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第79回 診断力を鍛える!・・・顎偏位①

日々、さまざまな主訴をお持ちの方が来院する。
開業医の一人である私の下に、多種多様の治療遍歴をお持ちの非常に複雑な現病歴、現症がある方が来院する。
精神面のケアから始まり、歯科医として、どのようにアプローチするのか?できるのか?を模索する毎日である。

そんな中、顎(あご)の不快症状、顔面の偏位、かみ合わせの不具合などを主訴にさまざまな自覚、他覚症状を山のように抱えて来院される方が後を絶たない。

前歯科医による何らかの手が加えられているケースも多い。非常に複雑な病態をしているため、十分すぎる診査・診断をしてから治療を開始しなければならない。

補綴(かみ合わせや顎運動)、外科(顎関節、顎骨の形態、解剖学)、矯正(歯並び、顎顔面の成長・発育)などの知識を総動員して始めて現状の問題点が浮かび上がってくる。デジタル機器、ME機器の恩恵も受けなければ診断は不可能である。

また、精神学の知識(心気症、リエゾンなど)、耳鼻咽喉科、脳神経学も含めた”全人的な診断”が下せるスキルが必要になってくる。

自医院(歯科医院)に来院されたからといって、口腔内に主原因、問題があるとは限らない。私自身も反省すべき点であるが、”治療的診断”と呼ばれる行為を行う歯科医が多すぎると感じている。明確な診断がついていないのに、さまざまな治療行為が行われ、術前より病状が悪化してしまっている場合がある。診断がつかない場合は絶対治療行為は行ってはいけない。

院長のメッセージ<第43回 不定愁訴への対応!・・①><第45回 不定愁訴への対応!・・②>にその辺りについて触れています。

今回から何回かに分けて、”顎偏位に対する診断”に重点をおいた話をします。歯科医としての力量が問われる非常に難しい分野です。”さまざまな専門分野の知識と、総合的な知識の両方が必要な超難症例”に分類されることが多いと考えます。

図A~図Fの方は、”前歯部分の歯並びと顎のゆがみ”を主訴にしての来院でした。

一見して閉口状態で、図Aの青矢印の方向へ下顎がずれていました。図Bのように、顔の正中(赤線)に対して、下顎の正中(青線)が左側へ偏位している状態でした。

歯列の異常は歯牙の移動で改善することは可能ですが、問題は顎の偏位です。顎の偏位が生じている場合には、いくつかの原因が考えられます。当然治療法が変わってきます。

要は、正確な診査・診断を行ってから、対処する必要がある、ということです。

図Cが正面からのレントゲン像です。顔面の正中(赤線)と下顎の正中(青線)のずれが、左右の下顎の長さ(下顎枝という)の違いの場合は、左右の黄色線の寸法が異なります。

図Dが口腔内の正面観です。青線(上顎歯牙の正中)に比べ黄色線(下顎歯牙の正中)が右側へ約3㎜(ピンク線)ずれています。

図E(右側面観)、図F(左側面観)で臼歯部の咬合関係(右側Ⅲ級、左側Ⅰ級)にも問題があると判明しました。
k1a
A
k2a
B
k6a
C
k3a
D
k41
E
k5
F
図G~図Jは別の方です。図Gの顔貌の正面観で、黄色矢印の右側に顕著に下顔面のゆがみが認められます。図Hの青線(顔面の正中)に対し、黄色線(下顎歯列の正中)が約5㎜右側にずれています。

正面からのレントゲン(図I)において、左右の黄色線の長さが異なることが判明しました。図Jの口腔内において、青線(上顎の正中)に対して、黄色線(下歯列の正中)が顕著に右側へ偏位している状態でした。
s1a2
G
s2a2
H
s4a1
I
s5a1
J
図K~図Pはまた別の方です。図Kが初診時の正面観です。下顔面が左側(黄色線)へ偏位している様相でした。図L青線(顔貌の正中)と黄色線(下顎歯列の正中)がずれていました。

図Mの正面のレントゲン像で、赤線(顔貌の正中)と青線(下顎の正中)のずれは、そのまま左右の黄色線(下顎枝)の差であることが判明しました。

口腔内を診て見ますと、図Nの正面観で青線(上顎歯列の正中)に比較し、黄色線(下顎歯列の正中)が赤線分(約5㎜)左側へ偏位、ずれていました。

図O(右側面観)、図P(左側面観)において、顕著な骨格性のⅢ級(下顎前突)であることもおわかり頂けると思います。

歯列の問題は当然として、年齢から、顎の成長・発育と途上であることを加味し、上下顎骨体部の大きさ、形状、そして顎運動も含めた診査が必要不可欠となります。

顎の偏位の原因には、顎の大きさのアンバランス(左右、上下、前後)、顎関節の位置異常、咬合の不具合の大きく3点が考えられます。もちろん単独の原因ではなく3つがミックスされたケースも存在します。
ka2b
K
ka2c
L
ka5a
M
ka1a
N
ka3
O
ka4
P
上記の3つの例のように、顎の偏位・ずれが存在し、歯列にも問題がありそうだ、ということは判明しても、顎関節・顎の形態・歯列がそれぞれどのように偏位に関与しているか検証できないと、治療には移行できません。

そこで威力を発揮するのが、ME機器、最新のデジタル機器による診査です。私たちは3次元の世界に生きています。3D(3次元)での評価によって、始めて詳細な診断が行えるはずです。もっと言えば、3次元の世界を2次元(平面)でとらえること自体に、無理があるというか、限界があったのです。

今後は、ますます歯科用CTを始めとしたデジタル機器の発達、そして付属ソフトの充実化が進み、診断の質がより向上することは間違いありません。

図Q~図Xは、上記の3つのケースの内の最後の方のCT画像です。
オトガイからほぼ頭頂部まで撮影できるCT像からは、今までの2次元画像では得られなかった多くの情報を提供してくれます。診断の質が大幅に向上しました。

前述しましたように、顎の偏位の原因には、幾つかの要因が考えられます。原因が異なれば、自ずと治療法が変わってきます。

図Qは、前述の3人目の方のCT像です。歯並びの問題ならば歯牙の移動による”矯正的アプローチ”になりますし、上下の顎骨の大きさ、形態の問題ならば、”外科を絡めた治療法”になります。

また、顎関節の位置、顎運動の改善が必要な場合は、”補綴的なアプローチ”の手腕が必要になってきます。


もちろん3者が重なり合って起こった複雑な病態のこともありますので、診断力を含めて、高い治療スキルが備わっていなければいけません。

図Qのように、専用のソフトを使用すれば、3D上で左右の下顎枝(下顎骨体)の長さを比較することができます。

また、360°回転させながら、図R、Sのように、任意の各基準点間の長さ、角度を計測することにより、上下顎骨、及び頭蓋とのアンバランスな位置、大きさ、形状などの相互関係の比較検討が可能になります。

また、図Tのように、3方向からのセクション像(断面像)を順番に診査していくことにより、解剖学的な構造物の重なりを排除した正確な診断が可能になります。

特に、顎関節部は、従来からの2次元画像では、多くの構造物が重なり正確な診断が不可能でした。

ところが、CTのセクション像では、図Uのように、右側顎関節部(顆頭)を0.3㎜単位でずらした任意の位置で読影していくことが可能です。

図Uは4枚の連続画像です。関節結節内のどの位置に顆頭があるか、関節腔の広さが前方、中央、後方で十分均等に存在するか?関節円板がどこで圧平されているか?などの評価が行えます。

また、図Uの1枚を拡大したのが図Vですし、図WがAxial像と言って顎関節部を上方から見た像になります。顎関節部を3方向から観察し、左右差も診査していくことにより、問題箇所があれば判明できます。

図Xのように、左右の顎関節部における顆頭の位置の比較も非常に詳細に比較することができます。左右の頭蓋に対する下顎頭の位置に、明らかに問題があれば、顎運動に支障をきたしていると推察できます。
1051
Q
106a
R
12a1
S
1041
T
1013
U
108
V
1111
W
1031
X
図&からは別の患者さんで、前述した2例目の方になります。

図&のように、下顎枝の解剖学的な基準点をプロットし、距離測定、角度測定することによって、形態、大きさのアンバランスがどこにあるか?を評価していきます。

この方の場合、上顎骨自体にもゆがみ、ひずみがあることが、図&の3Dから一目してわかります。

下顎枝の形態異常の左右差?、顎関節下顎頭の位置異常?、歯列の問題?それともこれらが混在した状況なのか?
を探っていきます。

図Y、図Zのように、角度を変えて計測し、さまざまな方向から左右側での違う箇所を探していきます。

図①のような下方からの観察は、CT画像によって始めて可能となります。下顎骨の各エリアでの厚み、形態、上顎骨や頭蓋、頚骨との位置関係も克明に診査できます。
510
&
14a
Y
13a
Z
126
図②の3Dと3方向からのセクション像で、下顎頭の位置異常、左右差をスライス面を変えていきながら診査していきます。関節結節内に高度に下顎頭が圧迫されていれば、骨の吸収像が見られることもあります。

図③が矢状面、図④が横断面、図⑤が前頭面です。CO(中心位)とICP(咬頭嵌合位)とのずれが、後述する顎運動記録装置結果と相関させることにより判明します。関節窩内で顎運動が適応しているか否かかの評価もある程度可能となります。

図⑥~⑧が同じ患者さんの顎運動の検査結果です。この方の場合、開口時に図⑥の赤矢印の方向(右側)へ大きくずれてしまいます。

右側の関節の動きが悪い(左側に比べ、右側顆頭が前下方向へ滑走していない)場合に起こる現象です。

顎運動と顎関節部のCT像(3方向)を見比べることにより、顎偏位に関する形態、顎運動制限などの問題点をピックアップしていきます。


CT像は、顎骨の静止状態の画像ですが、ME機器を使用することにより、図⑦のような各種顎運動時の限界値を数値にてグラフ化できます。

顎が機能している時の状態を把握できる図⑦において、左上の棒グラフの右側(緑色)が左側(赤色)に比べ滑走量が非常に少ないことが明らかです。2段目の左右のグラフを比べても、右側(緑色)に比べ、左側(赤色)は大きく前下方へ正常な動きをしていることがわかります。左側の顎関節は、回転運動しかしていないことが明らかです。

図⑦の3段目の通称ゴシックアーチと呼ばれている顎運動の前後・左右の軌跡においても、左側顎関節の動きの問題から左右非対称な図形となっており、COが安定しないことも判明しました。

最大開口量も正常者の場合35㎜以上に対して21㎜と制限されていること、患者さんの問診から口腔周囲筋の圧痛も随所にあることから、顎偏位の原因は、いくつかの要因が複雑に絡み合っていることが推察されました。

また、図⑧の各種顎運動時の顆頭の動いた軌跡の図形においては、左右差が大きく、この方の場合、顎運動の問題点を解決しなければ、顎偏位自体の改善は不可能であることが判明しました。

そして、咬合(咬み合わせ)の問題点については、歯型を採得し、咬合器上で個々の歯牙の位置異常や歯列不正からの外傷性因子の精査が必要になります。

術前の患者さんの咬合様式の問題点に始まり、咬合干渉や早期接触などの外傷性因子の部位の特定し、機能的な固有の咬合を模索する作業に入ります。
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