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第38回 抜歯?非抜歯?大臼歯(奥歯)の後方移動は難しい!①

今回は、前回<歯並びの話第37回 抜歯?非抜歯?(非抜歯治療の問題点)>の続きの話をしていきたいと思います。写真が多めです。ボリュームも多めです。ちょっと専門的な部分もありますが、熟読して頂ければ、”フムフム”、”なるほど”、と理解できると思います。一般の方向けへ、”症例の詳細な経過の掲載”を重要と考えています。
最初に強調しておきたいのは、大臼歯(奥歯)の後方移動は、動かす方向としては、最も難易度が高い処置になる、という点です。「後方へ動かすことが可能なスペース、骨量があるかどうか?」「装置の選択?」「フォースコントロール」「アンカーロスへの配慮」等難題が待ちかまえています。
 特に、成人の場合、装置を入れたがほとんど動かなかったり、反作用で前歯が前方へ動いてしまって治療としては後退してしまう場合があります。机上の空論に成りかねません。

前回の復習になりますが、非抜歯で治療する場合、スペースを作るためには、図Aのように、前方(黄色矢印)側方(青色矢印)後方(橙色矢印)のいずれか、あるいは、2方向、3方向への移動を併用する必要がある、ということをお話しました。
 どんな歯列不正のの場合も、骨のないところへ歯の移動を行うことができません。
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大臼歯を後方へ動かせるかどうか、動かせる量については、模型やレントゲン(パノラマ、セファロ等)にて判断します。小児の場合は、セファロ上での基準点から後方への成長発育の予測を立てて、その範囲内での後方移動に留める必要があります。第3大臼歯(親知らず)がある場合は、抜歯すれば、その位置までの移動は可能と判断できます。

後方移動によってスペース獲得がある程度可能、と判断した場合に、後方移動した場合に起こりうる問題点をまず知っておく必要があります。歯牙年齢を考慮した上で、実際にどんな装置を使用するのか?その装置の特徴、その装置に向いた症例、向かない症例、というのもあります。
 大臼歯の遠心(後方)移動装置としては、ヘッドギヤー、ペンデュラム、GMD、リンガルアーチ(DELA)、床タイプ、リップバンパー、Slidinng jig、Distal jig、Ni-Ti open coil、BDA、Jasper jumper、Sagital appliance、Magnet,等ありとあらゆる装置が考案されています。が、いろんな装置があるということは、裏を返せば、完璧な絶対的な装置はない、ともいえます。
 適材適所、といいますか、症例によって使い分けることと、各装置の特性をよく知った上で使用することが重要です。また、経験からくる部分も大きいです。いかにその装置に熟知するか、そして、次の一手も持ち合わせておかないと、一つの装置で、全ての症例には対応できません。歯牙年齢も重要な要素です。

症例1は、10才の女の子で、主訴は、上下顎の叢生(乱杭歯)です。図B~Eが初診時の口腔内です。
 図Bの正面観で、叢生は明らかで、図D(上顎)、図E(下顎)より、上下ともに重度の叢生といえます。
 図Cより、前歯部の咬合関係は正常といえます。 歯牙の萌出スペース不足は、上顎が12㎜、下顎7㎜ と大きのですが、年齢を考慮すると、十分に非抜歯での治療は可能です。
 スペースを確保するためには、図Aのように、矢印3方向への拡大を考えるのですが、この症例の場合、顔貌から前方への拡大は、前突感が著明になるため、行えませんでした。側方への拡大は、上顎については、一般的には10㎜程度可能ですが、下顎の拡大量によって既定されます。下顎の過度な拡大は、必ず後戻りします。下顎の拡大の話は、別の機会にお話したいと思います。
 このケースの場合、上顎の側方への拡大は、6㎜行いました(図F)。叢生が重度なため、側方への拡大だけでは歯牙は並びきりません。
 そこで、後方への移動を行うのですが、幼小児期の場合、私は、できるだけ可撤式(取り外し)の装置を使用するようにしています。装着時間、取り扱いをきちんと守ってもらえば、治療は非常にスムーズに進みます。
図Gは、黄色矢印の方向へ拡大ネジを回すことにより、最後臼歯が後方移動するように設計されています。
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図Hは反対側の歯牙を後方移動させているところです。ここでいくつかポイントがあります。両側を同時に移動しようとすると、アンカーロス(固定源の消失)が必ず起こって、前歯群が前方方向へある程度動いてしまいます。左右別々に後方移動するのが得策です。
 また、ネジを回すスピード、床装置(サジタル・アプライアンス)の設計にも固定源が消失しないような工夫が必要です。
 図Iは、第二小臼歯、第一小臼歯に続いて、犬歯の遠心(後方)移動をゴムで行っているところです。 

症例1は、10才という年齢から第二大臼歯が萌出していませんので、可撤式装置で比較的後方移動が容易に行えます。10才くらいまでの小児には、最適の方法と思っています。
 成人の方に同じ治療法で行っても、私の経験上は、うまくいかない場合のほうが多いと思います。顎骨が硬くなっていますので、歯牙が動きにくいので、装置がすぐ不適合になったり、アンカーロス(前歯群の前方移動)が起きやすいです。時間をかけた割にはわずかしか後方移動しません。第三大臼歯(親知らず)の埋まり方も当然影響します。成人の場合は、固定式の装置を主体に治療するのが一般的ですし、確実です。その辺りは後述します。


図Iの装置で、犬歯が若干後方へ移動したら、後は、上下全体に図J、図Kのようにブラケットとワイヤーを装着して、個々の歯の微妙な位置異常を修正して、仕上げました。
 この時のポイントとしては、せっかく後方へ移動した第一大臼歯が前方へ戻らないように、また、歯列弓の幅径を維持するために、上顎(図J)はTPA(トランス・パラタル・アーチ)、下顎(図K)は、LA(リンガル・アーチ)を装着しておいたほうがと良いと思われます。
 図L、M、N、が治療後です。初診時(図B~E)のような重度の叢生でも、低年齢であれば、ほぼ非抜歯での治療が可能です。
 一つ付け加えておきたいのは、症例1は、上下の顎間関係に異常がなかったという点です。もし、上下の咬合関係の前後的、あるいは、左右的異常や、上下の顎骨の成長発育に大きなアンバランスがある場合は、同じ治療法では無理です。あくまで、臼歯部の咬合関係がⅠ級という前提で治療していっています。

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小児というのは、顎骨がフレキシブルなため、歯牙の移動が比較的簡単に起きます。しかし、歯根が未完成の歯牙への矯正力は歯根吸収、歯髄壊死といった危険を伴います。 また、成長予測も、診断上は非常に重要で、家族暦等からリスク要因のある方の場合は、長期にわたる観察が必要です。歯列不正の再発も十分考慮しておく必要があります。
 移動方向を、後方移動に限定して考えますと、床装置のような可撤式装置は、10才前後までの小臼歯にアンカーを求めての後方移動ができない時期に有効と思われます。床全体をアンカーとして利用できるのは、最大の長所といえます。

12才以降になると、第二大臼歯が萌出してきますので、後方移動が難しくなり、装置に一工夫必要なことや、小臼歯をアンカーとして利用できる時期になることを考えると、固定式装置が有利ではないか、と個人的には思っています。可撤式装置は、患者さんが装置装着時間を守って頂けなければ、一向に治療は進みません。成人の方の場合、仕事の関係で、日中は装着できない方が大半ですので、装着時間がどうしても短くなり、治療が前進しません。ですから、現実的には、成人の方の場合、私を含め、固定式装置で治療する医院が大半のはずです。

症例2の図Oように、小臼歯が萌出まもないため、アンカーとして利用できない時期に、頻用されているのが、LA(リンガル・アーチ)に、各種弾線を付与した装置です。この装置はDELA(Distal extenshion lingual arch)といいます。
 図Oの右側(向かって左側)の第二小臼歯の萌出スペースがわずかに足りません、右側犬歯の萌出スペースも足りません。
 図Oの右側の臼歯部を拡大したのが、図Pです。犬歯と第二小臼歯が生えるスペース合わせて3㎜程度が必要です。弾線(細いワイヤー)により、第一大臼歯を後方へ押しました。
 図Qが2ヵ月後です。拡大したのが図Rです。犬歯と第二小臼歯のスペースができているのがお分かり頂けると思います。この患者さんは、11才なのですが、取り外しの床装置に抵抗感があり、装着してもらえませんでしたので、固定式にしました。。
 この装置では、大きな後方への移動はできませんが、症例によって、設計を工夫することにより、MTM(歯の小移動)として利用することが可能です。
  現在、歯牙の後方移動に一番利用されている装置と言えば、図SGMD(Greenfield molar distalizer)ではないでしょうか。
多くの長所を持った装置です。しかし短所も当然あります。
 一番の長所は、大臼歯を歯体移動できる、という点ではないでしょうか。図Sのように、左右、場合によっては片側行うこともありますが、頬側と内側(口蓋)の両方から縮めたスプリングの力で後方へ押しますので、歯牙がほぼ平行に後方へ移動します。
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症例1の床装置や症例2の弾線ですと、歯冠部(歯茎から上の部分)を後方へ押すだけですので、どうしても、歯が後方へ傾きます。歯根があまり後方へは移動しません。GMDは、理想的な歯の移動をしてくれます。
 小臼歯がしっかり生えていれば、固定源(動かない場所)として利用できますので、12才~17才くらいの中、高校生には、最適の装置といえます。もちろん成人にも後方へのスペースがあれば問題なく使用できます。欠点としては、小臼歯が挺出(歯茎から出てくる)しようとしますので、前歯群もできれば固定源に利用したいところです。フォースコントロールを誤ると、前歯群の前方への移動が起きてしまいます。GMDの欠点への対処法については、次回詳しくお話します。
また、図Tの装置をペンデュラムというのですが、GMDの次によく使用されている固定式の後方移動装置ではないでしょうか。図Tの青矢印の方向に左右別々のスプリングの力で最後臼歯を後方へ動かします。図Tの黄色部分の拡大が図Uになります。一番後ろの歯と、一つ前の歯の間に隙間ができているのがおわかりいただけると思います。最後臼歯が後方へ移動したということです。
 ペンデュラムの長所は、頬側サイドへブラケット(ブレース)を装着して歯の移動方向のコントロールを行うとか、トルク(歯根への力)もある程度かけることができます。 また、ヘッドギアーとの併用により、後方へ歯牙を移動しやすくするといった、別の装置との組み合わせができることが最大の長所といえます。

その他、よく利用される後方移動装置としては、図V、Wリップバンパーという装置でしょうか。リップ、つまり唇の力で奥歯を後方へ動かします。
 図Vの太いワイヤーと細いワイヤーの間はプラスチックのプレートで満たされています。太いワイヤーは、一番後ろの歯牙に固定されていますので、このプレートの部分に唇の圧が常にかかるため、後方へ歯牙が動きます。
 但し、口唇力の強い弱いに左右されますので、図Xヘッドギアーを夜間に装着して、日中はリップバンパーを装着してもらう、というのが、一般的な使用法です。
 24時間常に同じ力は加わらないので、GMDやペンデュラムのように、何ヶ月で何㎜移動する、といった治療計画が立てにくい、という点や、患者さんの協力が必須というのが難点といえます。
 
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最大の利点は、各種ブラケット治療と併用して行えること、また、固定式、術者可撤式、患者さん可撤式、と使用法を選択できることです。ほんの少しスペースが足りない時には、非常に有効な装置と思われます。

  タイトルに書きましたように、後方移動、というのは、非常に難しいです。なぜかといいますと、前歯は歯根が1根ですが、上顎の大臼歯にいたっては、3根あります、動かすのに、3倍の力が必要です。とにかく奥歯というのは、動きにくいんです。
 また、一般に、固定源(動かない場所)は、動かす歯の3倍の歯根が必要です。ですから、大臼歯1本を動かす場合、前歯を固定源にするのなら、9本必要ということになります。でも、実際そんなにたくさんの前歯は存在しません。ですから、口蓋(上顎の粘膜部分)にプレートを置いてアンカー(固定源)に利用するのですが、それでもアンカーとしては、不十分で、ほとんどの症例で、若干前歯群が前方移動(アンカーロス)をしてしまいます。多少のアンカーロスは容認できるケースはいいのですが、そのようなケースばかりではありません。歯科医にとって、アンカーロスは、治療上の悩みの種です。

上述したいくつかの後方移動装置は、どこの歯科医院でも頻用されている信頼性のある程度確立された装置ですが、短所も結構あります。使用法、調整法を誤ると、装置の特性を十分いかしきれないじたいにもなります。十分な知識、経験が必要です。

今回は触れませんでしたが、頬側側から後方へ押すタイプのDistal jig やNi-Tiopen coil も操作性や結果が良好なため、使用頻度は高いです。またの機会にお話したいと、思います。

全体を通して、装置の説明に終始した感がありますが、本来一番重要なのは、診断の後、治療する上で後方移動していいケースかどうかの判断です。抜歯してスペースをつくるのか?非抜歯で、後方移動するのか?という点です。

 少し専門的になりますが、後方移動すると、咬合(かみ合わせ)が必ず挙上されます。挙上してはいけないケースは、後方移動の禁忌症といえます。上顎前突、下顎前突に限らず、元々開咬ぎみの方は要注意です。どうしても、非抜歯の治療計画を立てたいのであれば、臼歯部のアップライトや咬合平面を変えることで対応したほうが無難といえます。


次回は、当医院で最近使用して好成績を上げている、上記では、説明しなかった後方移動装置について話してみたいと思います。また、アンカーロスを考えなくていい後方移動装置についても、症例を上げながら、触れて見たいと、思います。