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第122回 咬合再構成ケースの治療戦略とは・・・

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私たち歯科医は、治療行為を通じて、”顎口腔系”の問題解決のために日々診療を行っているのだが、時として病態は複雑な状態に陥っていることがある。歯科医による広範な治療歴(多数歯に渡る修復物が存在する)があるケースの多くは、さまざまな不快な自覚症状、臨床症状を呈している。
いったい”何を基準にどこを目指して治療方針を決定し計画を立てればよいのか?”迷いが生じる事がある。

昨今、開業医として、かかりつけ医として全分野をモーラーした包括的治療(総合的な治療)が行える”総合治療医”が求められている”と切に感じる。そして、生体に優しい治療を心がけたい!、という想いもある。

長期的に安定した口腔内に導くという命題の下、総論と各論のどちらの観点からも熟慮し総合診断を行えること、そして同業の歯科医から見て、コンセンサスが得られる治療を行える治療戦略も求められている。
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今回、当クリニックに来院された一つのケースを事例に、顎口腔系において唯一歯科医が変化させることができるアンテリアガイダンス(歯牙による規制・誘導)の適正な整備の意味するところについて総論的な話をしてみたいと思います。上記の方は、さまざまな主訴(左上4頬側歯肉の腫脹、前歯部の審美障害、咀嚼障害、顎関節痛など)をお持ちでした。

上図の上2枚が初診時(40代女性)、下図2枚が1年半後の治療後の上下顎咬合面観です。初診時、上顎4前歯欠損に対してロングスパンの9本連結のブリッジ(右上4~左上5)が装着されていましたが、左上4は歯根破折していて、抜歯せざるを得ない状況でした。上顎左右7番は欠損していて、下顎は歯列全体が叢生(乱杭歯)状態でした。

つまり、上顎は合計で7本の欠損状態からの治療スタートなわけです。40代でなぜ多数の歯牙を失ってしまったのか?を治療を行う前に考察し、問題解決の指針・方法を模索することが、非常に重要な工程です。
この患者さんは、プラークコントロールは良好で、全身的に歯周病を増悪させる素因・誘因する因子はありませんでした。
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上図は、治療中(4カ月後:4M)と治療前(Pre)、治療後6年(Post 6Y)経過時のパノラマレントゲン像です。
治療を進めていき、生体の機能に調和した新しい咬合(咬み合わせ)を獲得し、長期に渡り安定させるための戦略が必要です。初診時には、アンテリアガイダンスに関して下記のような多くの問題点を抱えていました。

1)上下前歯歯軸の傾斜、舌面形態の不正
2)下顎前歯切端の位置の不正(挺出している)
3)前歯部オーバーバイト、オーバージェットの不正(ともに大きい)
4)犬歯関係が左右ともにⅡ級による側方ガイドの問題
5)Tooth-size ratio(Bolton analysys)の不調和
6)咬合平面の彎曲化(下顎左右臼歯部の近心傾斜)
7)下顎歯牙全体の叢生による不安定なセントリックストップ

歯科医は、どうしても口腔内の問題ばかりに目を奪われがちですが、このページの最初のスライドで、”木を見て森を見ず”になっていませんか?”の問いかけは、顎顔面、もっといえば頭蓋部を含めての診査が必要であるということを意味しています。最近頓に感じています。

なぜなら、下顎運動の制御の中心的役割をしているのは、歯牙ではなく咀嚼筋群や舌、頬粘膜などを中心とした私たちが直接は介入できないコンポーネントに依存しているからです。

顎関節部(下顎頭の形態や位置、関節結節部の形態など)は、生涯を通じてさまざまな負のファクター(例えば歯科医の誤った治療)を補填・代償する形でりモデリングを繰り返すことが、周知の事実となりました。

ですから、顆頭安定位であるCR(中心位)に関する正しい位置の論争をしても、結論としては無意味ということになります。

図A~D
は、当クリニック設置の広範囲撮影が可能なCTレントゲン像を3D化したものです。

頭蓋部の基準点を撮影できることが重要です。

硬組織~軟組織へ順次観察していきます。360°どの方向からも診査し、基準点、基準となる角度の標準値から1SD超えたエリアをピックアップし、頭蓋・顎顔面の骨格系(Skeletal)の分類・グループ分けをし、現症との相関関係を比較したり治療方針に反映していきます。

この方の場合、概診断としては、Faxcial type はややハイアングルなDolico typeで、前後的には上下顎前突(Bi-maxillary type)、左右的にはシンメトリーでした。

さらに詳細な評価を、顎関節部、犬歯・臼歯関係との相関からグループ分けして、歯槽系(Denture pattern)の問題点を含めて総合評価していきます。

主な咀嚼筋についてはボリュームデンタリングも可能となります。
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図Eの上図2枚が術前、下図2枚が術後です。治療咬合の目標の中に、安定したセントリックストップと特定の歯牙に荷重負担にならないようにガイドティースを設定すること、そして偏心運動時に臼歯部の離開(ディスクルージョン)を与えることがあります。

図Eの下2枚のように術後には、犬歯関係はⅡ級→Ⅰ級に改善され、緊密な咬合接触を最小限の修復処置により行いました。

図Fは治療中ですが、歯牙の位置の不正、咬合関係の是正の初期段階の基本治療で、矯正治療が必要な場面が多く存在します。

上顎については、7本欠損の状態のままでの補綴治療は支台歯への負担が大きすぎることから、71147の5か所へのインプラント埋入を行いました。左右7相当部へは、サイナスリフト(上顎洞挙上術)を行っています。

下顎については、図Fの下2枚の口腔内写真のように、左下8抜歯と同時にインプラントアンカーを埋入・利用して臼歯部の整直(アップライト)とレベリングを開始しています。

図Gのパノラマレントゲン像は、治療開始4カ月です。左下4相当部へはGBR(垂直的骨造成)後に矯正によるスペースが獲得された時点でインプラントを埋入しています。治療中は仮歯(プロビジョナル・レストレーション)を改変しながら機能的な咬合を模索していきます。

図Hは、左側側面観の治療経過です。右下の18か月でファイナルレストレーション(最終補綴)への移行準備がかなり整ってきましたが、まだ咬合の緊密化は不十分です。図Hの右下と図Eの右下の写真を比べて頂くとわかると思います。さらに3ヵ月の調整を経て最終補綴を行いました。

このケースを端的に結論づければ、下顎歯牙の位置の不正をそのままにして上顎への補綴処置を繰り返したことが、上顎の歯牙が次々に失われていった原因と考えます。

当クリニック初診時の下顎歯列の位置(前臼歯とも)のままでどのような上顎への治療を行っても、咬合力に耐えうる力のコントロールは不可能です。緊密な咬合接触は当然として、適正なアンテリアガイダンスの付与はできません。
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咬合不全・咀嚼障害に陥った方のフルマウス・リ・コンストラクションを行う場合、骨格系である頭蓋・顔顎面の評価が重要であると同時に、Plimary treatment としての歯牙の位置是正を検討する必要があります。

もちろん実際に行う治療に際しては、歯科治療の4本柱である”矯正・補綴・外科・保存”の知識と技術、経験をバランスよく駆使していくことになります。

各ステップでの詳細な治療経過については専門的になりますので割愛しますが、一口腔単位で診査・診断をし治療計画を進めることより一歩進んだ一頭頸部単位での診査・診断、治療介入が求められる時代に突入したと感じます。

とかく歯科医は口の中、しかも歯牙ばかりに目を奪われ狭い視野に陥りやすいですが、スタートラインとしては、もっと広い視野からのアプローチが必要かと感じます。

このケースの方と同様に不定愁訴を抱えた遠方からの来院が後を絶ちません。先日も東海地方から来院された方のインプラントを撤去しました。骨結合している歯根タイプのインプラントです。明らかに問題のある治療が行われていてました。HPでは派手な広告をし、年間○○○○本埋入、90何パーセントの成功率と宣伝文句を並べているが、結果はずさんでした。

最近、インプラントのトラブルが非常に多いのが気になります。インプラント治療は、適正に利用すれば有益であることは間違いないのですが、欠損補綴の一オプションというスタンスではなくインプラントありき、インプラントを全面に押し出して治療に取り入れている一部の歯科医院が見受けられるのには首をかしげます。歯牙保存への努力をどこまでしていますか?と問いたい。
インプラント治療は危ない治療、不確実な治療といった、ネガティブなインフォメーションが世間に定着してしまうことを危惧するのは私だけでしょうか?

歯科医ができること、知っていることはたかが知れています。現在の病態に陥った原因を真摯に追求し、可能ならば最小限の治療で長期的に安定する状態を獲得し、継続して検証する、というスタンスをとるべきと思います。

スタンダードな治療、そして先人達が積み上げてきた科学的に根拠のある治療を感覚的ではなくシステマチックに行いたいという想いです。
また、ロジックに同業の歯科医にも説明できる治療行為、そして謙虚さと検証を継続していくことが”良質な歯科医療の提供”へとつながると考えます。