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第47回 床矯正を3年・・・悲惨な結末③~治療開始~

自身(歯科医)を患者とし、床装置を使用して3年間治療を行ったが、ゴールが見えてこないどころか、今後の治療をどうしたら良いかわからず相談された症例の続報をしていきたいと、思います。

症例の概略については、第40回 床矯正を3年・・・悲惨な結末①第41回 床矯正を3年・・・悲惨な結末②をご覧ください。

第40回、第41回でお話しましたように、いろんな意味で難症例でした。3年前の歯列の状態であれば、基本に忠実なMBS治療(ワイヤーを使用した治療)を行えば、テクニックの如何に拘らず、全く問題なく治療できたのですが、3年後の当医院来院時には、人為的に手が加えられており、個々の歯牙があまりにいろんな方向に向いていること、そして、咬合が非常に不安定というか、全くどういう咬合様式で、CO、CP、ICOP、MROP等が不明の状態でした。年齢(50才)、咬合性外傷が原因と思われる歯周病が、特に下顎前歯に認められることも、治療を難しくしました。

図A(上顎)、図B(下顎)が、3年前矯正を始める前の状態の咬合面観です。
図C(上顎)、図D(下顎)が、3年経過した当医院初診時の咬合面観です。
咬合面だけから見ると、叢生が改善されて治療が順調のようですが、左右や前後へ歯を傾けただけですので、側面から見ると、全くかみ合っていない状態でした。

当医院来院時、自作した図E図Fの装置を口腔内に入れておられました。
図E黄丸の部分に拡大用のネジが入っていて、前歯部を前方に、臼歯部を後方に動かす装置の設計になっていました。
図Fの下顎の装置は、黄丸の部分の左右2箇所に拡大ネジが入っていて、両側犬歯が回転(捻転)しているのを改善するために前歯を前方に、臼歯を後方に動かす設計になっていました。

図G図Hが、装置を口腔内に装着した状態です。床装置としては非常に工夫はされているものの、如何せん装置の特性の限界というのがあります。”床装置は、2次元的に、しかもある一方向にしか動かせないという特徴を理解した上で治療を行う必要があります。

前述しましたように、図I図Jのように、3年前の術前に比べ、当医院来院時には上下の前歯は前方(青線)へ傾き、反作用として臼歯は後方(黄線)へ傾いていました。そして、外側(頬側)へ全歯牙が傾斜しながら挺出した結果、上下歯牙の咬合接触が不均衡になり、咬合干渉や不適切な早期接触部位がいたるところに存在するようになりました。左右で2,3箇所しか接触していない開咬の状態となり、咬合が完全に破壊されていました。

では、実際の治療をどのように行ったかを、経過を追ってお話してみたいと、思います。
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図K図Vの10枚のうち、左側の縦欄5枚が当医院での治療開始直後の状態です。右側の縦欄が6ヶ月後の状態です。

図K(治療開始直後)、図L(6ヵ月後)を比較比較すると、下の前歯の傾きが揃ってきて、開咬(上下の歯がかみ合っていない)が改善されつつあるのがわかると思います。

横からのアップでは、図Mに比べ、図Nの方が前方への傾斜が改善されています。

上顎咬合面である図Oから図Pへの変化については、個々の歯の捻転(回転)が改善されています。
下顎咬合面の図Qから図Rへの変化については、両側犬歯の捻転が改善され、歯列弓が整ってきました。3年間のの拡大治療によって、歯が並ぶスペースはありましたので、形状記憶のワイヤーを順次太くしていくことによりレベリングを行うことができます。

年齢の問題や、歯周病に軽度罹患していること、過度な咬合性外傷に陥っている歯があることから、治療間隔を通常より1.5倍のゆっくりしたスピードで行いました。

注目してほしいのは、左右の側面観です。図S図T図U図Vのように、一目で改善されているのがわかります。矯正治療をされている歯科医ならわかるのですが、図IJのように前歯、小臼歯部が前方へ傾斜していて、大臼歯が後方へ傾斜している歯牙に対して、全顎にただワイヤーをつけても、図S,U図T、Vへの変化は絶対起こりません。

どうなるかと言えば、確実に開咬状態が悪化します。歯牙が整直(傾斜した歯を真っ直ぐにすることをいう)する時には、挺出します。この方は、術前の概要でお話しましたように、咬合高径は挙げてはまずいです。

ですから、図T,Vのように矯正用のインプラントを後方部に埋入して、大臼歯部に圧下力を加えて開咬の改善を行いました。図Vの黄丸付近を拡大したのが図Wです。ミニ・インプラント(黄丸)を固定源にして、青矢印の方向(圧下力)へゴムの弾性を利用して引っ張っています。

図Tの上顎右側後方部のインプラントは、上顎咬合面が右下がりになっているのを改善するために圧下力を加えていきます。

治療の全般を通じてとにかく歯茎から押し出す力(挺出力)は、この症例の場合禁忌です。もともとぐらぐらの歯があるので、圧下させながら咬合を緊密にしていかないといけないので、とても難しい作業になります。
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次に、顔面との兼ね合い、変化についてみてみましょう。

図Xが術前、図Yが6ヵ月後です。図Xで、黒線が脳頭蓋の横のライン、つまりオリジナルの顔貌の横のラインです。
図X、Y青線が上顎咬合平面ですが、術前は右下がりでしたので、青矢印の方向へ押し上げる(圧下力)によって図Yのように改善されました。

図X,Y黄線が下顎の平面です。術前は左上がりでしたので、左臼歯部に図Xの黄矢印の方向に力を加えて改善していきました。下顎については、左上がりの傾向が若干残っていますが、改善傾向にあることは明らかです。
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右上、左下の臼歯部へ圧下力を加えることにより、咬合高径が低くなって、面長の顔貌が改善されつつあることも、見て取れます。
片側性の圧下力を顎内で加えて、咬合平面を変化させる方法は、矯正用インプラントを使用するしかありません。
今後さらに圧下力を加えていき、開咬のさらなる改善により、臼歯部の咬合を緊密にしていく予定です。

この方の場合、非常に弱い力で歯が動いてしまうのを、治療中常に感じています。
ですから、矯正力の強さ、方向には、細心の注意を払って進めていかなければと思っています。近いうちに続報をお伝えできれば、と思っています。

日々診療をしていると、患者さんから多くの事を教えられます。レクチャーや本など机上で得られる知識が実践では通用しないことはいくらでもあります。大げさに言えば、100人の治療をすれば、100通りの治療法が必要です。同じ歯列不正のタイプを、同じように治療を行ってもうまくいくとは限りません。

知識に裏打ちされた正確な診断は前提として、治療中に起こりえる問題点に対して、いかにたくさんのオプション、引き出しをもっているかがとても大切だと思っています。