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第90回 ”高度かかりつけ総合歯科医”を目指して・・・③

矯正専門を掲げて開業している歯科医を除いて、日本全国ほとんど全ての歯科医は、一般歯科を傍標している。一般歯科とは、言いかえればさまざまな分野の歯科医療を全て行う”何でも屋歯科医”を意味する。

では、多くの分野の知識、スキルをフル回転させて診査・診断の段階から治療計画を総合的に立案し、その上で治療にあたっている歯科医が全国にいったいどれくらい存在するのだろうか?

”高度かかりつけ総合歯科医を目指す!”ということは、非常に高いハードルがいくつも待ち構えている。丸投げ分野が一つでもあっては偏った治療になりやすいことは、前回お話した。得意分野を持つことは強みであると同時に、治療計画段階からその分野からの偏った発想になりがちである。自分の得意分野中心でのみ処理しようとするため問題点を引き起こしやすいばかりか、治療中の軌道修正も難しい局面に出くわすことになる。

診査・診断のための基礎資料を採得した後、問題点を抽出し、あらゆる治療法の可能性、引き出しを同じ土俵で考えれることが、”高度かかりつけ総合歯科医”を目指す歯科医の出発点であると強調したい。

そして、その際、最も配慮しなければいけないのは、”患者本位”という発想である。昨今の歯科雑誌を見ていると、患者の思いは二の次で、”術者主導”の、歯科医がやりたい治療を行ったとしか思えないオーバートリートメント(不必要な過剰な処置)のケースを散見するのは残念では済まされない悲しい現実がある。

審美歯科が脚光を浴び、歯肉ラインのシンメトリー(左右対称性)のための高度な軟組織・硬組織処理のスキルが必要な時代になってきたのは事実であるが、全てのケースで、審美領域はシンメトリーである必要があるのだろうか?

審美主眼の治療は、歯牙の切削量が増える傾向にある。健全歯(バージンティース)の保全は本来私たち歯科医が最も考慮しなければならない重要項目の一つである。安易な歯牙の切削は絶対避けなければいけないはずだ。

また、外科処置での低浸襲を謳い文句に、インプラント治療を中心にフラップレス(歯茎をめくらない)で非常にリスクの高い治療法を選択し、結果オーライであっても、メーカー主導の全くコンセンサスの得られない症例も誌面を賑わしている風潮には非常に違和感を感じる。

上記の私見を踏まえ、サブタイトルの”補綴VS矯正”という観点から症例を通じてお話したいと思う。

仮に、治療介入の初期段階で補綴治療と矯正治療の両方の選択肢が可能な場合、何を基準にどちらの治療法を誰が決定するのだろうか?

もし、下記の一つ目のケースのように、矯正治療というオプションがスルーされた場合、修復処置、補綴治療で歯列や個々の歯牙の位置異常を是正し、審美面を考慮した機能的咬合の確立を行わざるを得なくなる。若年者でバージンティースが多い場合ならなおさらMI(Minimal intervation)の観点から問題が生じやすい。


一つ目のケース(図A~図F)は上下前歯部の乱杭歯(叢生)が主訴の20代の女性で18年前のケースである。

左縦欄(図A,C,E)が術前、右縦欄(図B,D,F)が術後である。歯科医療とは程遠い恥ずべき行為を行っていました。

確かに患者さんの主訴は改善されています。上顎8本、下顎6本の健全歯を切削し、オールセラミックで修復しています。

歯列の不正は改善されているものの個々の歯牙の形態や歯肉ラインが不揃いで歯間部のブラックスペースを隠すためにスクエアの歯の形状になっています。

矯正というオプションを持ち合わせていなかった時代、患者に言われるがまま(短期間で見栄えをよくしてほしい)、年齢や予知性を無視したその場限りの低品質の補綴ありきの治療である。

患者の希望を優先したことで自身が行った治療を正当化する誤った医療であることは明白で、懺悔の気持ちでいっぱいである。

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補綴(被せや修復)治療と矯正治療は、治療の初期段階、日常臨床において、しばしば対極に位置し、選択に迫られる場面に遭遇する。

上記のケースのように、明らかに矯正治療で歯列の問題、咬合の問題を解決すべき場合に、患者さんの”短期間で治療してほしい!”との要望が非常に強かった時、浸襲の大きな多数歯の歯牙の切削を行って許されるのだろうか?

医療従事者としては、”NO”と言うべきであろう。少なくとも”患者本位”とは言えない。この治療の10年、20年後の予知性はどうであろうか?もちろん”?(不確定)”である。

次の症例(図G~S)は、5年前のケースである。
下顎両側5番が舌側転位していたため前医にて抜歯、抜歯後の補綴処置の説明はなく約3年経過後当クリニックを来院。「上顎の前突感及び抜歯スペースへの食片圧入、咀嚼障害」を主訴に来院された20代の男性である。

全顎矯正(主に咬合平面の是正、インプラント埋入スペースの確保、機能的咬合、生理的顆頭安定位の確立)の後に、抜歯スペース(下顎左右5番相当部)へは、インプラントにて補綴、修復を行った。健全歯の切削は一切行っていない、というのが治療介入の概略になる。

少し噛み砕いて説明してみます。

図Gが、初診時のパノラマ像です。図Hは、図Gと同じく初診時のパノラマ像です。

図H赤丸の場所(下顎左右第二小臼歯)が前医にて抜歯された状態で来院されました。その後抜歯部位の欠損への補綴に関して何の説明もなく放置された状態でした。

「ここ1年ほど、だんだん上顎の前歯が出てきたこと、そして欠損部へ食べ物がつまりやすくなった」、という審美障害、咀嚼障害が主訴でした。

図H青矢印のように、欠損部を放置していると、後方の歯牙が前方(近心)へ傾斜してしまうことはよくある現象です。一方前方の歯牙は、後方へ傾斜していきます。
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図I~Nが初診時の口腔内の状態です。右上1番、左下4番に不適合の被せである補綴物が存在します。

図J(側方からのアップ)のように、上下顎前歯部の前後的なずれが大きく、上顎前突入(出っ歯)の状態でした。

図K(右側面観)、図L(左側面観)から、下顎左右第一大臼歯が近心(前方)へ傾斜していることが見てとれます。

図M(上顎咬合面観)の上顎歯列弓の形態には異常は見られませんが、図N(下顎)において、青丸の両側第二小臼歯相当部が、1~2㎜しかスペースが残っていない状態でした。

このケースの場合、もし補綴治療でのみ処理しようとすると、図O青四角部分に3本連ねたブリッジという設計になります。当然両隣在歯は切削しなければいけません。右側に至っては、支台歯の平行性の問題から、歯髄処置をして失活歯(神経をとる)にしなければな補綴ができません。

非常に浸襲の大きい不可逆的な治療と言わざるをえません。また、上顎前突の問題は残されたままです。
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図P~Rが実際に行った治療後の口腔内です。咬合平面を平坦化し、各歯牙の歯軸の平行性の改善に努め、抜歯スペースへのインプラント埋入の隙間を作るための矯正治療を補綴前処置として行いました。図Qのように術前の上顎前突は改善され、第二小臼歯相当部へはインプラントによる補綴を行うことができました。

適合補綴物の右上1(オールセラミック)、左下4(セラモメタルクラウン)に関しては再製作をしましたが、それ以外の健全歯の削除は一切行っていません。

図Rが術後の下顎咬合面観ですが、図Nの術前と比較しておわかりのように、歯列弓や個々の歯牙の位置異常は、歯周病的な問題がない限り、可能な限り矯正治療を第一選択肢としてプランニングすることが、”患者本位”であり、低浸襲”の治療介入になることは明らかです。

図Rのように、大臼歯部の整直(アップライト)を行うことにより、偏心運動時の早期接触や咬合干渉がないポステリオ・ディスクルージョンを付与でき、良好な咬合様式へ改善しやすくなります。

個々の歯牙の”長期的な保全、予後”という観点からも受け入れられる治療ではなかったかと思われます。

図Sが術後のパノラマ像です。補綴治療を行う前に矯正治療を行うことにより、補綴治療が行いやすい環境が整います。繰り返しになりますが、術前(図G)と比較して、新たな歯牙の切削はいっさい行っていません。とても重要な点といえます。

安易ではないにしても、補綴治療で全ての問題点を改善しようと頼りすぎると、歯牙の切削量が増えていきます。審美を中心に考えるとなおさらです。
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しばしば、良質な審美(見ため)治療は、良好な機能(咬むこと)も伴う、と言われるが、審美への過剰な追及は、結果的に人工物に頼った健全歯への浸襲(切削や場合によっては抜歯)が大きくなる傾向が否めない。

要は治療のゴール設定をどこにおくか?であるが、歯科医の自己満足のためのオーバートリートメントにだけはならないようにしなければいけない。

上記の2つのケースのように、矯正治療と補綴治療は、日々の臨床である意味”対極に位置する”場面に頻繁に遭遇する。

上記の1ケース目のように、”患者さんに拒否されたから”、という理由だけで、切削による補綴治療で審美治療を行ったとするならば、明らかに誤った医療である。最小限の介入で最大限の効果が得られる治療を選択すること、そして不可逆的(元の状態には戻せない)な治療介入へは熟慮の上、慎重な姿勢で臨むことが重要である。

繰り返しになるが、”高度かかりつけ総合歯科医”を目指すならば、”矯正VS補綴”ということで言えば、治療の初期段階で”矯正治療”を絡めたプランニングをまずは模索してみること、プランニングできることが必須不可欠である。

言い換えれば、”天然歯に勝る補綴物はない!”というのが真意である。

続く・・・・