ページトップへ戻る

第46回 非外科・非抜歯でここまで治る!・・・②

今回は、「歯並びの話」の第42回 非抜歯、非外科でここまで治る!・・・①の続きの話をしていきたいと思います。
症例の概要については、上記のページを参照してください。また、ボリュームが多くなってしまいました。画像も45枚あります。時間のある時に、ゆっくりお読み頂ければと思います。

ワイヤーを使用して3次元的に歯牙を移動させる矯正治療には、知識に裏打ちされた緻密さと繊細なテクニックの双方が必要であることが少しでもおわかり頂ければ幸いです。

最初にこのページのキーワードを言います。「インプラント固定」「ティップ・エッジ・テクニック」です。詳細は、後述します。

矯正治療時の永遠のテーマに、抜歯?非抜歯?どちらで治療をするか?があります。
重度の骨格性の歯列不正になると、外科?非外科?も悩むところです。
当然ゴールが違ってきますので、双方の長所、短所を術前に十分シュミレーション、コンサルテーションして、患者さんの要望にできるだけ沿った治療を行いたいものです。

「重度の骨格性反対咬合を、非外科、非抜歯で治療した症例」を、治療経過に沿って、できるだけ詳細にお話したいと思います。

口腔内所見のおさらいをしておきたいと思います。
図A~図Jが治療前です。図Aの正面観で、6前歯全体が下の歯の方が、前方にあります。図Bの横からのアップで、下の歯の方が、上の歯より、約3㎜前方にあります。

図Cは右側面観です。臼歯部(奥歯)の咬合(かみ合わせ)も、全体に下の方が上に比べ前方にあります。
 図Dで、黄線が治療前の上下の犬歯の前後的な位置です。下の犬歯をピンク矢印の方向に移動させて青線の位置まで約5㎜移動させれば正常な咬合になります。

図Eが左側面観です。左下側切歯(前から数えて2番目の歯)が舌側(内側)に入っている分右側より臼歯部が前方にあります。図F黄線が術前の上下の犬歯の位置で、ピンク矢印の方向に移動させて青線の位置まで約7㎜移動させれば正常な咬合になります。

つまり下の歯牙を左右で約12㎜後方へ移動させなければ正常咬合になりません。知識ある歯科医が診れば、外科か少なくとも抜歯は避けられないケースです。

図Gが上顎の咬合面観です。図Hの黄色丸の部分に軽度叢生があるので、若干の前方移動を行うことで、反対咬合の改善に有効活用できます。

図Iが下顎咬合面観です。叢生になっています。図Jで、黄色丸の歯牙(左下側切歯)が舌側(内側)にあるので、歯列上にこの歯を並べようとすると、歯列弓が大きくなって、下顎前歯部全体が前方へ出ます。つまり反対咬合が悪化します。下顎に叢生がある場合の非抜歯、非外科での反対咬合の改善は、治療の難易度が非常に高くなる、ということです。
5148
6119
1398
1a22
3188
3a23
4170
4a14
2250
2a23

今回の症例を一言でいえば、前述しましたように、「インプラント固定」を利用して、「ティップ・エッジ・ブラケット」の長所を最大限活かして治療した、ということになります。

では、実際の治療経過をお見せして、どのように治療していったか、お話したいと思います。

上下全体の矯正治療を行う際、全ての症例において最初にレべリング(歯列の平坦化)というステップが必要です。上下別々に、歯列の上下的、左右的(頬舌的)な大きな乱れの大まかな改善をさせます。

下図の
図K(上顎咬合面)、図L(下顎咬合面)は、ファーストワイヤー(.014Ni-Ti)を装着したところです。ワイヤーの種類、各ステップでの選択基準等については、歯並びの話の第44回ワイヤーのこと知っていますか?を参照下さい。

図Kで、左右第一大臼歯を繋げているバー(TPA「トランス・パラタル・アーチ」)はこの症例の場合、絶対必要です。上顎歯列を一体化し、上顎複合体として歯列を一塊にして極力動かないようにするためです。上顎歯列の近心(前方)移動を防ぎ、下顎歯列のみの遠心(後方)移動を治療の主体とするためです。

術前の前歯部の咬合が深い(過蓋咬合)ため、図Mのように上顎前歯のブラケットは、最初は適正な位置より若干低位(歯頚部)に装着します。オープンカーブのワイヤーやU-arch、第一大臼歯近心へのティップ・バックベントを付与するなどして、前歯部の咬合が浅くなった時点でブラケット・ポジショニングの変更をします。

レべリング時に、前歯部分の咬合干渉、早期接触等を完全に取り除いた開口ぎみの咬合にしておくことは、その後の治療を単純化します。

図Nの青枠を拡大したのが図Oです。上顎第二大臼歯(一番後ろの歯)が挺出(図Oの青矢印の方向に下がってきている)してきているため、下顎歯列の後方移動(図Oの赤矢印)を行おうとしても邪魔をしています。裏側からが図Pです。拡大したのが、図Qになります。図Qで青矢印の方向に上顎の第二大臼歯が挺出しているため赤矢印の方向(下顎歯列の後方移動)ができません。

ですから、レベリングをしながら、第二大臼歯の圧下(歯ぐきのの中へ押し込む)を行う必要があります。図Rの青枠部分に装置を組み込んでいます。拡大したのが図Sになります。TPAにワイヤーをロウ着して、若干頬側傾斜もしていたので、図Sのように青矢印の方向(口蓋側)へ矯正力をかけるとともに、図Tのように圧下方向(青矢印)へもパワーチェーン(ゴム)を利用して矯正力をかけました。

図Uが装置装着2ヶ月後です。隣在歯の第一大臼歯とほぼ同じ高さまで圧下されました。図Vが頬側面観です。術前の図Nと比較すると、明らかに上方(黄色矢印)の方向へ移動しているのがお分かり頂けると思います。

図K図Vの作業が、下顎歯列全体を後方へ移動するための前処置ということになります。
892
7119
975
10a16
10c
11a7
10c
12b1
15b1
14b
1742
16b
上下顎の歯列が上下的にほぼ整い、下顎歯列が前後的に自由に移動できる状態になったところで、いよいよ下顎歯列全体の後方移動を行います。

下記の
図W
(右側後方部)及び、図X(左側後方部)に、固定源(動かない場所)として利用するために矯正用インプラントを顎骨内に埋入しました。
骨の性状はもちろんのこと、粘膜の厚み、牽引方向も考慮した上で、埋入位置、埋入方向を決定します。インプラントを固定源に図&のように下顎歯牙14本全体に後方への力をかけます。顎外装置と同程度の強い力(500g~)をかけることも可能です。

上下顎の歯列が上下的にほぼ整い、下顎歯列が前後的に自由に移動できる状態になったところで、いよいよ下顎歯列全体の後方移動を行います。

下記の
図W
(右側後方部)及び、図X(左側後方部)に、固定源(動かない場所)として利用するために矯正用インプラントを顎骨内に埋入しました。
骨の性状はもちろんのこと、粘膜の厚み、牽引方向も考慮した上で、埋入位置、埋入方向を決定します。インプラントを固定源に図&のように下顎歯牙14本全体に後方への力をかけます。顎外装置と同程度の強い力(500g~)をかけることも可能です。
40a3
41a1
18a3
21106
19a5
もし、通常のSWA用ブラケットを下顎全歯牙に使用した場合は、14歯を同時には後方移動できないと思います。トルキング(歯根の移動)は後で行えば問題ないです。

上顎歯列は、下顎歯列の後方移動の矯正力をかけるまでに、ロスタイプのSWA用ブラケットで、ステンレスのフルサイズ(.0215×.028)が挿入された状態にしておくことにより、歯列の一体化を確立できます。

下顎4前歯は弱い力でも比較的移動しやすいことと、極力歯体移動させたいことからSWA用ブラケットにしています。また、図Zの青丸(第一大臼歯のフック)ですが、通常とは逆の近心(前方)方向に向けておくと、大臼歯部の歯牙を個々に遠心方向へ引っ張れるので便利です。

図Z
のピンク丸の部分は、叢生を改善させるために、オープンコイル(スプリング)で歯間のスペースを拡げながらダブルワイヤーにして左下側切歯を唇側に出しているところです。 

それでは、レベリングの後半を行っている時期からの治療経過を一ヶ月ごとに以下に掲載しましたので、ご覧ください。
左縦欄(右側面観のアップ)と右縦欄(左側面観)の左右の画像は、同じ時期です。縦欄は、一ヶ月ごとの画像を表示しています。

上述しました下顎歯列全体の後方移動の障害となる上顎第二大臼歯の問題(挺出による咬合干渉)の改善には、3ヶ月を要しました。

図①、②の時期(治療開始3ヵ月後)には、上顎の叢生は改善しました。その後、治療終了まで、上顎歯列は全く動かしていません。同じ時期である図②では、下顎左側側切歯がまだ、舌側転位しています。

一ヶ月後の図③、④では、下顎の叢生が若干残っています。この時期には、まだ下顎歯牙全体へのプロトラクション(後方移動)はまだ開始していません。歯列を一体化させること(レベリング)が最初にすることだからです。

さらに一ヶ月後の図⑤、⑥の時期になると、下顎の叢生は改善したものの、叢生が改善した分、下顎歯列は、前方に出て、初診時よりも反対咬合が一時的に悪化しました。受け口状態が一時的に悪化することは、トラブルにならないよう術前に患者さんに十分伝えておく必要があります。

図⑤、⑥の時期から下顎歯列への後方移動の力をかけています。Ⅲ級ゴム(上顎の後方部と下顎の前方部にかけているゴム)は、開口がひどくならないように、垂直成分のコントロールをするためです。顎関節に負担がかからないように非常に弱い力(片側50g前後)にすることがポイントです。

ミニインプラントを利用して下顎へプロトラクション(後方移動の力をかけること)を作用させるときのワイヤーの選択は非常に重要です。.022×.028スロットルのブラケットの場合であれば、.018又は.020のラウンドそして下顎4前歯にトルクを若干かけたいのであれば、.016×.022~.017×.025を使用します。ルーズめの角ワイヤーがベストです。

強めの力で後方へ牽引するため、バインディング(主線自体のたわみによる作用点への上下的なベクトルの発生)を最小限にするアーチ・ベンディングには、多少こつがいります。Ⅲ級ゴムとの相殺による微調整で、前歯部のOver bite を一定に保つ必要があります。

図⑦、⑧は一ヶ月後、その後一ヵ月が図⑨、⑩です。パワーチェーンやNi-Tiコイルスプリングを適宜使い分けながら後方移動を続けていきます、さらに一ヵ月後の図⑪、⑫と着実に下顎歯列が後方へ移動しているのがおわかり頂けると思います。水平成分と垂直成分をコントロールしながら治療を進めていくことがとても大切です。

図⑪、⑫のようにOver jet(上下的なずれ)がプラスになった時点で、垂直成分を強めに作用させて、正常被蓋が崩れないようにすることもポイントです。
 この時期になると、患者さんからいつごろ治療は終わるのでしょうか?という質問が必ず出始めます。実は、この時点は、まだ中盤戦です。咬合の緊密化(矯正学的理想咬合に近づける)を行うのが結構時間がかかります。

そして図⑬、⑭の時点では、ぱっと見は、きれいな歯列で、咬合関係もきれいなⅠ級になりました。同じ時期の上顎咬合面観(図⑮)、下顎咬合面観(図⑯)、正面観(図⑰)、右側面観(図⑱)です。下顎歯列弓が若干馬蹄形で、左右小臼歯付近が舌側傾斜している点は、改善していかなければいけない点です。
43b
43a1
2616
2517
2325
2421
3710
2812
3810
2812
3910
2517
3610
3189
42c
42b
42d
42a
ここまでに、10ヶ月しかかかっていません。通常のテクニックですと、確実に半年以上は余計にかかります。図⑬~⑱の状態では、下顎臼歯部は主に傾斜移動しかしていません。歯根が近心側へ取り残されている状態です。トルク(歯根を遠心にふる)をかけながら、各歯牙の歯軸の平行性についても微調整していく必要があります。

小臼歯以降を傾斜移動させたから14歯を同時に後方移動できたといえます。もし、歯体(平行)移動であれば、まず左右大臼歯4本の後方移動、それから小臼歯4本、その次に6前歯の移動を12㎜づつさせていくことになり、約3倍の時間を要したと考えられます。

この症例の最終回(第3回)では、図⑬~⑱の時期以降の治療経過と、”術前、術中、術後のセファロ(側貌レントゲン)の重ね合わせで、骨格性の部分、歯槽性の部分がどのように変化していったか?”について触れてみたいと思います。
 そして、一昔前なら必ず外科が必要であった症例を、非抜歯、非外科でここまで治せたということを客観的な評価も交えて提示します。

矯正治療を手がけて10年以上になります。患者さんのニーズはどんどん多様化しています。
症例に応じた矯正材料(ワイヤー、ブラケット等)の適切な選択、それを使いこなすだけのテクニックの両方が備わっていて、始めて効果的な治療が行えます。

最近の矯正治療のトピックスとしては、ローフリクション(摩擦抵抗が少ない)のブラケットが各メーカーからどんどん開発、発売されています。
 ローフリクションのブラケットを使用すると、治療期間の短縮とともに、来院回数を格段に少なくできます。
形状記憶のワイヤーを各ステップで効果的に多用することにより、患者さんの痛みも最小限にできるようになりました。

患者さんの要望を十分考慮した治療が可能であることはもちろんのこと、治療のゴールの設定も術前に何通りも提案することが可能な時代です。

”何が何でも抜歯や外科をしないときれいになりませんよ!”というのではなく、”非抜歯ですとここまでは治せます!非外科でもここまでは治せます!”といった、患者さんの立場を考えた柔軟な発想、多くの選択肢を与えれることは、治療する上で必要不可欠と考えています。