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第116回 診断力を身につけるトレーニング・・・①

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今月も、あっという間に月の半ば過ぎとなった。先週の日曜日は、当クリニック主催の矯正コースの第3回目を行い、20名の歯科医の参加者とともにセファロ分析ワイヤーベンディングで有意義な一日を過ごした。休診日の木曜日は6月中旬まで全て提携歯科医院での出張オペで埋まっている。また、矯正治療の出張指導を数件の歯科医院の依頼で始めたため、さらにタイトなスケジュールになっている。

時間の許す限り、若い勉強熱心な歯科医に何かしら伝えて行きたい、という思いは持っている。少しでも岡山県の歯科医療のレベルアップの底上げに貢献できればと思っている。そして、これからの開業医は、複雑な病態に対応するためには分野を問わずオールラウンドに治療できる歯科医が最も良質な医療が提供できることを、あらゆる場面を通じて伝えたいと思っている。

そんな中、先週土曜日は、恒例の月1回行っているODC例会を行った。ODC(Okayama Dentists Club)とは、岡山県の歯科医を中心とした学術に重きを置いたスタディーグループで、現在会員が30名余りで運営されている。

今回は、T先生の症例発表に引き続き、4つ模擬ケースを提示しての参加者全員での症例検討を行った。

グループに分かれ、診査資料を基に診断を下し、治療計画を立てて代表者が発表し、全員でディスカッションするというスタイルで行った。

臨床に正解はなく、30名いれば、30通りの考え方・治療計画が立案できてしまう。気づくポイントや思考過程はさまざまで、別の歯科医の意見を聞くことにより、発想の柔軟性や自身の偏った見解に気づくのである。非常に有意義な時間であったと思う。

患者さんが歯科医院へ来院された時の主訴である現症の背景に、いくつものその状態に至った経緯がある。そして必ずと言っていい程、歯科医による何らかの治療介入が存在する。

なぜそのような状態になったのか?を追求し、原因を探索することが始めの一歩である。図Aの方の問題はどこにあるのか?マクロ・ミクロ・マイクロというふうに、顔貌・歯列・個々の歯牙と順次大きな要素から小さな場所へと視点を移していくべきである。

とかく歯科医は、個々の歯牙の問題ばかりに目を奪われがちであるが、まずは広い視野から検証し、問題点の総論について考察すべきである。

その後に、図Bのようにブロックとしての問題点の一つである近心傾斜した歯牙の整直(アップライト)のためのテクニカルなアプライアンスについては?、といった各論について議論すべきである。

第2ケースの初診時の正面観が図Cですが、40代前半の男性、主訴は左上中切歯の腫脹でした。別の歯科医院から当クリニックへ紹介されてきました。上顎前歯部を拡大したのが図Dです。フィステル(膿瘍形成)が2か所に観察され、隣在歯との歯間乳頭部にも腫脹が見られました。

臨床的には、一見して歯根破折が濃厚な状態でした。歯肉辺縁部でも根尖部付近でもないフィステル形成は、疑う余地の少ない所見でした。

CTレントゲンのセクション像(図E)にて唇側の骨壁が高度に吸収していること、根尖ぶから口蓋側の支持骨も高度に吸収している像が見てとれました。前医にて約1カ月消炎処置を繰り返しているとのことでしたが、いわゆるホープレス状態でした。

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図FのようにデンタルX線14枚法とペリオチャート(歯周病検査)からり、同部位以外に著変は見当たりませんでした。

図Gの口腔内写真を含めたさまざまな診査データを下に、如何にして診断を下し、治療方針を決定していくか?が最も歯科医の腕の見せ所であるし、最も重要な工程です。

30名の参加者からは、さまざまな意見が出ました。どうしてこの歯牙(左上中切歯)は歯根破折したのか?はもちろんのこと、この歯牙が失活歯(根管処置を施した歯)に至った原因は?、及び40代前半という年齢でカリエスや歯周病の素因が少ないにも拘らず上顎前歯部4本は抜髄されているのはなぜか?等を突き止めない限り、治療に着手することはできません。

もっと言えば、上記の原因が判明しないのに、左上中切歯にどのような補綴処置を行っても、長期的な安定は見込めません。”診断力を磨くことは、臨床力を養う上での必須のトレーニング”ということです。

図Hが抜歯に至った左上中切歯です。根尖部に肉芽組織が付着しています。歯根肉芽腫の様相で、側面からのアップ(図I)で、亀裂が入っているのが確認できます。補綴物と歯牙との間に段差ができていて、感染ルートの一端を垣間見ることができます。

同部へは、通法に従って、抜歯即時でインプラントを埋入、GBR(骨造成)とCTG(結合組織移植)も同時に行いました。

話が戻りますが、このケースの最大の問題点は、なぜこの歯牙が歯根破折に至ったか?です。

実は、この方は、咬合(咬み合わせ)に大きな問題を抱えていました。図Cの初診時の正面観で気付かれた歯科関係者がおられましたら、かなりの臨床経験をお持ちの方だと思います。

口腔内が崩壊していく原因には、大きく2つの要素(炎症と力の問題)があります。炎症とは、虫歯菌や歯周病菌に代表される細菌感染で、もうひとつの大きな因子が力の問題です。不適切な咬合関係・咬合状態で、持続的にある一定の歯牙に負担荷重が長期に渡ってかかると、外傷性の破壊が進行します。

この患者さんの場合、該当歯牙に何らかの原因で過重負担がかかり続けた可能性がある、と推察されます。では何らの原因とはいったい何でしょうか?
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図Jは、オペ中の口腔内です。抜歯部位へのインプラント埋入、唇側への周囲骨と代用骨をブレンドした骨造成、その後メンブレンを引き、口蓋から採取した結合組織を移植して縫合しました。基本に忠実かつ丁寧な手技を心がけました。

図Kは術中のインプラント埋入直後の状態です。唇側にわずかに残っていた健全な骨壁は、その後の処置の予後に影響する大事な組織ですので温存しました。埋入ポジション(唇舌的、近遠心的)と深度には細心の注意を払います。

このケースの歯根破折の原因には咬合の問題が関与しているだろうと前述しました。図LがCO(中心咬合位)での左側側面観ですが、上下顎側切歯部は反対咬合で、犬歯は咬頭対咬頭、臼歯部は交叉咬合で、犬歯にファセッテがありガイド歯牙であった形跡が見られます。顎偏位がないのに左右側で犬歯以降の臼歯部を含めてシザースバイトぎみ、という特徴を有していました。

ところが左側方運動をした時は、図Mのようにガイドティースが左上中切歯のみで、側切歯以降は離開した状態(図Mの赤丸)でした。この事は大問題です。側方運動時、中切歯のみにガイドさせるという機能的な咬合様式の概念は、世界中どこを探しても存在しません。

つまり”補綴物の形態付与、咬合様式の与え方に問題がある”という結論になります。左側の側切歯が反対咬合であることを考えると、左側中切歯も萌出時には反対咬合であったとも推察できます。そして、審美的な改善のため補綴的に正常被蓋に歯科医が治療したことにより、歯根破折の原因を作ったと考えられます。

ですから、治療計画としては、犬歯又は犬歯以降の前方側方歯にガイドティースを付与することが必須となります。

矯正治療によって臼歯部のクロスバイトを解消させるか、補填的な妥協案にはなりますが、何らかの修復処置によって切歯部を側方ガイドティースに参加させない形態を付与しなければいけません。

今さら言うまでもないことであるが、”主訴は1本の歯牙であっても、診査・診断は、一口腔単位で行うことを習慣化することによって、さまざまな問題点を多角的にとらえることができるようになる目が養われます。”

そのためには、基礎データの収集と分析を十分時間をかけて行いあらゆる問題点をピックアップすること、そして解決のための治療法を多分野の知識を結集してリンクさせながら練り、治療計画に反映させる、というステップを行う必要があります。
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30名の参加者とともに、”思考すること””着眼点の視野を拡げることにより見えてくる世界が変わってくる”ことを共に学びました。
日々の診療は、とかくテクニカルな面ばかり目がいきがちですが、実は、手技の上達の前に、”診断力を磨くこと”はもっと大切かつ難しいことだと感じます。

次の日曜日は、東京から高名な外部講師を招待してODC主催の実習付きの”咬合セミナー”を岡山で開催します。多くの参加者とともに学びの時間を過ごせればと思っています。