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第29回 ”見えない矯正”のオプション

歯の移動を行う矯正治療は、何らかの装置を口の中に入れないと治療になりません。

 最近の傾向として、できるだけ目立たない装置で治療して欲しい、という方が成人の方を中心に増えてきています。一般の方には
”見えない矯正”という言葉で説明する歯の裏側にブラケット(歯につけるボタンのようなポッチ)をつける”舌側矯正”が治療の一法として定着しつつあります。

 
”舌側矯正”は、装置が見えない、という最大の長所がある反面、多くの欠点というか、留意点があります。その辺りにも少し触れながら最近行った症例をご紹介したいと思います。

 ちょっと余談になりますが、”舌側矯正”を希望される方の職業は、どんな方でしょうか?

 
ほとんどが女性で、何らかの接客業に関わっている方というアンケート結果がでています。

 接客業といっても実際にはいろいろな業種があります。接客業の代表といえば、
スチュアーデスでしょうし、人前に出る機会が多く、装置が見えては絶対に困るといえば、タレントが恣意たる仕事になります。

 先日、現役の
ANA(全日空)のスチュアーデスの方が来られました。本人曰く、”見えない矯正”で治療してほしいと・・・。矯正治療について上司に相談したところ、お客さんにわからない装置で、仕事に差しさわりがなければOKだと了解を得たそうです。ちなみに、知人にJAL(日本航空)のスチュアーデスの方がいますが、JALの場合、見えない装置だろうがとにかく歯に装置をつける矯正治療はダメ!だそうです。

 この辺りに、社風というか、融通のなさを感じます。下記の症例で後述しますが、こういう方でも、”舌側矯正”はできませんが、”アクアシステム”なら可能です。いずれにしましても、
スチュアーデスを目指している方は、小児の時に歯並びをきれいにしておいた方が良いということは言えるのではないでしょうか。

本題に戻りますが、”舌側矯正”の長所、短所を私なりに具体的に挙げてみます。
 長所
   1)
審美的に最も優れた装置である
   2)装置が他人には見えないので、患者さんの社会的制約がなく、
     矯正治療を受ける機会が増える
   3)唇側へつけられない症例に適応できる
   4)装置を装着していることによるスポーツなどによる外傷による危険性が少ない
   5)口唇の位置を確認しながら治療が行える
   6)唇側につける装置と併用することにより、効果的な歯の移動が行える

 短所
   Ⅰ)装置による
発音障害不快感が装着初期において生じやすい
   Ⅱ)
プラークコントロールが難しい
   Ⅲ)毎回の診療時間が、唇側に装置をつけて行う治療よりかかる
   Ⅳ)一般に治療期間、費用が唇側につけて行う治療よりかかる
   Ⅴ)仕上がりが唇側からの治療より劣る場合がある


 私見を述べますと、
長所は上記の1)の審美面が全てといってもいいすぎではない思います。
審美性の良さ以外は、
患者さんに負担のかかる短所(上記のⅠ~Ⅳ)ばかりといえなくもないです。

この方は、成人女性で、約1年前に、上下の叢生(乱杭歯)を主訴に当医院へ来院されました。

 
図A~Dが治療前の口腔内です。正面(図A)ではあまり目立ちませんが、上顎(図C)、下顎(図D)ともに、歯が並ぶスペースが不足しており、横からの口元(図B)も、デコボコした感じです。

 職業は大学の先生で、日々教壇に立つので、”
見えない装置で治療してほしい”ことを第一条件に挙げて来られました。

 唇側(歯の表側)に装置をつけて行う矯正の場合は、ブラケット(歯につけるボタンのようなポッチ)を、一つ一つ目測で、丁寧に装着していきます。が、舌側矯正の場合は、治療前の模型(
図E)から、セットアップ模型図F:治療後を想定した模型)上で、図Gのようなブラケットを適正な位置につけるためのガイドとなる部品(CRCという)を個々の歯ごとに作製します。

 この作業は、治療後の質の高さを左右する非常に重要なステップで、通常歯科医の指示の下、歯科技工士が行います。が、当医院では、私自身が全て行います。どうして重要かといいますと、
セットアップ模型は、言うなれば、治療後の患者さんの歯並びを意味します。

 
どの歯をどの位置に移動させるのか、前歯はどれくらい前方へ出すのか、横方向への移動はどの程度行うのか、適正な顎運動が行える位置づけにもしなければなりません。 歯科医が、知識と経験を十分に発揮せねばならない、舌側矯正では、一番重要な工程と考えています。
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図Hがブラケットを装着しているところです。図I上顎、図Jが下顎で実際に歯の移動を開始した時期です。もともと上下ともスペース不足でしたので、前方、及び側方に若干拡大しながら、歯列をアーチ状に整えていきました。

 
図K、L、Mが治療開始6ヶ月目です。実は、ここで、ちょっとしたハプニングが起きました。

 患者さんが、”先生、私来月から6ヶ月間アメリカへ行くので当分来れないんです”といきなり言われました。矯正治療途中に、今回の場合のように、半年単位で来院できなくなるケースが時々あります。
 
 通常ですと、一旦装置を全部はずして、治療途中の保定装置(取り外し)に変えるのが一般的です。このまま装置をつけっぱなしですと、舌側の装置の場合、
カリエスリスク(虫歯になりやすさ)が高いのに、プラークコントロールの指導が全くできませんし、万が一ブラケットが取れたら、治療自体が後退することになります。

 しかし、今回は、患者さんの、ー
”少しでも治療が進む方向での治療法はないのですか?”という要望もあり、治療続行という手法を”アクアシステム”で行いました。アクアシステムの詳細については、歯並びの話のページの第13回<夢の矯正装置 アクアシステム>をご覧ください。
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図Nが上顎、図Oが下顎のアクアトレーです。図P、Q、Rが口腔内に装着したところです。通常2,3ヶ月ごとに歯の移動具合を確認しながらトレーを作り変えていく治療をするのですが、半年間来院できないとのことなので、少しずつ歯の位置を変えたセットアップ模型を3個作製し、トレーも上下3つずつ作りました。

 
渡米中は、トレーの交換時期などを、メールで適時指導しながら、という方法をとりました。 直接診察せずに治療を進めていく、という方法には、不安な面もありましたが、そんな不安も帰国後の再来院時に、一掃されました。

 
図S、T、Uが、帰国直後の状態です。6ヶ月前(図K、L、M)と比べると、着実に治療が進んでいることが、一目瞭然です。アクアシステムは、100%患者さんに依存するシステムです。

 適切なトレーを作製しておいて、使用方法、装着時間を患者さんがきちんと守っていただけられれば、今回のような特殊な環境においても、治療を進行させていけれるんだなーと実感しました。
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その後、再度、舌側装置をつけて、3ヶ月かけて、個々の歯の微調整を行いました。治療後が、図V、W、Xです。この患者さんは、この後、1年の予定で再渡米されました。

 矯正治療というと、どうしても治療期間がかかる、というイメージがありますし、実際、2,3年必要な症例もあります。

 今回の症例のように、グローバルに仕事をされている方に対しては、
治療のスピードや、治療方法の選択肢をいくつも持ち合わせていないと、治療自体ができなかったり、不必要に治療期間が長引いてしまうことになりかねません。

 成人の方の場合、社会的な制約が、治療を難しくすることが多々あります。例えば、半年後に留学するので、それまでに治療が終わるように、とか、治療したいが、遠方なので、2,3ヶ月に一回しか来れない、など。
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私の場合、現実的に不可能な要望を除いて、多種多様なニーズにできるだけ答えていきたい、という思いがあります。ですから、治療するにあたっての優先順位をつけてもらっています。

 具体的に例を挙げますと、

①治療期間の長短
②治療費の高低
③抜歯の有無
④唇側装置か舌側装置か、固定式か可撤式か
⑤外科処置への抵抗感
⑥審美性への配慮

 精密検査により診断を下した後、どのような装置で行うかは、患者さんの、①~⑥への考え方でほぼ決まります。とにかく早く、というのであれば、外科やインプラントを利用した治療計画になりますし、時間がかかっても、治療費を抑えて、ということであれば、治療の初期、中期までは、できるだけ可撤式(取り外し)の装置を使うようにしています。

 治療する際、特に要望がない場合は、Aコース、Bコース、Cコースというふうに、いくつかの治療計画を立てて、各コースの長所、短所を全て説明するようにしています。

 治療の主役は、患者さんです。矯正治療に関しては、治療方法だけでなくゴールを決めるのも患者さんだと、思います。

 私たち歯科医は、現在行える全ての治療方法について、情報公開する義務があると考えます。