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第41回 床矯正を3年・・・悲惨な結末②

前回に引き続き、”非抜歯、拡大による床矯正治療で行き詰った症例”の話をしたいと思います。
治療方針を決定するにあたり、口の中の審美面、機能面を考慮することは当然大事なのですが、”顔貌との調和を図る”ことも非常に重要です。そのために配慮した点を中心に話を進めたいと思います。
 
症例の概略については、歯並びの話のページの 第40回 床矯正を3年・・・悲惨な結末①をご覧下さい。

床装置での拡大の特徴として、歯牙は、”傾斜しながら挺出(歯茎から出る)方向への移動になる”ことは、長所であり、短所でもあります。
 歯牙の上下的な移動(挺出や圧下)は、代償的に下顎骨が移動します。その辺りのことについて、顔貌やセファロ(正面・側貌レントゲン)から検証してみました。
図A、Bが3年前の術前で、図C、Dが3年間の床矯正を行った後の当医院初診時の歯列です。
 図Aのように、治療前は、上下の前歯の上下的なずれがほとんどない咬合(切端咬合でした。拡大により噛み合わせが挙がり、図Cのように開咬(上下の歯が咬みあっていない)状態になってしまいました。

右側面からみると、図Bのように治療前は奥歯は緊密に何箇所かで咬合しているのに対して、3年後の図Dでは、わずか1点でしか上下の歯が接触していません。
 
前回お話しましたように、歯牙の上下的なコントロールを全く怠った結果です。

まず、正面観から考察してみたいと思います。
 図Cの赤線と青線のように、上下の歯牙の正中が1.5㎜ずれています。下顎が、左側(画面上では右側)へ偏位しています。
 上下の正中がずれている場合、”歯牙の位置がずれている場合と、”下顎骨自体が偏位している”場合(下顎頭の位置が左右で違う)、”下顎骨自体の大きさが左右で違う”場合の3パターンあるいは3者が混在している場合が考えられます。

図Eの正面の顔貌を診てみますと、顔貌の正中(赤線)に対して、頤(オトガイ)の位置が左側(青矢印)の方向に少しずれています。
 口の外から見て偏位しているということは、歯牙の位置異常による偏位ではなく、下顎骨自体の左右アンバランスもしくは顎関節の位置のの問題ということになります。

図F正面セファロ(PA)左右の対称性を検証します。計測点(青い点)間の距離、角度などを標準値と比較することにより、問題の箇所が判明します。
 図Gの青線がレントゲン上での正中、つまり不変的な頭蓋の正中です。矯正治療によっても動かない場所(頭蓋)を基準にします。左右の赤線の長さ(下顎骨体)は同じでした。ということは左右の下顎の骨の長さは同じということです。
 左右のピンク丸(顎関節)の部分の下顎頭の位置が左右で違うということになります。そのため図Gの青矢印の方向に下顎骨が偏位しているのです。

さらに定量的に考察するために、図Hのように重要な計測点間を線で結んでみました。計測点のみを作図して拡大したのが図Iです。

 顎骨の左右的な偏位は、顔貌からだけでは見落とすこともよくあります。前述しましたように、原因が3パターンあります。治療上は非常に重要な診断項目ですので、年齢に関わらず、必ず正面セファロ(PA)を撮影し、評価する、という習慣が必要かと思います。
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図Iの横のラインですが、赤線(瞳孔線)青線(顎関節窩)黄緑線(上顎歯牙)は平行で、橙線(下顎骨体)だけが右下がり(反時計回りに回転)です。つまり矯正治療により、左右アンバランスな歯牙の挺出が起こり、右側のほうが下顎骨が下方へ下がったと推察できます。
 また、縦のラインについては、青線に対してのピンク線(水色の角度)のほうが黒線(緑色の角度)より小さいことから、レントゲン上で下顎骨自体が左側(向かって右側)へ偏位していることが明らかです。

図Dのように上下の接触している歯牙が極端に少なくなると、咬合が非常に不安定になり、”咬合干渉”を起こし、下顎位が生理的な位置とはかけ離れた位置へ誘導されてしまいます。非常に危険なことです。

この症例の場合は、下顎骨体自体の形態的な異常がないことから、矯正治療という後天的な要素により下顎位が変化したと思われます。
 ただ、残念なことに、治療前(3年前)のレントゲンがないので確定的なことはいえませんが、、偏位がもともと多少あった可能性も否定はできません。

次に、図Jが側面からのレントゲン(側面セファロ)です。青い点が計測ポイントです。
 標準値と比較することにより、顎骨の上下、前後的な位置、成長具合が読み取れます。

図Kのように顔貌との重ねあわせをすることにより、軟組織と顎骨との関係を観察できるとともに、審美面を考慮しての治療方針(プラニング)やシュミレーションも可能になります。
 図Lは、上顎骨と下顎骨の外形を標準値(青線)と患者さん(赤線)で比較するために引いたラインです。”プロフィログラム”といいます。

図Mが成人男性の標準(青ラインの枠)と患者さん(赤ラインの枠)を作図したところです。青枠に比べ、赤枠が後下方へ回転(緑矢印)しているのがおわかり頂けると思います。
 顔立ちは明らかなロング・フェイス(長い顔)で、矯正治療により咬合が挙上され、下顎骨が後下方へ大きく回転したと推察できます。
 標準値から大きくはずれた形態であることから、治療する際、咬合が今以上には絶対挙がらない配慮が必要です。

”プロフィログラム”や今回は触れませんが”CDS”の経時的な重ね合わせをすることにより、同一患者の治療中の顎骨の変化を知ることができます。 また、小児の場合は、成長予測プログラムを作成することもできます。

図Nはちょっと専門的になりますが、”VTO”と呼ばれる予測設定プログラムの作図で、咬合平面を変えることにより治療の目標とする新しい咬合関係をつくることが可能かどうかをプラニング、シュミレーションする時によく使用します。
 比較的重度な骨格性の歯列不正の方を、非外科や非抜歯でどこまで治療できるかの評価をする時に使用する機能です。

図Oは、上下前歯と第一大臼歯の前後的位置関係を表示したところです。顎骨に対して、上下の前歯、奥歯がそれぞれ前方にあるのか?後方にあるのか?によってプラニングが変わってきます。
 図Pは、上顎の中切歯の先(切端)と鼻尖との距離を測定している(インジケーターラインという)ところです。標準値から大きくずれている場合は、歯牙の圧下又は挺出が必要です。
 図O、図Pにおいて、問題は見当たりませんでした。
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上記の症例を、レントゲン像、顔貌から考察しますと、拡大によりほとんどの歯牙が挺出(歯茎から出る移動)したことにより、下顎骨が後下方へ回転し、標準値を大きく超えた長径顔貌になっています。
 また、上下歯牙接触部位が非常に少ないため、下顎位が不安定で、咬合干渉を起こし、顎の左側への偏位も起きてしまっています。
 では、前回と今回の検査結果を踏まえて、治療プランをどのように立てていけばいいでしょうか?

”床矯正””咀嚼訓練”で今回のケースが解決しないことはおわかり頂けたと思います。

図Q~Uは、治療を開始し最初のワイヤーを装着したところです。

今後、どのように治療を進めていくか、重要なポイントが2点あります。
 一つ目は、”挺出により咬合高径が挙上されてしまったこと”への対処です。とても難しい課題です。このままワイヤーサイズを上げていけば、挺出された歯牙を基準に歯列が整いますので、開咬はさらに悪化します。頻用される顎間ゴム(上下間の歯牙あるいはワイヤーを結ぶ)は歯牙を挺出させますので、この症例の場合禁忌です。

もう1点は、”下顎4前歯がぐらぐらの状態です。この歯牙への対応はどうすればいいでしょうか?”

知識、経験のある歯科医ならいくつかの提案ができます。今後の経過については、私見を交えながら近いうちにご報告します。
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正面セファロ(PA)側面セファロ(LA)については、上記で説明した以外にも多くの情報を提供してくれます。とても有益な情報源です。

ちまたでは、”セファロは必要ない!”という歯科医が結構います。

セファロが必要かどうかの是非についての私見はまたの機会に詳しくお話したいと思いますが、私の経験では、診断上必要な方は、1割程度です。あとの9割の方は、セファロがなくても、治療する際全く問題ありません。でも、私は必ずセファロ(PA、LA)を撮影します。理由は”治療の評価ができる”からです。治療前、治療中、治療後の変化を客観的に示せるからです。

私たち歯科医は、どうしても歯の動きだけに目を奪われがちです。歯牙を動かせば顎骨も動きます。顔貌も変わります。頭蓋という動かない基準があって始めてどの方向にどれだけ歯牙が動いたかが判明します。
 治療目標を設定し、治療後の評価をするためには必要です。

それから小児の場合、”成長方向の予測から長期安定の判断基準にする”とか、”「2期治療」の必要性の有無の指標”にセファロは役立ちます。

また、昨今患者さんのニーズは非常に多様化しています。非抜歯ブームも続いています。 非抜歯、非外科で治せる範囲が、材料、テクニックの進歩によりどんどん拡大しています。

抜歯・非抜歯、外科・非外科それぞれの長所、短所についてのコンサルテーションをするにはセファロ(PA、LA)が必需品といえます。