像で、先月撮影したものです。11才時です。当然のことですが、8本の先欠という状況に変わりはありません。このお子さんに関しては、20才前後まで、管理が必要です。大臼歯部の咬合をいかに確立させていくかが、今後の大きな課題と言えます。
口腔内を見てみましょう。図T~Yが現在の状態です。初診時図D~Iと比較しながらご覧になってほしいのですが、正面観(図T)においては上下の4前歯が整然とコーディネートされています。図Uの口元のアップにおいては、図Eと比較して反対咬合が明らかに改善されています。
図V(右側面観)、図W(左側面観)において、臼歯部の交叉咬合が改善されているのがお分かり頂けると思います。この時期に最も大切なのは、”上下の4前歯を正常な被蓋にして、上下顎骨前方部の正常な成長・発育の障害となる要因を除去すること”、そして”臼歯の特定の部位の早期接触や咬合干渉が大半の原因である顎偏位を助長する要因を取り除くこと”の2点です。
図T~Wのように限局した部位にブレースを装着して、上顎4前歯の前方移動と、歯列弓のコーディネートを行いました。現時点では、問題は見当たらない状況で推移しています。
図X(上顎咬合面観)、図Y(下顎咬合面観)においても、アーチフォーム、個々の歯牙の位置ともに問題はない状況です。
大臼歯の欠損等の8本の先欠についての治療方針ですが、上下顎骨の成長・発育が終了した時点でインプラントによる補綴を予定しています。
K
L
M
N
O
P
Q
R
S
T
U
V
W
X
Y
次に、成人で”3本の先天性欠損歯”が存在し、”4本の乳歯が残存”している症例で、お話してみたいと思います。
下図①が、初診時のパノラマ像です。どこに問題があるかわかりますか?
①
図①において、問題のある場所に、丸印をつけました。上顎の赤丸の2箇所には、左右の側切歯があるべきなのですが、先欠の状態です。その隣の左右の青丸の部分には、乳歯の犬歯が残っています。永久歯の犬歯が、中切歯と乳歯の犬歯の丁度間に存在します。
下顎については、黄色丸の部分にあるべき永久歯(第二小臼歯)が存在しません。ピンク丸の部分には、第二乳臼歯が残存していますが、ほとんど歯根が吸収しています。。緑丸の部分には、乳歯の前歯が1本残っています。
つまり、上顎の永久歯が2本、下顎が1本先欠で、抜けるべき乳歯が4本残存しています。
口腔内を見てみましょう。図③、④が術前です。図③の正面観において上顎は側切歯が2本先欠のためスキッパの状態です。下顎前歯に乳歯が1本残存しています。顔貌はお見せできませんが、下顎骨が左側へ大きく偏位しており、反対咬合(受け口)の様相を呈していました。図④(右側面観)で、反対咬合が顕著であることがお分かり頂けると思います。
図⑤、⑥が矯正治療が終了したところです。乳歯の4本は全て抜歯し、スペースを真ん中に集めて上顎の空隙歯列を改善しました。
③
④
⑤
⑥
余ったスペースを一箇所に集めて、下記のパノラマ像のように、インプラントを上顎に2本、下顎に1本埋入しました。
歯牙の数が足りないのですから、何かしら人工的なもので補うしかありません。
健全歯を削る処置は、できるだけ避けるべきと考えます。
若年者の場合、今後何十年もの間の長期予後の安定という観点からすると、”削って被せたり、欠損部分をブリッジで補綴するという治療選択肢は絶対行ってはいけない”と思います。
上記の症例は、矯正治療だけ行うと考えても、顎偏位のある成人ケースですので難易度が高いです。また、先欠部分をインプラントで補ったわけですが、どこにスペースを集めればインプラントの予後に有利なのか?両分野の知識が必要なケースといえます。
他分野とののコラボレーション、コンビネーションが必要な場合、治療プランが何通りも存在します。複雑な治療計画になる場合が多くなります。
20代の女性です。最小限の浸襲で、最大限の治療効果を挙げる手法を模索した結果、今回は”矯正治療”と”再生治療”という組み合わせを選択しました。
”先天性欠損歯”への対応としては、幼年期からの管理が非常に重要です。治療上は、正しい上下顎骨の成長・発育へ導いてあげるための知識、経験が必要です。矯正、外科、補綴など多分野に精通していることが術者としての必須条件と考えます。