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第49回 矯正治療を始める前に知っておいてほしいこと・・①

今回は、一般の方を対象にした内容にしました。歯科関係者の方には物足りないと思いますがお許し下さい。ただ、矯正治療をされない医院においても、歯並びに関する相談は日々の臨床においてあると思います。一般GPとして最低限知っておいてほしい知識についても少し触れてみたいと思います。

前置きを少しだけします。
知識ある歯科医が診れば、就学直前(5~6才)の時期には、確実に歯並びの異常に気づきます。顎の骨の大きさ、形などに問題がある場合は、乳歯列が完成した頃(2,5才前後)に指摘できます。

次の事項は、是非知っておいてほしいことです。
1)親御さんなど周囲の方が異常を感じた時は、既に歯並びの異常が確実に存在しています。
2)放置していてよくなることはまずないです。一般的には悪化していきます。
3)早期ほど治療法のバリエーションが豊富です。(非抜歯での治療が可能になります。)

もし、身近な方に、歯並びがおかしいな?と思われる方がいましたら、とりあえず、矯正の相談をしてみてください。できれば、何箇所かの歯医者さんで相談してみるのが良いと思います。
まずは、たくさんの情報を得ることが出発点です。

一番わかりやすい事例である”上顎前突(出っ歯)”を例にして話して見たいと思います。


左側縦欄(図A、C、F、H)は同じ方の写真です。また、右側縦欄(図B、D、G、I)は、別の同じ方です。左右を比較しながらご覧下さい。
診断は矯正治療で最も重要です。診断が適切であれば、どんな装置が適しているかおのずとわかります。

どちらの方も主訴は”出っ歯”でした。図A、Bのように確かにどちらも上の前歯が出た感じです。図C、Dは口元の横からのアップです。上下の前歯の前後的なずれは2~3㎜が正常です。ずれが5㎜以上あれば、だれが見ても出っ歯に見えます。程度の差はあるものの、どちらも出っ歯であることは間違いありません。

ところが、実はこの両者の出っ歯のタイプにはかなり違いがあります。診断名を一言でいえば”上顎前突(出っ歯)”ですが、現症が異なるため、治療方針は全く異なります。

図Eは、矯正学の教科書の最初の方によく出てくる模式図です。A(上顎骨)、A´(上顎歯列)、B(下顎骨)、B´(下顎歯列)を表しています。
 上顎前突(出っ歯)の原因としては、上顎骨(A)が前方にある場合、上顎歯列(A´)が前方にある場合、下顎骨(B)が後方にある場合、下顎歯列(B´)が後方にある場合の4種類が考えられます。A、A´、B、B´のいずれかが単独で原因となっているとは限りません。

では2つの症例を比較しながら考えてみましょう。口腔内写真からだけでは判断できません。図F、Gが側貌の口元のアップです。かなり様相が違うのがわかりますね。

側貌の評価というのは、診断上とても重要な要素を占めます。治療のゴールを設定する上でも大きな指針になります。

図Fの場合、上唇が出ているように見えます。しかし、見ようによっては、下唇が引っ込んでいるようにも見えます。上唇が出ているといっても、上の前歯(図EのA´)が出ている場合と上顎骨(図EのA)自体が前方に位置している場合があります。また、下唇が引っ込んでいる(後方に位置している)といっても、下の前歯(図EのB´)が後方あるいは舌側傾斜している場合と、下顎骨(図EのB´)が後方に位置している場合があります。実際には、上記の4つのパターンが混在している場合が多いです。

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顔貌(軟組織)の評価法にもいくつかあるのですが、例を挙げると、図Hの緑線の角度(ピンク)を鼻唇角(Naso-labial angle)といいます。90°~110°が標準で日本人は92±9°が理想と言われています。日本人は鋭角、欧米人の方が鈍角です。年齢も考慮しなければいけません。鼻は年齢とともに前方向へそして下方へ成長します。低年齢児ほど団子鼻で鼻の穴が前方向から見えるのはそのためです。

上顎骨体の前方向への成長は10~12才で90%が完成します。
図Hのお子さんは5才です。鼻唇角は現在115°です。もし上唇が前方向へ出ているのなら鼻唇角がもっと小さい数値のはずです。つまり図Hの黄色四角枠の上顎部分には問題はなく、図Hの赤矢印のように下顎骨の後退が出っ歯の原因と考えられます。

一方、図Iは9才のお子さんです。鼻唇角(図Iのピンクの角度)は86°と小さめです。上顎骨の前方向への成長は終わりに近づいています。鼻が前下方へ成長すれば、さらに鼻唇角は小さくなります。ですから、図Iの黄色四角枠の上顎部分(A又はA´)に問題があると言えます。

まとめますと、図A、C、Fのお子さんは、下顎が後退しているのが原因ですので、下顎を前方向へ誘導することが治療の主眼になりますし、図B、D、Gのお子さんは上顎歯牙を後方へ移動する治療が必要ということです。図B,D,Gのお子さんにもし下顎を前方へ誘導するような処置を行うと、人為的に”上下顎前突の顔貌”を作ってしまうことになります。

上下の顎の位置、上下の前歯の位置が前後的、上下的にどうなのか?を術前に評価することによって、出っ歯のタイプ分けを行います。

骨と歯牙のどちらに問題があるかは、歯列や歯牙については口腔内や模型から問題点が浮かび上がりますし、顎骨の問題については、軟組織や側貌X線写真から評価できます。

図J,Kの側貌レントゲン(セファロ)の黄色線をマクナマルライン(McNaumaru line)といいます。上下顎骨の前後的評価によく利用されます。

図Jは、図A、C、Fの方のセファロです。緑線が大きいことから、下顎骨の最前方位(Po)が後方にあるといえます。つまり現状では、下顎が後方位にあるということです。

一方、図K図B、D、Gのお子さんのセファロですが、上下顎骨の前後的位置(赤線と緑線)は正常です。つまり上顎の歯牙が前方向へ傾斜していることにより上顎前突(出っ歯)に見えていたのです。

再度言いますが、診断をする上では、常に骨と歯牙の両方について評価します。
骨と歯牙の位置、大きさを評価をした上で、抜歯、非抜歯の是非に移っていきます。

最近はやりの”非抜歯ありき”という治療方針は、言い換えれば、”診断をつけずに、治療にとりかかろうとする行為”で、問題だらけといえます。

抜歯、非抜歯の的確な評価法については、かなり複雑な話になりますので、またの機会にします。
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小児期からの治療は、柔軟な治療法の提案ができる反面、成長余力、自然的な成長があることを常に頭においておかなければいけません。成長量の限界、成長方向については、ある程度予測がつきます。その辺りについて、近いうちにお話できれば、と思っています。

別の症例を見てみましょう。
10才の男の子です。主訴は”口元が出ている”でした。

図Lが上顎咬合面、図Mが下顎咬合面です。歯列弓の形態は問題ありませんが、上下顎ともに、永久歯の並ぶスペースが足りない中程度の叢生(乱杭歯)が認められます。

図Nが右側面観、図Oが左側面観です。上下ともに前歯が少し唇側(前方)へ出た感じがおわかり頂けると思います。舌を前歯の裏側に押し付けているのが気になります。

図Pが口元の横からのアップです。上下の前歯がともに若干前方へ出ている感じが窺えます。
この写真を撮る時も、舌で前歯の裏側を押し付けていました。こういった悪習癖は、歯並びに非常に悪影響を及ぼします。

図Qが側貌です。上唇、下唇がともに出ている感じです。鼻唇角も83°と小さく上顎骨の成長がほぼ終わりにさしかかっていることを考えると、前突感が自然になくなるとは、到底思えません。上唇の傾斜度は28°(日本人の平均は17±5°)と大きいことからも上顎骨又は上顎歯牙に問題を抱えている症例といえます。

図Rがセファロ(側貌レントゲン)です。上下の歯牙が唇側へ大きく傾斜しています。上下顎骨には問題は見当たりませんでした。舌の悪習癖により、上下の歯牙が前方へ傾斜して、上下顎前突の様相を呈していると考えられます。

この症例の治療方針ですが、非抜歯での治療は、無謀といえます。非抜歯でも叢生は改善させることが可能ですが、上下顎前突の顔貌(図Q)の改善は不可能です。矯正治療の目的は、歯牙がきれいに並ぶことはもちろんのこと、顔貌の改善(審美)も重要な要素です。
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治療予測をシュミレーションして提示することも簡単にできる時代です。いくつかの治療法の提案をし、治療法によってゴールが異なることを、治療前に十分認識しておいてほしいものです。

歯科医サイドとしては、成長途上のお子さんへの治療をする際は、顎の成長、発育についての十分な知識が必要です。
年齢に応じて治療法が全く異なってきますので・・・。
歯列不正のタイプによって、効果を最大限発揮できる治療の適応時期というのもあります。予想できない不確定な要素も加味した長期経過観察が必要な場合もあることは説明しておかなければいけません。

次回は、反対咬合や開咬のタイプ分け及び治療法の選択基準についてお話できれば、と思っています。