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第37回 抜歯?非抜歯?(非抜歯治療の問題点)

最初に強調しておきますが、私は、”抜歯推奨派”でも”非抜歯推奨派”でもありません。
矯正治療において、抜歯して治療を行うか、非抜歯で治療するかは、最終的には、患者さんに委ねています。双方の治療法やゴールの違いに関して、全ての情報を公開し、説明することが歯科医の責務、と考えています。
 
現在、矯正治療の材料や治療法は、氾濫している、という実情があります。同じような歯列不正の方に対して、いろいろな治療法が行われているのが実態です。
 例えば、”非抜歯で、取り外しの装置でほぼ全ての症例に対応しようとする”グループがある一方で、”幼少期からワイヤーを装着して、思春期成長が終了する10年くらいずっと固定式装置をつけたまま治療する”、というグループもあります。どちらの方法にも、一長一短あります。同じ作用が期待できる装置にもいろいろあります。装置の特性を理解し、どんな治療法、装置にも長所と短所があることを熟知しておいて治療に取り組むことが重要と思います。
具体的にお話しますと、症例1(図A~図H)は、当医院につい先日来られた方の口腔内です。非常によくある相談ですが、、A歯科医院では、”治療するには抜歯が必要です”といわれ、B歯科医院では、”抜歯しなくても治療は可能です”といわれた、といって、当医院へ来院されました。どちらの医院が言っていることが正しいのか教えてほしいと困惑しきっていました。
 また、治療費について言えば、”A医院では、100万かかる”と言われ、”B医院では、50万円で大丈夫です”といわれ、治療期間についても、A医院では、”2年かかる”といわれ、B医院では、”1年くらいでしょう”と言われたと・・・。
A,Bどちらの医院でも治療前に矯正治療に必要な精密検査をして診断を下しているにも関わらず、どうしてこんなにばらつきが出てしまうのでしょうか?
 図Aが正面観、図Bが右側面観のアップです。歯列不正のタイプでいえば、開咬(上下の歯が噛み合っていない)、上顎前突(出っ歯)、叢生(乱杭歯)が重複しています。図Cが上顎、図Dが下顎ですが、上顎の叢生は重度といえます。図Eが右側面観、図Fが左側面観で、臼歯部咬合関係は、左右ともⅡ級です。Ⅰ級、Ⅱ級、Ⅲ級という分類法の詳細については、歯並びの話の<第16回 理想的な歯並びとは?・・・(奥歯編)>を参照してください。
 図Gの口元の側貌は、ほぼストレートタイプですが、若干の頤(下アゴ)の後退が見られます。
 詳細は省略しますが、図Hの側貌のレントゲンによって、頭蓋に対しての、上下の顎骨の前後的、上下的発達具合や前歯、奥歯の前後的、上下的な位置をが計測できます。
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症例1の方の場合、結論を先に申し上げますと、抜歯しても非抜歯でも治療は可能です。ですから、A歯科医院での話も、B歯科医院での話も正解であり不正解ともいえます。
 技術的には、かなり重度の叢生でも、現在では非抜歯で歯列を整えることは可能なのですが、顔貌(正面、側貌)の美しさとの兼ね合い?や移動させた位置で歯牙が長期に安定するかどうか?という問題が付きまといます。私見ですが、ある一つの治療法のメリットばかりを強調したコンサルテーションは、危険がはらんでいると考えます。この方の場合、開咬と上顎前突については、長年の悪習癖(咬指癖か咬舌癖)か口呼吸等の関与が疑われますので、矯正治療中が終了するまでにその点の除去法についての対策も必要です。

 一番重要なのは、抜歯した場合と非抜歯での治療の双方のメリット、デメリットを術前に的確に患者さんに説明しているかどうか?です。”非抜歯ありき”の治療計画は、ケースによっては思わぬ落とし穴があります。最近では、抜歯した場合と、非抜歯での治療の治療予測シュミレーションも可能ですので、術前に十分患者さんとの話し合いの時間を持ちたいものです。

 年齢も重要な要素です。幼少期の骨の代謝の活発なフレキシブルな時期の場合、ある程度の顎の成長のコントロールができるので、非抜歯で90%以上の方が治療可能ですが、成人の場合、私の経験上、抜歯、非抜歯の割合は、半々といったところでしょうか。日本人は、欧米人に比べ顎の奥行きがあまりない(前後径が小さい)のと、歯一本一本が大きいため、重度の叢生の方が多く、抜歯した方が良好な口元になるケースが大半です。また、最近の子顔ブームもあってか、口元が少し凹んだ感じを好まれる方が圧倒的に多いです。非抜歯に固守しすぎると、どうしても歯列が前方と左右へ拡がったいわゆる”ゴリラ顔”になる傾向が増えます。また、顎の骨(基底骨)のないところへ歯を並べても、すぐに後戻りするという問題も認識しておく必要があります。 

 治療費がA歯科医院とB歯科医院とで大きく違うのは、”使用する装置の種類”や”歯科医の技術料の設定”、”立地(都市部か郊外か)による物価の違い”などいろいろな要素があると思います。治療費についての私見については今回のテーマとはずれますので、、別の機会にお話させていただきます。

 本題に戻りますが、同じ患者さんを診察しているにも関わらず、”どうして治療方針にばらつきがでてしまうのか?”理由を私なりに考えてみますと、以下のようなことが考えられます。

①その医院で行っている矯正治療の手技、手法のバリエーションの問題
  私たち歯科医は、人体というアナログを扱っているのですから、絶対的な方法はありませんし、ましてや、同じような歯列不正の場合でも、同じ治療法で全て良い治療経過、治療結果になるとは限りません。その歯科医がどれだけ多くの治療方法の引き出しを持ち合わ せているか?によって、提案できる治療法が決定されます。自医院で行っていない、あるいは行えない治療法については、否定的に話をしたり、話さえしない、と思われます。患者さんにとっては、治療法の選択肢が狭められるのですから、良いこととはいえないはずです。
  例えていえば、可撤式装置の代表である各種床装置を中心に治療しようとすると、症例によっては、良い結果が得られない場合が多々あります。床装置は非常に優れた特徴を持った装置ですので、症例さえ誤らなければ、有効に作用します。しかし、全ての歯列不正を床装置を前提に治療しようとすると、装置のメカニズムから考えて、たくさんの問題をはらんだケースに遭遇します。
  逆に、年齢や歯牙の状況によっては、ワイヤーによる矯正に適さない、不向きな症例もたくさんあります。 要するに、いろいろな装置、治療法に熟知しておき、各装置の長所を最大限に活かした治療法を適材適所で提案できることが、患者さんにとっては一番良い治療法である、ということです。
②その医院の矯正治療に対するコンセプトの問題
  ”見えない矯正”とか、”非抜歯治療”、とか、”短期で治療が終わる”などを強くアピールしている医院があります。
  確かに、患者さんの要望に沿った治療法を提案するのが原則ですが、見えない矯正での治療に向いた症例と不向きな症例があります。不向きな症例の場合、仕上がりが不十分になる場合があります。逆に、裏側からの矯正に非常に向いた症例で、治療期間も表から行う場合より短期に終われるケースもあります。
  ケースバイケースということです。一つの治療法に、固守せず、柔軟性を持った提案が歯科医院には絶対必要です。
③ゴールの問題
  最終的な歯並びを、どこに設定しているかです。例えば、抜歯した場合と、非抜歯の場合、外科を併用した場合で、顔貌、口元がどのように違うかを、治療前に、患者さんに十分説明しておく必要があります。
  患者さんが、とにかく非抜歯で!ということであれば、現状のテクニックを駆使すれば、どのような歯列不正でも取りあえず歯はきれいに並びます。矯正治療のゴールというのは、審美的な要素を多く張らんでいますので、患者さんの要望にできるだけ沿った治療計画を立てるのが原則です。
  ただ、矯正治療の目的の重要な要素に、機能面(発音、咬合、口腔周囲組織の動きとの調和)を無視するわけにはいけません。機能面の重要性について、歯科医は術前に十分伝える必要があります。歯科医院側の目指しているゴールと、患者さんが目指しているゴールのずれを、術前にできるだけ解消しておく必要があります。
”非抜歯を前提”にもう少し話をしてみたいと思います。症例1の上顎の歯列(図I)を例に挙げますと、非抜歯で全ての歯牙を歯列弓上にきれいに並べようとする場合、前方(黄色矢印)、側方(緑矢印)、後方(青矢印)の3つのどの方向かに拡大が必要です。
 元々上顎前突(出っ歯)ですから、前方(黄色矢印)へは拡大できません。左右へは拡げれますが、上下の咬合関係を考慮しなければいけませんので、治療上は、下顎を拡大するのか?拡大できるのか?によって上顎の拡大量が決定されます。
 また、拡大するといっても、上顎の歯牙を左右へ移動するのか、それとも顎骨自体を拡げるのか、によって装置が変わってきます。顎骨自体の拡大は、思春期成長の時期が適齢期で、図Jが上顎骨自体を左右へ離断する装置の一例です。図Jの赤丸の部分のネジを回すことにより、左右(青の矢印)へ装置が動きます。
 図K図Jから一ヵ月後です。図Kの赤丸の部分の歯と歯の間に少し隙間ができています。装置が直接ついていない場所に隙間ができていることから、上顎骨自体が、左右に離断されているのは、明らかです。顎骨自体の拡大は、まず後戻りしませんので理想的な拡大法なのですが、顎骨の成長が終わった成人では無理です。
 症例1の患者さん(図I)は15才ですので、図Jの装置(RPE:急速拡大装置)の適応症といえます。
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顎骨の成長の終わった成人の場合に頻用されるのが、固定式では図Lの拡大装置(QH:クワドヘリックス)です。左右に拡げたワイヤーを縮めて装着することにより、ワイヤーがもとの形に戻ろうとする力(黄色矢印)で歯牙が移動します。
 図Mは、小児に頻用される可撤式(取り外し)の床装置で、主に、歯牙の移動による拡大(黄色矢印)が起こります。
 図L,Mの装置の最大の欠点は、歯牙を横から押しているだけですので、歯根の移動はほとんど起こりません。歯根の移動には後で別の装置が必要になります。

側方(左右)への拡大装置の代表的なもの(図J、L、M)をご紹介しましたが、それぞれ長所、短所、適応年齢等があります。
非抜歯治療では、歯牙の萌出スペースが足りない場合、どちらか(3方向)への拡大または、歯牙の移動が必要です。どの方向へ、何㎜拡大するかは、術前の模型、顔貌、レントゲン等から決定します。上顎の拡大量は、ほとんど拡大ができない下顎の拡大量によって決定しなければいけません。成人の顎骨は、外科処置をしない限り拡大できませんので、歯牙だけの大きな移動をさせると、すぐ後戻りすることの認識が必要です。
 拡大、非抜歯で治療を行うと、咬合高径(かみ合わせの高さ)が上がりますので、例えば、成人の方で、開咬、叢生、しかも専門用語になりますが、ハイアングルの症例には、インプラント矯正でもしない限り良い結果は望めませんので、非抜歯、拡大治療の禁忌症といえます。
 上下の最終的な咬合関係(前後的、左右的、上下的)をどういう形に立案しておくか?も重要です。症例1のような臼歯がⅡ級関係の場合、下顎を前方へ出せるのか?出して良いのか?上顎臼歯の後方移動を行うのか?行えるのか?非抜歯ですと、上顎の前突感が残る傾向ですので、顔貌との調和は大丈夫か?といったことを、術前に十分把握しておく必要があります。

 拡大すれば非抜歯できれいに並びそうだ!というだけで治療計画を立てると、治療途中にいくつもの問題に遭遇しますし、結果として、患者さんが望んでいた歯並び、顔貌には程遠い状態になりかねません。床矯正、ワイヤー矯正、その他各種ある装置の原理、メカニクスについての知識、スキルがありすぎて困ることはありません。

 最近当医院へ矯正相談に来院される患者さんの大半が、”非抜歯治療後の後戻り”、あるいは”何年も治療しているのに、なかなか歯並びが良くならず、終わりが見えない”とか、”非抜歯で治療したが、自分が想像していた口元とは程遠い”とか、”治療経過や、今後の見込みについての説明が成されない、不安だ!”など、再治療、転医希望の方です。そんな場合、”担当医ともう一度よく話し合ってみてはどうか?”と促すようにしていますが、一度失った信頼関係は、なかなか回復できないのが実情です。

 良質な治療計画を立てるためには、一つの方法で治療しようとするのではなく、あらゆる装置、治療法の良い面を最大限引き出すスキルが必要です。例えとしては少し不適切かもしれませんが、和食料理を作るのに、和食の食材にこだわる必要はないということです。中華や洋食の食材の良さをうまく引き出せば、さらにおいしい和食料理が完成するはずです。

  話が元に戻りますが、図Iの青矢印の方向(奥歯を後方移動する)へ歯牙を移動することによって、前歯のスペースを確保することは、理屈上は可能ですが、いくつかの難問をはらんでいます。なかなか後方へは、歯は移動しません。
 歯科医サイドから言わせてもらうと、成人の場合、年齢が上がるにつれ、奥歯の後方移動は、最も難易度の高い治療といえます。
 症例1の図Iの青矢印の方向への歯牙の移動には、いくつかの装置が考えられますが、十分な知識と経験が必要になってきます。

大臼歯の後方移動については、次回触れて見たいと思います。

抜歯か?、非抜歯か?は矯正治療の永遠のテーマといえます。

一つだけ認識しておいてほしいことは、成人の方で、重度な歯列不正(叢生、開咬、上顎前突、反対咬合)に対しての非抜歯での治療には限界があり、問題を多くはらんでいる、という点です。