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第55回 ”透明トレー”による審美的矯正法

”矯正装置”と一言にいっても、実にさまざまなものが存在します。

今回は、最近急速に普及してきた、取り外しのできる透明な装置を取り上げて、日々の診療でどのように私が使用しているのか?についてお話してみたいと思います。

数年前、アメリカから何者入りで”Invisaline(インビサライン)”という矯正装置が日本に入ってきました。その後、同様のコンセプト、用途で使用できる透明な可撤式装置が今ではクリアアライナー、アクアシステム、ストレートライン、セレラインなどがあります。

どの装置も形状には大差ないのですが、若干材質や作製法が異なり、適応症が違う側面があります。治療手順がシステマチックに行えるものから、アナログ的で術者の調整、テクニックが必要なものもあります。いずれにしても、万能な装置ではないので、適応症かどうかの診断が重要となってきます。

症例を通して、装置の特徴に触れ、適応症、非適応症についても、解説してみたいと思います。


まず、”表側からの装置についての最新事情”を少しお話します。
図Aのように、白いワイヤーに白いブラケット(歯のつけるポッチ)を使用すれば、ほとんど目立たなく治療することが可能です。

また図Bのように、ワイヤーとブラケット結びつける結紮線も白くコーティングされたものを使用することにより、審美的でかつしっかりと結ぶことができます。

そして、治療上のことで言えば、白いワイヤーは、銀色のステンレスやニッケルチタンにコーティング剤を貼り付けているため、微妙な凹凸があり、フリクション(摩擦抵抗)が強く、すべりが悪いため、歯牙が移動しにくい、という大きな欠点がありました。

ところが、最近は、図Cのようにワイヤーの前面のみコーティングされていて、図Dのように上下面はコーティングされていない製品が手に入るようになりました。図C図Dは同じワイヤーです。そのため、フリクションが格段に低減され、治療効率を損なうことがほとんどなくなりました。日本では入手しにくい製品ですが、非常に有用だと感じています。

では、当医院での透明なトレーによる治療ケースをご紹介します。
図E~Pは同一の患者さんです。

図Eが初診時の正面観です。図F青丸の歯(右上側切歯)が内側に入っていることを主訴に来院されました。図Gが上顎咬合面観です。図Hの青丸の歯牙が、内側(口蓋)へ約3㎜の位置に歯列からはずれています。

図IJがトレーを装着している状態です。今回は、アクアシステムという矯正装置を使用しました。
透明な装置ですので、周りの方に矯正をしていることを気づかれることは、まずありません。

図Kが、治療後です。トレー型の装置の利点の一つに、ホワイトニングも同時に行えるところがあります。トレー内面に漂白用のジェルを入れておけば、ホーム・ホワイトニングが自然と行われます。図E(治療前)に比べると、図K(治療後)では、かなり白くなっているのがおわかり頂けると思います。

図Lの青丸の歯が内側に入っていましたが、前方に出て周囲の歯と調和がとれた歯列上に並びました。

図Mが咬合面観です。図Nの青丸の歯が、図Hに比べると前方へ出て、歯列弓内にきれいに配置されました。

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図Oは、QCMリテーナーという後戻り防止の保定装置を装着しているところです。1本だけの歯列不正の場合、取り外しの透明な装置でも、十分治療可能です。

上記のケースを、少し、考察してみたいと思います。
治療期間は、3ヶ月でした。患者さんの満足度は非常に高かったです。歯にポッチ(ブラケット)をつけることなく治療ができ、治療結果にも十二分納得されました。

では、歯科医の立場から考えてみます。本当に100%理想的な治療結果だったでしょうか?
実は、取り外しの装置のメカニクス的な問題点が垣間見れます。

図Eが治療前です。図Pが治療後の状態を拡大した正面観です。
確かに主訴は改善されています。

図Pの青ラインと赤ラインの違いが気になります。左右の同名歯(側切歯)の歯肉ラインが左右で明らかに異なっています。

どうしてこのような仕上がりになるのかと言いますと、トレー型装置の限界なのです。3次元的に大きく移動させるのは非常に無理がある装置です。歯肉より上の部分(歯冠部)は前方へ出せたのですが、歯根が前方へ出ていない(トルクコントロールができないという)ために、歯肉が下がったままです。
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私たち専門家は、使用する装置でできること、できないこと、そして限界や起こりうる結果について正確な情報を持ち、当然患者さんに事前に伝えてから治療を開始しなくてななりません。
”可綴式装置で何でもできる”といった偏ったコンサルは禁物です。上記の方には、治療前に、トレー型装置だけでは歯肉ラインが左右では揃わないことを十分伝えています。本人の了承の下、治療を進めています。

装置の特徴を十分に知って使用する必要があります。

次の症例を見てみましょう。

図Qが初診時の正面観です。”上顎の左右の側切歯(図Rの青丸)が内側に入っている”ことを主訴に来院されました。

図Sが上顎咬合面観です。図Tの青丸の歯が内側(口蓋)へ入っているのがおわかり頂けると思います。
固定式の装置は、絶対イヤ!とのことでした。図Qの方の場合、前述の図Eのケースの方より叢生量(スペース不足量)が大きいです。スペースが足りないから重なっているわけです。

そこで、了解を得た上で、”ディスキング”といって、6前歯の歯と歯の間をわずかに切削させて頂きました。

図Uが透明トレー1個目が終了したところです。図Vが咬合面観ですが、左右側切歯が唇側(前方)へ移動しているのがおわかり頂けると思います。

そして、図W、Xが2個目の装置でさらに唇側へ移動させたところです。この状態で患者さんは十分満足されましたので、治療終了としました。

叢生の場合、”ディスキング”か前方、又は側方拡大にてスペースを確保しなければなりません。
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しかし、通常前方、側方への拡大は上下の咬合関係を変えることになりますし、顔貌の大きな変化もつきまといますので、今回のような1、2歯の移動の場合は、ディスキングが得策ではないかと感じています。

ディスキングを行うのであれば、透明トレーの適応症と言えます。

では、次の症例は如何でしょう?透明トレーによる矯正治療が可能なケースでしょうか?
一見すると上記の2例とかわりないように思えるかもしれませんが・・・・。

図Ⅰ~Ⅳが治療前です。図Ⅱ”青丸の左上側切歯が内側に生えているのを前方へ出してほしい”ことを主訴に来院されました。

上記の2つの症例と同じように思われるかもしれませんが、青丸の歯が、重度に内側(口蓋側)にあります。透明トレーだけを使用して、大きな歯牙の移動を行うのは、私の臨床経験からは難しいと思います。

図Ⅴ、Ⅵが治療後になります。実は、この症例は透明トレーを使用していません。ワイヤー矯正を行えば、歯根の移動(トルクをかける)をしっかりと行えますので、歯肉ラインが揃い、誰の目からも良い仕上がりにできます。治療前に、選択する装置によって仕上がりが異なることを十分説明しておかなければなりません。
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歯牙の位置異常の程度が大きい場合は、透明トレーだけで行おうとせず、ワイヤー矯正とのコンビネーションでの治療が最も有効ではないか、と考えています。

透明トレーを使用した矯正は、症例の選択さえ誤らなければ、非常に有効な治療法の一つと思っています。
適応症か否か?の見極めは当然として、他の装置、矯正治療法と組み合わせることにより、よりバリエーションにとんだ治療提案が可能となります。

「患者本位」、「患者主導」の歯科医療を行うことが、全ての分野で叫ばれています。
患者さんのニーズは多様です。治療の質を落とさず、要望にできるだけ沿った治療プランを提案できることが求められる時代です。

取り外しの透明トレーを使用した矯正治療を望む方は、今後確実に増加します。その要望に答えるべく、当医院では適応症を拡大するための試みを積極的に行っています。
抜歯矯正にも矯正用インプラントを利用すれば、透明トレーを工夫することにより最終仕上げ直前までワイヤーを装着せずに治療できる実感を持っています。またの機会に症例を挙げてお話したいと思います。

私が考えている矯正治療の基本理念は、”患者さんの要望、ゴールにどれだけ沿った治療プランが提案できるか?”という点につきます。あまりにも多くのテクニック、材料が氾濫しています。何が是か非かがわかりにくい状況になっています。

最近、自分が行わない治療法や考え方への誹謗中傷の記事にいろいろな場面で遭遇します。問い合わせも多いです。とても残念なことです。

本来、治療の主役は患者さんです。万能な治療法がないからこそ、これだけいろいろなテクニック、材料がが存在します。一つのテクニックや考え方に固守しないこと、良いとこ取りで、ケースバイケースで使い分けることにより、歯科医、患者さん双方にとって最も良い結果、満足度が得られるのではないでしょうか。