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第119回 審美修復症例②・・(前処置の重要性)

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上の口腔内写真(正面観)の患者さんは、上顎前歯部の歯頸部からの出血(赤丸部)を主訴で来院された20代の女性である。
赤丸の部位の歯肉が腫脹していて、軽くブラッシングしただけで出血する状態で、明らかに歯肉炎の様相を呈していました。

前医院では、”もっと丁寧にブラッシングするように!”と指導されていましたが、患者さん自身の問題というより左上12に不適合なセラミックの被せが装着されていて、被せの境が歯肉縁下に深く入り込んでおり、Biologic width(生物学的幅径) を浸襲していることが最も大きな原因であることは明白でした。
図Aのように、初診時の歯と歯肉の境は、全体に渡って発赤して腫脹していました。左側の12(画面上は右側)にはセラミック素材の被せが装着されていましたが、不適合なため、プラークコントロールが上手くできない状態でした。

図B、図Cが、左上12の補綴物を除去した状態です。左上2に関しては、抜歯適応と診断する歯科医がいても不思議がないほど、全周に渡り歯肉縁下まで深くカリエス(虫歯)が進行している状態でした。

歯肉縁のスキャロップの彎曲が大きく、トップの位置が左上1より低位にあるため、このままカリエスを除去して補綴物を装着すると、審美面はもとより生物学的幅径を侵すことになり健全な歯周組織環境に改善することは不可能です。

また、歯肉切除をすれば歯肉縁のスキャロップのトップの位置が低位になり、歯冠高径の長い補綴物になって隣在歯との調和は図れません。

歯槽骨頂、歯肉縁、CEJは相似形であるという原則を、「Dento gingival complex」 といいます。この生理的・生物学的環境の大前提に遵守し、補綴物のフィニッシングラインを歯肉縁下深くには入れない工夫が必要です。

もちろん、若年者であり上顎前歯部という審美領域であることの配慮が必要であることは言うまでもありません。

補綴前処置である歯肉切除、歯肉移植による歯冠側移動術、矯正的挺出などのオプションの中から、できれば浸襲は小さく効果的な方法を選択することになります。

今回は、図D、図Eのような矯正装置を左上2に装着し、「矯正的挺出」を行い、主に軟組織のボリュームの増大を図り、保存的に治療することを目標としました。

歯牙の挺出(歯肉から引っ張り出す)処置は、先ほどお話した Dento gingival complex の環境を維持したまま生体の許容範囲を拡げてくれます。言い換えれば、難易度の高いハード・ソフトの移植処置をしなくても組織の増大をある程度させることが可能です。
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図Fが、矯正装置を装着した時の唇側面観です。1か月に1㎜の歯牙移動を目安に歯冠・歯根比が大きく逸脱しない範囲で健全象牙質を歯肉縁上に設定できる位置まで矯正を行います。唇側面には、シェル状の仮歯を装着しています。

図Gの左上が矯正開始時、右上が3か月後です。歯肉縁レベルが改善され、歯肉縁下カリエスだった黒い部分が歯肉縁上にでてきました。歯根膜が温存された歯根の挺出により、軟組織もつられていっしょに上がってきます。

繰り返しになりますが、矯正的挺出は、歯根周囲の歯槽骨の新生・歯肉の増大を促進させ、歯周組織環境を改善できます。

その後、図Gの下図2枚の写真のように、ファイバーコアによる支台築造後支台歯形成を行い、歯肉縁下1㎜に補綴物のフィニッシングラインを設定しました。若干歯肉縁領域の歯肉を切除してトリーミングしています。

左上1と左上2は支台歯の色調が違うので、ポーセレンの厚みに自由度を持たせるため形成量(厚み)を変えています。

図Hの4枚の写真が、術前から術後への経過写真です。治療上のポイントは、左上2の歯肉縁レベルの保持をどのように行うか?でした。

患者さんは若年者でしかも審美領域です。高品質な結果を求めるためには、付加的な処置が必要になることもあります。そのためのさまざまな補綴前処置が行えるオプションの提示とスキルが必要です。

今回は、矯正的挺出と若干の歯肉整形で対処しましたが、生物学的配慮からフラップマネージメント(歯肉形成外科)がコンビネーションされることも多くあります。

図Iが治療後の上顎前歯部の正面観です。健康な歯肉が回復され、炎症所見が認められないことが必要要件になります。患者さんの満足度は非常に高かったです。

審美歯科治療というのは、どんなセラミック素材を使用するか?ということ以前に、生物学・構造学・咬合に代表される機能面を配慮しての治療計画と各ステップの正確性の方が重要です。
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同業の歯科医が見て”コンセンサスの得られる治療を行っているか?”、”グローバルスタンダードに乗っ取った多角的な視野で思考し、エビデンスに基づいた包括的な治療が行われているか?が良質な治療か否かの判断と考えます。

そして、生体に優しい治療、可能な限り歯牙保存に努め、生体の治癒能力を最大限利用した治療を行いたいという想いもあります。

先日、東京で講演を行った時、会場の歯科医から、”石井先生のケースはオーバートリートメントが多いのでは?”とのご指摘を受けました。

”患者さんが言うがまま、治療してほしいところだけを触っていくのが僕のスタンスなのですが、間違っていますか?”とその歯科医は主張されました。

私はその先生に、逆に質問しました。では、”アンダートリートメントとオーバートリートメントのボーダーの判断基準はどこに置いていますか?”と。

私は、歯科医による治療介入後に長期的に安定することを目標にしています。ですからアンダー・オーバーという定義は存在しません。例えて言うなら、低浸襲な治療を行って患者さんうけはよくても、早期に問題が再発するようでは良質な治療といえるのでしょうか?

この話題については、ケースを挙げてまたの機会にお話したいと思います。