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第46回 一症例入魂・・・①(すきっ歯の処置法)

今回は、日々行っている通常の虫歯や歯周病の治療とは異なり、苦慮、苦悩しながら行った症例を、できるだけわかりやすく、解説してみたいと、思います。詳しく説明しようとすると、どうしてもボリュームが多くなってしまいます。すいません。画像も多いです。興味のない方は、次回をご期待下さい。
 「一症例入魂」というタイトルが適切かどうかは別にして、初期の治療計画に沿った治療では、患者さんのイメージした結果が達成されず、再治療を行いました。患者さんと何度も相談しながら、試行錯誤しながらの治療となりました。最終的には、患者さんの十分な満足を得られたのですが、遠回りした部分が多々あり、反省の念で一杯です。

 臨床医というのは、結果が全てです。最終的に患者さんの満足が得られなければ、どんな良質で、最高の治療をしたとしても、自己満足にすぎず、治療としては失敗と考えます。ですから、術前のコンサルテーションの際には、主訴の改善のために、治療選択肢をできるだけ多く提示し、審美的にも機能的にも良好な治療結果が得られる方法を患者さんとともに模索するのです。
 例えとして適切かどうかは、わかりませんが、150万円の資金で車を購入するとします。150万円の新車を買うという選択肢と新車なら300万円する車の中古車を150万円で買うという人もいると思います。また、120万円の新車を買って、オプションをたくさんつけて、支払い総額を150万円にする、という人もいるでしょう。それぞれの方法に、一長一短はあります。車に対する思い、どんなカーライフをイメージしているかは、人それぞれです。

 日々診療をしていると、患者さんから教えられることが一番多い気がします。忙しさに任せて、説明が不十分で、十分納得して頂いて行ったはずの治療が、終了した時点で不満を訴えられる方がおられます。全て私たち歯科医側の責任です。毎日が反省の日々です。 

これからご紹介する方は、審美障害を主訴に来院されました。とにかく、見た目をきれいに!そして自然に!ということを強調されていました。

■症例■

図Aが治療前の口腔内の正面観です。20代の男性で、上の歯の真ん中の隙間(正中離開)の治療を主訴に来院されました。
 図Aの写真ではわかりずらいのですが、左右中切歯と側切歯の間にも、わずかに隙間がありました。つまり、”4前歯の間の隙間3箇所をなくなるようにしてほしい”、ということでした。
 正中離開の治療法を一般論としてお話すれば、隙間にレジンを充填する、補綴(ラミネート・ベニアか冠)で修復する、矯正治療をする、の3つに大別されます。
 前述の3パターンの治療法の長所・短所を説明した上で、患者さんがラミネート・ベニアによる治療法を選択されましたので、図Bのように前歯4本の表側を一層削って、セラミックを貼り付けました。図Cが治療後です。
 通常ですと、図Aが治療前、図Cが治療後で、こんなにきれいになりました、よかったですね!で終わりのはずでした。
 ところが、この患者さんは、”歯の形が変わった””歯の横幅が大きくなって、形がおかしい””元の形にもどしてほしい”と訴えられました。
 図Dが治療前です。中切歯の縦(青ラインの長さ)横(緑ラインの長さ)の比率が、図E(治療後)の縦横の比率と全く違うので、不自然だ!と指摘されました。

A

B

C

D

E

治療前後で歯牙の形が変わってしまうのは、当然のことです。元々すきっ歯(図A)だったのですから、真ん中の隙間の分、歯の幅が大きくなってしまいます。ラミネート・ベニアだけで治療しようとすると、図Cのような結果になるのはしかたがないことです。ただ、患者さんの満足は全く得られませんでした。
結果的に、患者さんへの十分なインフォームド・コンセントができていなかったのです。私の説明不足であり、反省の念にかられました。
そこで、再治療を検討することにしました。このページの最初に書きましたように、私たち臨床医は、結果が全てです。患者さんの満足が得られて、始めて治療は成功したといえます。
 患者さんの要望は、ただ1点です。治療前(図A)の歯牙の形態のままで、すきっ歯がなくなれば良いんです!
では、再治療の経過を順を追ってお話したいと、思います。

歯の形を最初の状態のまま、隙間をなくすには、上の前歯を内側(口蓋側)へ移動させて、歯列弓を小さくするしかありません。図Fがラミネート・ベニア処置後の右側面観です。つまり再治療前の状態です。元々正常な歯並びの方ですし、臼歯部(奥歯)の咬合関係は、左右ともにⅠ級で、全く正常でした。図Gが前歯部分を拡大した像です。上の前歯を青矢印の方向(口蓋方向という)へ移動すれば、前歯4本は横幅の大きい歯になりません。
 しかし、上の前歯の裏側には、下の前歯があたっていますので、簡単には口蓋方向へは、移動できません。上下の歯牙の全体的な移動が必要になります。
 図Hは、矯正治療を開始したところです。図Iは、下の歯列です。前歯にごくわずかな叢生が見られますが矯正治療をしないといけないほどの歯列不正では、ありませんでした。

F

G

H

I

上の前歯を引っ込めようとする場合、図Jのように上下にワイヤーをつけて、臼歯部(奥歯)の若干の挙上(かみ合わせを高くする)と、上下の前歯の圧下(上の歯牙については、図Kの青印の方向への移動)を行う必要があります。奥歯の噛み合わせが挙上されれば、奥歯で噛んだ時に、上の前歯の裏側に隙間ができます。その隙間を利用して、上の前歯を内側(口蓋)へ移動できます。
 図Hに比べ、図Jの方が噛み合わせが上がっています。下の前歯が図Jの方が図Hに比べよく見えることから、おわかり頂けると思います。
 歯と歯の間のセラミックを削除しながら、図Lの青矢印の方向へ歯牙を移動させていきます。

J

K

L

図Mが、歯牙の移動を終了し、仮歯にしたところです。歯牙の縦横の比率が、治療前の図Aに近づいているのがおわかり頂けると思います。
 図N
の縦(青線)と横(緑線)の比率と、図Dの縦横の比率がほぼ同じになるところまで、歯牙の移動を行いました。
 実は、ここでひとつ問題が生じました。というか、最初からわかっていたことなのですが、歯と歯を寄せると、その間の歯茎にたるみができて、盛り上がって、まるで歯肉炎で腫れているようになります。図Oの青丸の部分(歯間乳頭という)がそれに相当します。この腫れた感じの歯茎のまま、被せを作っても、この患者さんの満足は絶対得られないはずです。
 そこで、レーザーで、歯肉の整形をしました(図P)。余分な盛り上がった歯茎を切り取り、歯と歯茎のラインが揃うような形態にしました。また同時に、歯牙周囲の歯周靭帯(歯牙を取り巻いている歯肉と歯牙を結び付けている線維)を、断続的に切除しました。空隙を閉鎖する矯正をした後のあと戻りを防ぐのには、非常に有効だからです。図Pが術直後です。

M

N

O

P

図Qが、歯肉整形をして1週間後です。レーザーで歯肉の処置をすると、非常に治癒が早く治癒創がきれいです。図Rが咬合面観で、上の前歯4本を拡大したところです。歯牙が黒くなっているのは、知覚過敏防止の薬液処理をしているからです。

Q

R

図S~図Xが、上の前歯4本に最終補綴物(オール・セラミック)を装着して、治療が終了した状態です。
 術前の図Aと術後の図Sを比べると、歯牙の形態がほぼ同じになっていることがおわかり頂けると思います。図Tが右側面の前歯部分の拡大ですが、再治療前(図G)と変わらず、適正なかみ合わせになっています。図Uが右側面観、図Vが左側面観です。矯正治療後に補綴処置をしたことにより、適正な切歯路角を付与できましたので、前方、側方運動時の咬合干渉は、全く生じない形態にできました。
 図Wが上顎の咬合面観です。図Lと比べると、前歯4本が口蓋に入り、歯列弓形態が再治療前の尖型から、理想的な半円径になっています。図Xが下顎咬合面観です。図Iに比べると、画面上ではわかりにくいのですが、臼歯群のアップライト(舌側傾斜を整直させた)による咬合挙上と、前歯の軽度叢生を改善させました。
 審美的要素である各歯牙の色、形態への患者さんの満足度は、予想をはるかに超えるものでした。何度も何度もお礼を言って下さいました。先日この患者さんから頂いた年賀状にも、感謝の言葉が何度も綴られていました。歯医者冥利につきる思いです。
 歯科医サイドから言えば、再治療したことにより、機能的にも非常に満足のいく結果となりました。

S

T

U

V

W

X

もう少し上記の症例の話をしてみたいと思います。
実は、結果論になりますが、最初から歯の移動による矯正だけで治療していれば、良かったのです。ラミネート・ベニアで治療するために歯牙を切削したのが、そもそもの間違いだったのです。患者さんと治療前に十分話し合い、ラミネート・ベニア治療の限界、短所について十分説明しておけばよかったのです。いや、説明だけでなく、テンポラリー(仮の詰め物)のレジンを隙間の部分に詰めて、形態が変わってしまうイメージを視覚的につかんでもらうべきだったのです。
 言葉や症例を見せながら、十分説明したつもりだったのですが、結果が伴いませんでした。反省の念で一杯です。歯牙の切削という不可逆的な行為を、しかも健全歯に行ってしまい、患者さんの満足が得られなかったのです。弁解の余地はありません。
 再治療の際には、十分すぎるインフォームド・コンセントを、毎回、細部にわたって行い、治療を行っていきました。

 治療の”質”ということで言えば、補綴と矯正は、表裏一体といえます。”質の高い”治療の提案には、どちらも、欠くことができません。また、どちらの治療にも、外科処置がが必要なケースに多く遭遇します。歯周的な処置、管理も当然必要です。
 他の医院と比べたわけではありませんので、あくまで私見ですが、当医院の場合、患者さんの”質”が高い方が非常に多い気がします。知識武装をされた”質”の高い治療を要求をされる方には、歯科医側もそれに十分答えうる知識、スキルが必要になってきます。ですから日々勉強です。
 
 極端な言い方をすれば、患者さんに”治療結果で感動してもらえる”そんな歯科医になれたらいいと、思っています。
 ”患者さんのイメージをはるかに超えた治療結果を出す”、それが日々診療をしている私の夢です。

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