第29回 最近当医院で行われた治療・・・②(顎補綴)
今回は、顎補綴(顎骨の欠損の一部分または、全部を補う装置または入れ歯)の話をしてみたいと思います。私は、大学での医局時代に顎補綴の患者さんの治療を多数おこなってきました。
そこで、顎の欠損部を含めた入れ歯を作ることになるのですが、作製にあたっての、一番の障害は、落ちてこない入れ歯を作ることが難しいという点です。
A
B
C
D
E
F
ただ、この入れ歯には、問題点がいくつかありました。
顎欠損部を義歯と同じ硬い材料で作製したため、着脱時に粘膜と擦れて痛いのです。
鼻の粘膜は歯ぐきに比べると弱いため、傷ができてしまいました。普通の義歯の場合、吸盤が壁にくっつくのと同じ原理で落ちてきません。義歯の内面に空気が入り込むと落ちやすくなります。図Eの黄丸のあたって痛い部分を削ると、義歯の内側の陰圧が保たれないために落ちやすくなってしまいました。
そこで、下記図Gのような義歯を再製しました。
G
この義歯の特徴は、顎欠損部の白い部分にあります。この白い部分は、義歯と同じ成分のアクリル系の軟性レジンでできています。義歯の床部分との接着力も良好です。軟らかい材料ですので、鼻腔内のアンダーカットを利用できるため、義歯の脱落防止に利用できます。
また、中空にすることにより、軟性レジンの厚みを薄くできるため、より柔らかい感触で仕上げれます。図Eの義歯に比べると格段に装着感、使いごごちも良好になりました。G
当時の軟性レジンは、汚れがつきやすく表面が劣化して、ぼそぼそになり、徐々に硬くなっていきます。
1、2年もすると、変形、変色等により義歯が不適合になり、使用しづらくなる可能性が高いです。症例1は、約10年前のものですが、最近になって、材料、術式等の進歩により、より快適な義歯が作製できるようになりましたので、ご紹介したいと思います。■症例2■ 弾性の調整が可能なアクリル系軟性レジンを利用した顎補綴
図H、Iが治療前、図J,Kが今回作製した義歯です。 図Hは、上顎ですが、前方部分に欠損 があり、鼻腔と交通しているため、発音障害だけでなく、食事も義歯なしでは鼻腔に食物が入り込むため、全くできません。 旧義歯は、口を開けるだけで落ちてくる状態でした。図Iは、下顎で、3本の残存歯があり 、顎骨の欠損はないため、通法にて図Kのような義歯を作製しました。 図Jの上の部分についた突起物(オブチュレーターという) は全体が柔らかい材料(軟性レジン)でできています。
H
I
J
K
では、もう少し詳しく治療経過をお話してみたいと思います。
上顎の総義歯は、通常吸盤が壁にくっつくのと同じ原理で落ちてきません。義歯の内面に空気が入り込むと落ちます。義歯の周囲が歯ぐきにしっかり密着していること(辺縁封鎖が良好であるという)が重要です。
今回(症例2)の患者さんは、上顎の前方部分に顎骨の欠損があるため辺縁封鎖が非常に難しい状況でした。鼻腔粘膜の入り口を義歯で密着させすぎますと、着脱時に引っかかる部分(アンダーカットという)が接触して痛いのです。旧義歯は、前方部分の歯ぐきや鼻腔粘膜への入り口との密着が不十分なため口を開けただけで、落ちてくる状態でした。
図Oは拡大図ですが、義歯床との移行部分の境界も、アクリル系のレジン同士ですので 、全く自然に仕上がりますし、剥離の心配もありません。専用の義歯洗浄剤を使用することにより、長期的にも、劣化、変色、変形の心配もありません。
L
M
N
O
図Pが口腔内に上下顎義歯を装着したところです。
図Qが口元ですが、上唇上部のボリューム感も、義歯脱落の原因にならないので、 義歯床の厚みを十分とることにより自然に仕上がりました。義歯を装着していれば、上顎前方部の 顎欠損は全く他人に気づかれることはありません。患者さんの満足度は、審美的にも予想以上のものでした。
軟性レジンを二層構造で利用することにより、粘膜の薄い部分に、強度を持たせつつ、弾性を確保することができたと考えられます。
P
Q
顎補綴を行う場合、通常の義歯の患者さん以上に口腔内の条件が厳しく、 予後が良好な義歯を作製するためには、いろんなテクニック、材料を必要とします。また、顔貌の不調和の回復も、治療する上では、大切な要素になります。
最近では、インプラントや、各種アタッチメントを利用して義歯の維持安定を求める場合が多いです。
今回は、ちょっと専門的であまり一般の方には関心のない話になってしまったかもしれません。すいません。
最近では、医療関係者、同業者からの感想や問い合わせが増えています。「内容がわかりやすく充実している、日々の診療の参考になる、説明文が詳細でよく ある歯科のサイトとは一線を画している」などの意見から、治療する上での技術的な質問も多々あります。
微力ながら、今後も一般の方へのメッセージだけでなく、日々の診療の一助になるよう歯科従事者の方へのメッセージも意識した内容に努めていきたいと 思っています。