第33回 インプラント(人工歯根)は万能か?
前置きになってしまいますが、当サイトの内容は、できるだけ生の声、本音で語る、 ことを信条にしています。テーマを絞って、私やスタッフの考え方を述べたり、一つの症例に対して、どのように取り組んだか、 治療中試行錯誤したこと、反省点等に触れたりしながら、他に類の無い“治療の経過を 掲載することが大切だ”と、常々思っています。
ですから、他業種の方が管理、運営する整理整頓されたサイトとは程遠い見づらいデザインのページ構成になっていて申し訳ごさいません。
ただ、歯科治療の現場で、一人の歯科医がどのような考え方で取り組んでいるのか、微力ながら、どんな結果を出しているのか、 といったことを理解してもらうためには、人任せでは、限界があると感じています。
よくある歯科のサイトでは、治療前、治療後の写真を載せて 、”こんなにきれいに治りました”、という結果だけを強調して、その治療法の長所だけを並べたてている 内容をよく目にします。その治療法に対しての十分な知識や技術、経験等が本当に十分あるのか、 疑問が残ります。
本題にうつりますが、”インプラント” という言葉も、最近では、市民権を得たのか、知らない人が少なくなってきている現状があります。
一方、インプラント治療ができる?と謳っている歯科医院も急増しており、確かに、一昔前から比べると、材料の進歩も手伝って、 術式も確立してきており、特殊な治療とはいえない分野になりつつあります。
私事でいえば、医局時代から数えると、15年インプラント治療を行ってきました。当時は、適応性が患者さんの 顎骨の状態に左右されていましたが、現在では、インプラントを埋めたい場所に埋める、 そこに骨が足りなければそこに骨を作る、ことがほぼ可能になってきました。
話がそれますが、アメリカの有名な歯科大学の学生を対象にした正規のカリキュラムには、 有床義歯(主に入れ歯について)の講義が最近なくなったそうです。特別講義で年一回 ちょこっと話されるだけだそうです。つまり、入れ歯についての知識は必要ない、との見解なわけです。不幸にして歯が無くなった 場合は、入れ歯を入れるのではなく、全てインプラント処置を施せば良い、という発想なのです。それほどアメリカでは、 インプラント治療が普及している実態があります。
日本はどうかといえば、私が思うに、良しにつけ悪しにつけ、医療分野に限らずあらゆる面でアメリカを10年後ろから追っかけ ているのではないでしょうか。言い換えれば、アメリカの今は、10年後の日本の姿、ということになります。
インプラント治療は、これからどんどん普及します。ただ、日本の保険行政が行き詰っていることを考えると、将来的に健康保険に 導入されることは、まずあり得ないと、思います。自費治療というのは、歯科医院と患者さんとの何らかの契約が成立すれば行われる 行為ですので、全く規制がありません。ルールがない、ということは、多くの危険をはらんでいます。金銭的なトラブルは まだしも、知識、技術の未熟さからくる医療過誤が頻発することは避けられないです。
何が何でもインプラント治療、という発想ではなく、できるだけ歯を残す、温存して利用する、という発想を原点とし、 治療法の選択肢の一つとして持ち合わせておく、というのが私の基本的な考え方です。
次の2つの症例を見比べて見てください。
■症例1■
図Aは、最近当医院へ来られた患者さんの治療前の状態です。 上下の前歯はすでに欠損状態で、 残存している歯牙についても、歯周病がかなり進行していました。 何軒かの歯科医院で入れ歯は作製したものの、動いて痛い、咬めないとのことで 現在は使用していない、とのことでした。
治療としては、まず、歯周病の初期治療(歯石除去、ルートプレーニング、TBI等) によるプラークコントロールの徹底を行った後、どうしても保存不可能な歯に関しては、抜歯しました。
残存歯については、 歯周病が軽度~中等度に進行している歯がほとんどであることを考慮して、支台歯には、全て磁石を埋め込んだ 磁性アタッチメント義歯としました(図Bが 上顎、図Cが下顎)。(磁性アタッチメント義歯の詳細については、 院長からのメッセージの第24回 <バネのない入れ歯の話>をご覧ください。
上下ともに、多数の磁石のおかげで、入れ歯の安定は非常に良く、審美面からも患者さんの満足度は、十分得られました( 図D)。が、この治療法は、最善、最良の方法ではないと、異論を唱える歯科医もたくさんいると思います。 そのことについては、後で触れます。
A
B
C
D
■症例2■
図Gが治療後の口腔内の状態です。被せは、 10本連結したブリッジとし、被せの部分は、歯科医が定期的にはずして清掃、チェックできる形態としました。 固定式の被せであることから、咀嚼面、審美面ともに患者さんの満足度は十分に得られました。
ではこの治療法は、最善の治療法であったかというと、症例1と同じく異論を唱える歯科医もいると思います。
E
F
G
症例1は、自身の歯を利用して入れ歯を作製しました。 残存歯が中等度歯周病に罹患している、ということは、5年10年という長期的な予後を考えると不安が残ります。 残根上義歯(歯の根を覆った入れ歯)は、プラークコントロール という面では、不利です。将来的に残存歯が減っていけば、磁石の数が減り、義歯の安定は当然悪くなります。 ですからいっそうのこと、症例1の場合、全ての歯を 抜歯して、インプラントで咬合を再構築 したほうが、10年単位の良好な予後が望めるだろう、と考える歯科医も当然いるでしょう。 1本1本の歯を残すことを優先するのか、それとも長期安定のために抜歯するのか、という選択をしなければならないのです。 症例2は、実は、 11年前の勤務医時代に行った症例です。当時を振り返ると、患者さんの、 ”とにかく何でも咬めるびくともしない歯を作ってくれ!” という強い要望があり、歯周病がさほど進行していない歯も抜歯した記憶があります。 罪悪感に苛まれた日々でした。ただ、結果として最近の検診でも特に問題はなく、11年間安定した経過をたどっている、 ということは、最良とはいかないまでも、悪い治療ではなかったとはいえるのではないでしょうか。 では、”インプラントは、万能なのか?” とうタイトルの話になっていくわけです。 この考え方は、私は、絶対間違っている、と思います。インプラント治療はそこまで成熟した治療法ではないと考えます。 私は、あくまで治療法の選択肢の一つというスタンスをとっています。 インプラント治療の現場のトラブルは、非常に多いです。歯科医の知識不足、技術や経験不足等からくる初歩的なミスは 問題外ですが、システム自体が万能ではないことは確かです。 インプラントも歯牙と同じように歯周病になるので、 アフターケアは非常に重要ですし、人工物であるが故、破折や破損も頻度は減ってきましたが、 当医院でも時折あります。顎の骨量、骨質などの条件の悪い人の場合には、 補助的な手術を行いますが、それでも長期的には予後不良になる ケースがあります。一生使えるなどということなど、だれにもいえるはずがありません。 また、失敗例は、ほとんど表舞台にはでてきませんし、ましてやインプラントの失敗例をサイトで掲載する人などいるはずが ありません。良い面ばかりを強調しているはずです。 私なりに、インプラント治療を受ける前に最低限チェックしておいたほうが良い項目を挙げてみます。 |
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①歯科医の知識、技術は確かか? | |
これを患者さんが見極めるのが非常に難しいのですが、例えば、年間のインプラント埋入本数(最低でも20本くらいはしているか?)や、臨床経験年数(5年以上は必要だと思います)を聞いてみてください。とにかく歯科医とよく話をして、長所だけでなく、短所、リスクについても十分納得しておく必要があります。 | |
②何種類かのインプラントシステムを扱っているか? | |
現在日本で入手可能なインプラントシステムは、約30種類あります。それぞれのシステムには、特徴があります。症例に応じて使い分けが必要です。最低でも3~5種類のシステムの臨床経験が必要ではないか、と思います。 | |
③インプラント治療に歯科医が固守していないか? | |
歯が欠損した場合、治療法としては、一般にブリッジ、義歯、インプラント、があります。ブリッジや義歯にも、いろんな材料や治療法があり、症例によっては、インプラント治療よりも有利な場合もあります。治療費については高額になりますので、治療前の見積書、契約書等を確認して、十分納得しておく必要があります。また、セカンド・オピニオン(別の歯科医の意見を聞いてみること)も一考かと思います。 |
今回は、インプラント治療の是非について、私見を述べさせて頂きましたが、文章ばかりだらだらと長く、 内容が全く無い、とお叱りをうけそうです。すいません。
近いうちに、インプラント治療成功の各論について、私なりの見解を述べてみたいと思いますが、各論について触れ始めると、 専門的になりすぎて、また、お叱りをうけるような気がします・・・。