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第48回 MTM(小矯正)は、実は難しい!

MTMは、Minor tooth movement の略称です。つまり、1歯、2歯といった、少数歯の歯の移動のことをいいます。
一般的には、矯正治療というと、上下の歯全体を動かして歯並びをきれいにすることを言いますが、MTMは、矯正初心者でも行える治療だと言われて久しく、実際一般開業医でも行っているのではないでしょうか?

補綴(人工物を貼り付けたり被せたりする)を行う前に少しだけ歯をい動かしておけば、審美的に良い仕上がりになるとか、咬合(主に機能的)に問題がある原因になっているのでMTMするとか、歯周病の予防に不可欠なプラークコントロールに不利な位置にある歯の是正のためにMTMするなど、MTMの活躍する場は実はたくさんあります。

MTMの歴史は古く、講習会や専門書もたくさんあります。ところが、”実際患者さんにやってみたが、うまくいかないとか、治療法で行き詰った”という声をよく耳にします。2,3回失敗すれば、諦めてもう二度としなくなります。

活躍する場はたくさんあるし、該当歯牙を長期に渡って維持安定させるために、患者さんにとって非常に有益なことも多々あるのに、実際には、ほとんどの一般開業医が行っていないのはなぜでしょうか?

私の出した答えは簡単です。”いろんなパターンのMTMを行うには、全顎的な治療を行えるだけの知識とテクニックが必ず必要!”ということです。もっと言えば、”上下全体の歯の移動治療を行うよりMTMの方が難しい場合もよくある”ということです。MTMであるが故の制約というのがつきまといます。簡単そうに見えても実は難しいMTMのケースが臨床の場では頻繁に遭遇します。

そのあたりについて、事例を交えてお話したいと思います。

ちょっと前置きになりますが、横道にそれた話をしたいと思います。
先日下記(図A~D)のような歯列のお子さんが来院されました。昨今歯列不正を抱えている子供さんが多い中で、稀にみる”良い歯列”に遭遇しました。ちょっとした驚きでした。あまりにも、理想的な歯並びだったので、写真を取らせて頂きました。

図Aが正面観です。この写真を歯科医が一見しただけで、”すばらしい”と感じるはずです。なぜかと言えば、”前歯が削れている”歯間にしっかり隙間がある(空隙歯列)”点です。

図Bの黄色枠の部分の上顎の前歯がしっかり咬耗(咀嚼によって削れている)しています。
前歯を普段からしっかり使っている証拠です。

図C(上顎咬合面)、図D(下顎咬合面)の歯間(歯と歯の間)に適度な隙間があります。乳歯より大きい永久歯がきれいに並ぶには、交換期直前のこの時期(6歳前後)の理想的な歯列形態と言えます。

図E(正面観)と図F(下顎咬合面)は、実は別のお子さんです。図A図Dの双子の弟です。兄弟がうりふたつの歯並びです。非常に理想的な歯列です。

お母さんと話をさせて頂きました。どんな食生活をしているのか?特別なしつけや習慣があるのか?など・・・。
お母さん曰く、”外食はほとんどしませんね。やはり和食中心ですし、スナック菓子や炭酸飲料は全く飲まないし、与えません。す昆布や干物などを好んでおやつ代わりに食べますねー。”
なるほど、納得してしまいました。

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B
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図Gは口元の横からのアップです。よく前歯を使う子供は、上下の歯の前後的なずれがほとんどありません。前歯をしっかり使っているため、下顎が前方へ成長します。

一方、図Hは、前歯を全くと言っていほど使っていない別のお子さんです。緑矢印のように下の前歯は後方に引っ込み、上顎の前歯は前方へ出て、いわゆる出っ歯の様相を呈します。上下とも顎の発達が悪いため、叢生(乱杭歯)になっていることが大半です。

乳幼児期に前歯を使う習慣をつけておくことは、非常に重要なのだと、日々感じます。前歯で咬む、前歯を使うことは、上下の顎の健全な発達に必要であると、認識しておいてほしいと思います。

では、本題のタイトルの話をしましょう。
当医院でのMTMの症例から、治療を行う上で必要な知識や、比較的易しい症例と、逆に安易に手をだしてもうまくいかない上級者向けの症例を一般の方にもわかる形でお話できれば、と思っています。

図Iは、11歳の方の上顎咬合面観です。床装置にて矯正治療中です。
図Iの黄色枠を拡大したのが図Jです。図Jに写っている真ん中の歯(第二小臼歯)が回転(捻転)して少し内側に生えてきました。床装置を取った状態が図Kです。歯が生えるスペースはあるのですが、生えてきた位置が不良です。

図L~Rが治療経過です。図Lのように真ん中の歯(第一小臼歯)が時計回りに回転していますので、治療としては、反時計回りに回転させる必要があります。
そこで、図Mのように、床装置と第一大臼歯を固定源(動かない場所)として、図Nの黄色丸の位置にポッチ(リンガルボタン)を装着して、ゴムで第一大臼歯の方向(青矢印)へ引っ張りました。捻転の改善というよりは、頬側へ少し移動しました。

その後、図Oのように頬側にブレースを装着しました。図P黄色丸の2本の歯が固定源です。また、口蓋側は床装置の床をあてておくことにより、固定源の消費を最小限に抑えることができます。

図Qのように捻転改善のための部品(ローテーションスプリング)を第二小臼歯に装着することにより、容易に改善されました(図R)。若干オーバーコレクション気味に仕上げるのがこつです。

MTMに限ったことではないですが、歯はスペースがないところへは動きません。スペースが十分ある場合は、治療のバリエーションが何通りも考えれます。まず、動かしたい方向へスペースをつくるのが鉄則です。この症例の場合は、第一大臼歯の後方移動により第二小臼歯の萌出スペースが確保されていたので、イージーケースだったといえます。

それから、2次元的にしか動かせない装置、部品と、3次元的に動かせる装置、部品をうまく組み合わせることにより、効率よく治療が進行します。
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MTMで難しいのが、固定源です。目的とする歯牙だけ動かして、それ以外の歯は動かさないようにするのは、実は、非常に難しいです。部分的にしか装置をつけないようにすると、何らかの固定源の消費が生じやすくなります。

次の症例は、日常臨床で、非常によく遭遇する第二大臼歯の問題に対して行ったMTMです。

図①~図⑳は、同じ方の治療経過です。図①~図⑧が術前の状態です。MTMの症例としては、難しい部類に入ります。
図①の黄色枠の右側第二大臼歯が交叉咬合(シザース・バイトという)と呼ばれるすれ違ったかみ合わせになっていました。図①の黄色枠を拡大したのが、図②です。下の歯は全く見えないほど舌側に傾斜していました。

図③が模型上での右側側面観です。図③赤丸部分の第二大臼歯の咬合が、上下逆になっています。図④は、後方から見た状態です。下顎第二大臼歯が、大きく舌側へ傾斜しています。”咬む”という機能を全く果たしていない状態でした。

図⑤が上顎咬合面観です。黄色枠内の一番後ろの歯である右上第二大臼歯(画面上では左側)が、図⑥青矢印の方向(頬側)に大きく転位していました。

図⑦が下顎咬合面観です。黄色枠内の一番後ろの歯である右下第二大臼歯が図⑧青矢印の方向(舌側)に大きく傾斜していました。

このようなシザース・バイト(すれ違い咬合)の治療法として、よく教科書に載っているのが、図⑨です。上顎歯牙の頬側と下顎歯牙の舌側に部品をつけてゴムで引っ張り合いをさせます。一見有効な装置に見えますが、非常に問題があります。萌出途上の歯牙の場合であれば改善されるかもしれませんが、今回のケースのように、頬舌的(左右)だけでなく、上下的に大きくすれ違っている場合は、改善されるどころか、悪化してしまいます。
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どういうことかというと、図⑨において、ゴムの作用(ベクトル成分)は、4つの矢印の方向への力がかかります。垂直成分(ピンクと青)により上下の歯牙が挺出(歯茎から出る方向)しようとします。図④のように、もともと上下的に大きくすれ違って咬合しているため、垂直成分が働いてしまうと、水平成分(黄色と赤)をいくら作用させても、左右的な動きができません。完全にブロックされた状態ですから・・・。

図④
のような重度なシザース・バイトの場合、上下の歯牙に常に圧下力(歯茎の中へ押し込む力)を作用させなければいけません。矯正治療において、圧下力をかけるのが一番難しいです。しかも動きにくい大臼歯ならなおさらです。

では、治療経過をご覧頂きます。
図⑩は上顎の術前、図⑪が術後です。6ー6間のLA(リンガル・アーチ)を固定源に、圧下力をかけながら口蓋方向への力をかけました。咬合面は、ゴムを通すと咀嚼によって切れることが多いので、結紮線にしています。

問題は下顎です。大きく舌側に傾斜、しかも挺出していますので、装置の選択を悩むところです。
図⑫が最初の装置を装着したところです。6ー6のLAを固定源にしています。黄色枠の部分を拡大したのが図⑬です。圧下力をかけながら頬側へ力をかけました。上顎と同様に、対合歯が咬みこんでいる咬合面はゴムが切れないように結紮線としました。図⑬の黄色丸部分(頬棚という)が極端に狭い方にはこの装置は使用できません。

図⑭は、図⑬に比べ、圧下しながら頬側へ動いているのがわかると思います。
次に、第二大臼歯(最後臼歯)が少しおきてきた(整直)ので、トルクをしっかり効かせるために、バンドを装着しました。図⑮捻転改善(黄色矢印)とトルクコントロールのため舌側のワイヤーをアクチベートしました。

図⑯は3つ目の装置に換えたところです。歯軸と捻転が多少改善され、頬側へブラケットをつけれる状態になりました。頬側から拡大したのが図⑰です。断面が角のワイヤーを挿入することにより、歯軸の改善を行うことができます。一連の治療で、一番重要なポイントは、上下的にフリー(上下の歯牙が咬合しないようにする)な状態をにしないと、左右的な動きはおこらないという点です。

図⑱は、ほぼ整直しましたので、固定装置を除去して保定装置(後戻り防止の可撤式装置)に交換したところです。右下後方部を拡大したのが、図⑲です。図⑳が治療後です。第二大臼歯が歯列内に収まっているのがおわかり頂けると思います。
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このページの最初で触れましたが、1,2本の歯だけ動かすMTMは、簡単な治療で済むとは限りません。最初の症例は比較的イージーケースですが、2番目のケースはかなり上級者向きです。3次元的な動きを計算して力の方向、強さを決定しなければいけません。何種類かの装置を知っていなければ治療できない症例です。

MTMの難しさは、「咬合を挙上させずに動かしたい歯牙だけを動かす」とか、「装置を全歯牙ではなく部分的にしか装着しないで動かす場合の固定源の確保の問題」などがあります。患者さんは「審美面から見えない装置にしてほしい」と要望される方もいます。難題が待ち構えている場合も多いです。

前歯部のMTMはかなり自由度が大きく、容易なケースが大半ですが、臼歯、特に大臼歯部の機能的改善を目的としたMTMは、難症例に出くわすことが多いです。補綴前提のMTMの場合は、矯正後、歯牙の切削によってある程度微調整できますが、上記の二番目の症例のように、矯正治療のみで咬合を改善させるMTMは、一番難しいケースといえます。

本来、歯列不正というのは、ある日突然生じる病態ではありません。小児期の場合、知識ある歯科医が診れば、どの時期に、どのような処置が必要か的確な診断が可能です。成人の場合の1,2歯の問題は、歯周病の進行や歯牙の欠損の放置が引き金になっている場合が大半です。

日々診療していると、MTMの知識は絶対必要というか、知らない、できないでは済まされない必須のスキルと感じます。

良質な保存的な歯科医療を行うためのオプションとして、”MTMの重要性を、機会あるたびに、患者さんや若き歯科医たちに伝えていければ”と思っています。

アドバンス的なMTMの症例や、シンプルでかつ最大限治療効果を上げれる装置の話を、近いうちにアップする予定です。