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第99回 インプラント治療への警告!

上の4枚の口腔内写真と1枚のパノラマレントゲン写真の方が先日来院された。2年前に他医院にて上下全顎的な治療を行ったとのことである。歯が全体にぐらぐらして全く咬めないことを主訴に来院された。一見して目を覆いたくなるような治療がされていることは、心ある歯科医なら想像がつくであろう。

最近の一部の歯科医院のHPやマスコミを利用しての宣伝では、インプラントを歯科界の救世主のような扱いで報道している。そして自医院のPRのために年間何本埋入だとか成功率90何%、何の客観的根拠もないのに患者が選ぶインプラント医日本第何位だとか謳っている。本当にうんざりである。私のクリニックの診療圏内も例外でない。月に2~3件の他医院からのインプラント関連のトラブルケースが舞い込んでくる。手広くインプラントを行っている県内の歯科医院からが多い。時間と費用をかけているだけに、大半の患者さんは心労を抱えている。本当に頭が痛い。

歯科業界の一部の歯科医の間で、インプラントが自費患者獲得や増収のためのツールのような扱いがされている現状は、由々しき問題である。天然歯保存への努力をどこまで行っているのか、声を大にして言いたい。本当に嘆かわしい実態がある。

歯科専門誌に掲載されているセミナー案内の90%以上がインプラント関連である。ダイレクトメールやFAXでは、毎日のように「勝ち組になるためのインプラント患者獲得法」、「インプラント契約率を上げる必勝法」、「インプラントで自費率50%達成のマル秘戦略」といったタイトルのセミナー開催の案内が送信されてくる。こんなセミナーに歯科医が集まるのでは、歯科界に将来はないと心底思うのは、私だけではないはずだ。

欠損=インプラント治療ではない。既存骨保存のために戦略的抜歯という名の下、天然歯保存の努力をせず抜歯してインプラントという図式が出来上がっている。再度声を大にして言いたいのは、経営的側面のためのツールとしてインプラントを利用しては絶対にいけない。私たちは医療を行っているということを忘れてはいけない。利益を求めることを第一義にしては、歪曲した治療行為になってしまう。

インプラントを否定しているのではない。インプラントは、欠損補綴の一手法ではあるが、絶対的なものではない。インプラント治療は、歯科医にとってもとてもリスクの高い治療法である。骨とインプラントがくっつけば成功という次元の話をしても全く意味がない。

インプラント治療をどんどん行う歯科医に、同業の歯科医が見ても自身の10年以上の全く問題の起きていない経過良好症例をいくつ持っていますか?と聞きたい。
自身が骨造成した骨は10年後どの程度残っていますか?、と聞きたい。
自身のケースを長期的に検証していますか?と聞きたい。
リカバリーの方法を十二分に習得していますか?と聞きたい。


ラーニングステージという言葉がある。30代は歯科のあらゆる分野のベーシックスキルの習得に精魂費やす時と言われている。40代は自身の臨床経験からのエビデンスが少しずつ加わり、各ケースにおける臨床術式の選択基準、適応症がおぼろげながらに見えてくる。やっていいこととやってはいけないこと、やって意味のあることとやっても意味のないことが見えてくる。

私は40代である。自身の経験則から歯科医が如何に治療介入せずに生体の潜在能力、自己修復能力を引き出してやるか?を念頭に置いて臨床を行っている。歯科医による不適切な介入による弊害を毎日見ているからである。

エンドやぺリオ、咬合に代表される補綴の基本的知識、技術に習熟した歯科医にのみインプラント治療を行ってほしい。義歯の勉強をろくにくしていない歯科医、半調節性咬合器をルーティーンで使用していないし使いこなせない歯科医が多すぎると感じる。

愚痴のような文面になってしまったが、最近、多くの若い歯科医と歯科医たる者の将来像について話をする機会が増えた。王道を突き進んでほしいとアドバイスする。胸を張って本業に打ち込むべきと話をする。言い換えれば、歯科医たるもの”総合的な臨床力で勝負しようじゃないか!”ということである。

何の節操もない手技・術式でインプラント治療を行い、上部構造が装着されれば終了という発想では、短期間で必ずトラブルに見舞われる。
上図(5枚)のケースは、他医院でインプラント治療を受け上部構造を装着したが、2年絶たずして問題山積で当クリニックへ来院された方である。


図Aのレントゲンは右下臼歯部(奥歯)である。2本のインプラントが埋入されているが、周囲に透過像が認められ骨との結合は完全に失われている。天然歯と連結されているが、歯頸部が不適合な補綴物(被せ)が装着されている。

図Bは左下臼歯部(奥歯)である。2本のインプラントが埋入されているが、右側と同様に既にロスト(骨との結合が失われている)している。天然歯と連結されていて、いびつな補綴がされている。

図Cがパノラマレントゲンで、上下の顎骨、各歯牙、顎関節の状態のスクリーニングに使用します。

一見して、咬合平面(上下の咬み合わせで作られる平面)が波打って湾曲しているのが観察される。治療を行った担当医は理想と言われているいくつかの咬合様式を無視しており、咬合理論に関して全く理解していないことは明白である。

咀嚼できるわけがないし、治療後の予知性を左右する”力のコントロール”の概念を全く持たない歯科医の仕事である。

図Dが初診時の正面観であるが習慣性咬合位で右側の前方の歯牙2本しか咬合していない。図Eの横からの口元のアップでは、上下顎前突のいわゆる猿様顔貌であり審美面の問題も抱えていた。

図F(上顎咬合面観)においては咬合面形態が全くフラットで、、図G(下顎咬合面観)では、左側が9本も補綴されており、コンセンサスの全く得られない修復処置であった。

図H(右側側方面観)、図I(左側側方面観)では咬合平面の意味不明な湾曲化が見られた。インプラント外科だけでなく補綴治療にも大きな問題を抱えた様相を呈していた。

一つだけはっきり言えることは、インプラント治療以前に歯周治療や補綴治療の基本的知識・技術を全く持たない歯科医による低品質の治療であるということ、そして患者さんに多大の迷惑をかけているという点である。

図Jは、右側方運動時にガイドしている歯牙が赤丸と青丸の個所なのだが、理想的な咬合様式である犬歯ガイドやグループファンクションでない。図Kの左側方運動時でも1、2番がガイドしており上顎左側2番は負担荷重のためと思われる歯根破折を起こしていた。全顎的に咬合が崩壊している状態を呈していた。

上記のケースは1例にすぎない。似たような治療をされた患者さんが一定の頻度で来院される。いったい日本の歯科医療レベルのアベレージはどうなっているのか?と思ってしまう。

骨結合が失われた4本のインプラントは後日除去させて頂き、全顎的な咬合再構成(フルマウス・リコンストラクション)を行った。その経緯については、次回お話させて頂く。

インプラント治療は、適応症を見極め適切なガイドラインに沿って利用しなければ、成功はあり得ない。そのために最も必要な事は、基本スキル(保存・補綴・外科・矯正)の積み上げである。
基本スキルのない歯科医が、ハードティッシュ、ソフトティッシュのマネージメントを習得することはできない。

このページの冒頭でお話したように、インプラント治療の良い面だけのアナウンスに終始することは非常に危険である。怖さ、不確実性についても患者さんに十分認識して頂き、トラブルにならないようにしなければならない、と最近頓に思う。

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