第93回 マイクロスコープを駆使して・・(歯牙保存のために)
私たち歯科医は、毎日の診療の中で、虫歯や歯周病に罹患した歯牙に対し、”保存か?抜歯か?”という究極とも言える選択を日々行っている。
できるだけ抜歯は避けたい!という思いは、患者さんはもちろんのこと歯科医側も念頭に置いて治療しているのだが、”確固たる抜歯基準がない”のが現実で、各歯科医の裁量に委ねられている、という現状がある。
現実には多くの歯牙が、全国の歯科医院で毎日抜歯されている。欠損部へのインプラントによる修復が台頭してきた昨今、既存の骨を温存するためというお題目の下、安易な”戦略的抜歯(Strategic extraction)”が行われている現場を目の当たりにすることが多々ある。
”天然歯を保存し、長期的に機能する状態にすることがどこまでできるのか!”が私たち歯科医の大きな使命であることに異論はないはずである。そのための知識・技術を磨き、経験を積むことはもちろんであるが、ME機器の手助けが必要である場面にも遭遇する。
天然歯を残すために何ができるのか?、抜歯基準をどこに置けばいいのか?などについて当クリニックの事例をまじえて、私見を述べてみたいと思う。
歯科医が天然歯を”抜歯するしかない”と判断する2大原因は、歯肉の奥深いところまで虫歯になっているか、重度の歯周病に罹患している場合である。
特徴的な3ケースについて紹介してみたい。最初のケースは、前医院で”抜歯するしかない!”と言われて、セカンドオピニオン(別の歯科医の意見を聞く)を求めて当クリニックへ来院された方である。
真ん中の歯牙は、根の先(根尖)近くまで歯槽骨(歯根周囲の歯牙を支えている骨)が吸収していて、手前の歯牙との間も全く支持する骨がない状態でした。
図Bが術前のレントゲン像です。図Cの赤丸の歯牙は、動揺が著しく、一見すると、保存は難しいと診断されてもいたしかたない初診時の状態でした。
図Cの赤丸の歯牙を支えている歯槽骨のラインが黄色のラインです。歯根の2/3近くまで骨の吸収が進行していました。
本来は、青のラインまであってほしいのですが、特に垂直的に前方の歯牙との間が高度に吸収している像が観察されました。
図Dの中央の歯牙が、初診時の状態です。歯周ポケットが近心(前方部)では、9㎜(正常は2~3㎜)もあり根尖付近まで骨支持が失われていることは明白でした。
歯周炎の初期段階での治療の鉄則として、”力と炎症のコントロール”が挙げられます。そこで、徹底的なデブライドメント(廓清)と同時に、図Eのように一次性の”咬合性外傷”の軽減のため、隣在歯との固定(スプリント)を行いました。
A
B
C
D
E
上の図Aは、該当歯牙を温存する(保存する)ための歯周外科処置中の口腔内である。
真ん中の歯牙は、根の先(根尖)近くまで歯槽骨(歯根周囲の歯牙を支えている骨)が吸収していて、手前の歯牙との間も全く支持する骨がない状態でした。
図Bが術前のレントゲン像です。図Cの赤丸の歯牙は、動揺が著しく、一見すると、保存は難しいと診断されてもいたしかたない初診時の状態でした。
図Cの赤丸の歯牙を支えている歯槽骨のラインが黄色のラインです。歯根の2/3近くまで骨の吸収が進行していました。
本来は、青のラインまであってほしいのですが、特に垂直的に前方の歯牙との間が高度に吸収している像が観察されました。
図Dの中央の歯牙が、初診時の状態です。歯周ポケットが近心(前方部)では、9㎜(正常は2~3㎜)もあり根尖付近まで骨支持が失われていることは明白でした。
歯周炎の初期段階での治療の鉄則として、”力と炎症のコントロール”が挙げられます。そこで、徹底的なデブライドメント(廓清)と同時に、図Eのように一次性の”咬合性外傷”の軽減のため、隣在歯との固定(スプリント)を行いました。
F
G
H
I
J
K
L
M
図Nが3年後のレントゲン像です。明らかに新生骨の造成が行われています。
歯周病治療には、まずは炎症の除去と同時に外傷性因子の除去が必要です。基本治療と平行して咬合時の過重負担の軽減・分散を一口腔単位で行うことを最初に行います。
ブラキサーには、夜間のマウスピース(ナイトガード)の装着は必須となります。図Oの黄色ラインが各歯牙の支持骨の高さです。図Cと比較し、赤丸の歯牙の骨レベルが顕著に改善されています。
歯周ポケットも全周3㎜以下で安定しており、新たな付着が獲得されている証拠です。動揺についても生理的な範囲で安定しています。
天然歯への適切な治療介入は、生体の自然治癒力の助けも借りることにより、長期的にも安定した結果を残せる一例と感じています。尚、2歯後方の歯牙の垂直的吸収部分については、後日同様の再生療法を行う予定にしています。
また、前方及び側方時の適切なガイドティースの付与や臼歯部の前方運動、平衡側でのディスクルージョンも力のコントロールという意味では非常に重要ですので、咬合調整は繰り返し行います。。
このケースの場合、遠心側(後ろの歯牙との間)の骨吸収が進行していなかったのが幸いでした。1~2壁の垂直性の骨欠損に対しては、再生療法は比較的良好な結果を残せるような時代になりました。
>N
O
次のケースは、前医にて根管治療後、被せを装着したが、打診痛(咬んだら痛い)が消失しないことを主訴に来院されました。何度か咬合(咬み合わせ)調整を繰り返したが症状の軽減が得られないため、”抜歯しましょう”という提示を担当医からされたとのことでした。原因及び他の治療法はないのか?、セカンドオピニオンを求めて当クリニックに来院されました。
そのエリアから感染を起こし、根尖及びその周囲が黒い透過像(炎症像)となっていて、病巣が存在していると推察できました。
不完全な根管治療もしくは歯根破折も疑われる所見で、該当歯牙の保存については?(クエスチョン)で最悪抜歯になることもあり得ることを了承して頂いた上で、治療を開始しました。。
このようなケースの場合、マイクロスコープによる拡大視野(16倍~24倍)での治療は必須となります。図R,Sのようにアシスタントとの連携の下、レンズ越しに細部への細心の注意を払いつつ治療を進めていきました。
図Tが、問題となっている根管内の人工物を慎重に除去したところです。除去している最中に、髄床底(一番底の個所)及び側壁から排膿(膿みが出ること)してきました。根管口アクセス用Kバー、マイクロオープナー、カットファイルなどを駆使して慎重に治療を進めていきます。
幸いなことに破折が疑われるマイクロクラックは見当たらず、保存できる可能性が高い感触を持ちつつ深部へと進入していきました。
ところが、図Uの赤丸の箇所から、膿みと血液の混在した炎症性物質がどんどん排出されてきました。この穿孔(パーフォレーション部)が術前のレントゲンでのリージョン(透過像)の原因であることは明白でした。
粗悪なインストュルメント操作による医原性の病巣であることが判明しました。
ただ、マクロ(裸眼)での操作には限界があります。根管という暗く狭いエリアへの処置をどんなに熟練した歯科医が行っても、盲目的な操作を行うことに変わりはなく、確実性は低いと言わざるを得ません。
薬液での洗浄を繰り返しても、図Vのように赤丸のエリアからの血液の流入はなかなか止まりませんでした。その後数回に渡って来院のたびに徹底した洗浄と各種薬剤の貼薬を繰り返し、徐々に滲出液の流入が減少していきました。マイクロスコープ下での繊細な手技が要求されます。
また、図Wのように、感染部位・感染源周囲への炭酸ガスレーザーの照射は有効であると言われています。図Wの右下に少しぼやけて写っているのがレーザーのチップの先です。マイクロスコープ下で、ピンスポットで必要な場所にのみ照射しました。
P
Q
R
S
T
U
V
W
4度目の来院時には滲出液の流入は止まりました。完全にドライの状態になっていることをマイクロスコープ下では確認することができます。この点が次のステップへ移行するための必要要件です。
私見ですが、穿孔部の封鎖剤として現時点で最も有効と考えられているのは、図Xの”ProRoot MTA”です。封鎖性はもちろんのこと接着性、機械的強度など物性的に文献でも有意性が高いマテリアルです。図Yがパーフォレーション部へ同マテリアルを敷き詰めた直後のレントゲン像です。その後頬側よりにの正規根管への根幹処置、充填を行いました。
図Zは、マイクロスコープ(24倍)下で、慎重にProRoot MTAを填塞しているところです。何度も言いますが、マイクロスコープ下でないと行えない処置であることは言うに及びません。その後3か月以上の経過観察を行います。
根管内の処置から4か月が経過したところで、当該歯に「プロビジョナルレストレーション」による仮歯を仮着して咬合を回復して観察中ですが、咬合時の痛みは消失しました。近々に最終補綴へ移行する予定です。
歯牙を保存するために”自クリニックで何ができるのか?”診査・診断のためのCT、精度の高い精密治療を行うためのマイクロスコープは、歯科医の良心として必需品の医療機器といえるのではないでしょうか?
X
Y
Z
”抜歯”という選択は、ある意味歯科医の敗北を意味します。
天然歯を残し、長持ちする環境作りをするためにあらゆる努力をすることは、歯科医の使命ともいうべき根源的意味をなす部分である。
次のケース(下記の12枚の図)は、上下顎全体に不適合補綴物(被せ)が装着されていて、全て撤去することになるのだが、前医が上の歯牙全体のレントゲンを見て、”左上の3本は抜歯と診断、入れ歯かインプラントになる”と言われ、他に治療法はないのか?セコンドオピニオンで来院された方です。
歯肉縁下カリエス(歯肉の奥深い所までの虫歯)が存在していても、歯周病的な問題がなく歯根長が歯冠補綴に足りうる長さが存在する場合、該当歯を抜歯するのではなく、”臨床的歯冠長延長術(クラウン・レングスニング・プロシージャ)”という術式で歯槽骨整形(Bone plasty)を行うのが、ゴールド・スタンダードで非常に有効です。細部に渡る診査・診断を経て治療計画を立案し、治療介入の初期段階である補綴前処置として頻用されます。詳細については次回お話しますが、1本も抜歯することなく治療を完了しました。
”残根状態=抜歯”という治療計画とは限りません。多角的視野で診断を下し、さまざまな術式を必要に応じて使い分けることが求められる時代です。
そして、インプラント治療がどんなに台頭してきても、”天然歯に勝る人工物はない!”、という原点の発想は絶対に忘れてはいけない!と考えます。