第51回 非外科・非抜歯でここまで治る!・・・最終章
遅くなりましたが、3回シリーズの最終回です。診断、治療計画から今回までの治療経過については、<第42回 非外科・非抜歯でここまで治る!・・・①>と<第46回 非外科・非抜歯でここまで治る!・・・②>をご覧下さい。
成人で、重度の骨格性反対咬合は、通常外科矯正の適応となります。
今回の症例を、友人である矯正専門医に相談したところ、外科(骨切り)しないと、良い結果は望めないと、断言されました。
また、日頃からお世話になっている矯正専門医の指導医である何人かの方にに相談してみましたが、やはり同じ返答でした。
私自身も、外科をからめた矯正治療が、一番良好な結果が得られる、と考えていました。
ですから、術前の精密検査後のコンサルテーションでは、外科か最低でも抜歯を視野に入れた治療方針を提案させて頂きました。
ところが、患者さんは、”外科なんてとんでもない、抜歯すら否定的で、非抜歯で治療できないのなら、矯正治療はしない!”と断言されました。
非抜歯で、前歯部分を正常被蓋(上の歯を下の歯より前方に出す)にすることはそれほど難しいことではないのですが、私が一番危惧していたのは、顔貌です。
骨格性反対咬合というのは、歯列不正の中でも、顔貌に最も顕著に現れやすいため、術後の顔貌がある程度改善されないと、治療結果にご本人が満足してもらえない可能性が高いです。骨の問題を歯牙の移動だけでどこまで改善できるのか、治療前に綿密にシュミレーションし、治療計画を立てました。
治療によって改善できる点、改善できない点、不確実だが改善される可能性がある点について、十分インフォムド・コンセントしました。
では、治療前後の比較や、治療経過、治療後の評価などについてお話していきます。
左図の左側縦欄(図A,C,E,G,I,K,M)が治療前、右側縦欄(図B,D,F,H,J,L,N)が治療後です。
矯正治療の経験が十分ある歯科医が図A~Nの写真を見れば、外科矯正をして治療したんでしょう、という返答を必ずするであろう。それほど、ダイナミックに変貌しています。
私自身、抜歯・非抜歯、外科・非外科の基準を根底から覆される症例になったのは間違いありません。
具体的にお話しますと、例えば、図A(右側側面観)から図Bへの変化で注目してほしいのは、前歯部ではありません。犬歯以降、臼歯部の歯軸です。上下の各歯牙の歯軸が揃っているのがおわかり頂けると思います。無理やり正常被蓋にして、上下顎前突の様相をつくっているのではありません。
ポイントは、下顎です。下顎歯列、下顎歯牙を傾斜移動ではなく、無理なくできるだけ平行に後方へ移動させれないと、今回のような結果は望めません。
図C(左側側方面観)に至っては、側切歯部の叢生を改善させて、尚後方移動させて図Dのような結果を出せました。
図E(正面)から図Fに至っては、正中の不一致が改善され、図G(上顎咬合面観)から図Hへは、上顎歯列弓の理想形である半円型に、図I(下顎咬合面観)から図Jへも無理のない下顎歯列弓形態に仕上がっています。
口元の横からの拡大である術前の図Kからから術後の図Lへ、大きな改善が見られます。若干オーバーコレクションぎみに、Over jet(上下の歯牙の前後的なずれ)を少しだけ大きめに仕上げています。
特質すべきは、図M(口元のアップ)から図Nへの変化です。明らかなⅢ級(反対咬合)の顔貌である図Mから、若干Ⅲ級ぎみかな?くらいのとても普通っぽいプロファイルに改善されている点です。詳細については、後ほど側方セファロの重ね合わせでお話します。
最初にお話しましたように、骨を触らずに、どこまで顔貌を改善させれるのか!が、一番危惧していたポイントでした。患者さんの満足度が非常に高かったことが全てを証明してくれました。
結果論になってしまいますが、外科や抜歯しなくても、ここまで顔貌も改善されるんだ!という驚きとともに、満足感に当分浸っていました。
A
B
C
D
E
F
G
H
I
J
K
L
M
N
それでは、パノラマやセファロ(側貌レントゲン)での術前術後の重ね合わせによる評価や、個々の歯牙の移動が実際どのように起こったかについて、詳細に述べてみたいと思います。
正面からのX線像であるパノラマ(図O~V)では、歯数や個々の歯の上下的、左右的位置関係、大まかな咬合(かみ合わせ)関係などがわかります。
図O、Pが治療前、図Q、R、S、Tは治療中(10ヶ月後)、図U,Vが治療後です。図Oの下顎前歯部の赤丸部分を拡大したのが、図Pです。図Pの赤丸部分に見られた前歯の重なり(叢生)が10ヵ月後の図Qのピンク部分では、改善されているのがおわかり頂けると思います。
次に、下顎の臼歯(奥歯)の変化についてですが、治療が進むにつれするにつれて、図Rの青矢印の方向(後方)へ左右共に大きく傾いています。図Oから図Sへの変化に相当します。この大臼歯の動きのことを、専門用語では、遠心へのアップライトといいます。
通常、この動きは、MEAWテクニックによって行うことが可能ですが、今回は、図Rの黄色丸に埋入したミニ・インプラントをアンカー(固定源)として行いました。詳細についは、<第42回 非外科・非抜歯でここまで治る!・・・①>と<第46回 非外科・非抜歯でここまで治る!・・・②>をご覧ください。
MEAW法より、MI(ミニ・インプラント)を使用するほうが多くの利点があります。その理由については、後述します。
図S(治療開始10ヵ月後)の時点で、下顎叢生の改善、臼歯部歯列全体の遠心移動(約5mm)が完了しました、
次に、図S(治療開始10ヵ月後)から図V(治療後)への変化についてですが、図Sの左下臼歯部(図Sの黄色四角枠)を拡大したのが図Tです。図Vの左下臼歯部(赤四角枠)を拡大したのが図Uです。
図Tから図Uへは、青矢印の矯正力をかけています。臼歯部の歯根を遠心(後方)へ移動させることにより、遠心傾斜していた臼歯部の歯軸を整えています。このトルキングという作業は非常に重要で、リラップス(後戻り)を回避するためにも必ず行わなければいけません。
O
P
Q
R
S
T
U
V