ページトップへ戻る

昨日の午後7時前の出来事である。日頃から交流のある某歯科医院のA先生から緊急の電話があった。その時、私は7月のフルマラソン出場のため、ジムでトレーニングをしていた。

A先生:「石井先生、どうすればいいでしょうか?」
   私:「何がどうしたんですか?」
A先生:「2次オペ中に上顎洞へインプラントが突き抜けたんです・・・
   私:「いつの出来事ですか?」
A先生:「今です、つい10分前のことです」
   私:「つまんで取れないですか?それとも迷入しましたか?」
A先生:「ホールからは見当たらないです・・・」
   私:「そうしたら、ラテラル(側方)からのアプローチになりますね」
A先生:「・・・・・・・・・・・・・・・」
   私:「側方から骨窓を開けて取り出しましょう」
A先生:「・・・・・・・・・・・・・・・」
   私:「インプラントの迷入位置をレントゲンで確認して、その近辺からトライしましょう」
A先生:「やったことがありません」
   私:「・・・・・・・・・・・・・・・」
   私:「迷入したのが始めてということですか?」
A先生:「いいえ、ラテラルからサイナス(上顎洞)へアプローチしたことが一度もありません
   私:[えぇ???」

その後5分ほど会話が続きました。結局、電話を切った後、A歯科医院へ出向いて、上顎洞へ迷入したインプラントを私が除去しました。
実はほとんど同じ事例が、当クリニックに今月初旬に1回、先月は2回、先々月は3回もありました。”稀なこと、自分に限ってはありえない”で済まされるでしょうか?

話を伺う限り、全てのケースに共通しているのが、ある意味無謀な治療計画から生じた”安全性の低い不確実な治療法”が選択された結果と言わざるを得ませんでした。”氷山の一角”と感じてしまうのは私だけでしょうか?

インプラント治療で使用されるマテリアル(材料)やインストゥルメント(器具)の進歩は著しいのですが、トラブルシューティング(偶発症)への対応やリスクマネージメントへの準備が各医院でできているのか?疑問と言わざるを得ません。

上顎洞やサイナスリフトに関しての基本情報は、インプラント最前線の<第8回 サイナスリフト(上顎洞挙上術)・・・基本編><第9回 サイナスリフト(上顎洞挙上術)・・・上級編>をご覧下さい。

図A~E図F~Jは先月緊急手術を行った2人の方のレントゲン等の状況です

図Aの横断面(クロスセクション像)で、上顎洞内に迷入したインプラント(赤丸)が横たわっています。

既存のインプラントの裏側(口蓋側)に存在します。既存のインプラント周囲ののサイナスリフト(骨造成)ができておらず、シュナイダー膜が破られているのも、CT像で一目して判明しました。

図B,Cのように、シュミレーションソフトに組み込まれている3D像で解剖学的な構造物との位置関係をイメージできます。

通常は図D(パノラマミック像)、図E(アキシャル像)のように、重力の関係で術直後の場合、迷入したインプラント体は、上顎洞の下底に認められることが大半です。

オペは、レントゲンで確認された位置からインプラント体が移動しないよう、座位に近い状態で行う場合もあります。
2a3
A
59
B
1110
C
78
D
64
E
次の図F~図Jの方の場合、オペの難易度が少し高くなります。迷入したインプラント体が図Fのように、上顎洞の後上方に位置しています。図Fの赤四角部分を拡大したのが、図Gです。図Gの赤丸部分に落ち込んだ状態でした。

このような場合、CT像で上顎洞の形状を3次元的に把握しておくと同時に、図H赤曲線の皮質骨内の窪みの幅、深さを十分イメージングしておくことが重要となります。

そして、オペは、図I、Jのようにインプラント体から近い場所に側方から骨窓を開け、サイナスメンブレンを挙上した後、1箇所のみメンブレンを破って、専用のピンセットで慎重に取り出すことになります。

奥まった場所を見るためにファイバースコープ用のライトを使用することもあります。その後、メンブレンを9-0で縫合した後、自家骨で補填する、というのが通常の術式となります。
1a3
F
10a
G
136
H
145
I
153
J
あくまで私見ですが、”全ての症例を低浸襲という理由で歯槽頂からアプローチする”、というのは無理がある、というか、安全な術式とは言えないと思います。大半は、上顎洞までのの骨高が2~4㎜しかないケースでのトラブルです。安全で確実性の高い治療法を第一選択とする、という基本的な概念が必要ではないでしょうか?

また、このような場合、洞内感染を起こしているケースも多いです。パノラマだと挙上されているか不鮮明ですが、CT像だと明らかです。挙上されておらずシュナイダー膜を破っているケースは感染のリスクが高くなります。洞内根治術を同時に行うこともあります。

それから、最近の文献を紐解いてみますと、”自家骨を全く使用しない場合、若干でも自家骨を使用した場合に比べ10倍以上で感染のリスクが高くなる”、とのデータが出ています。代用骨のみの骨造成は、手術環境も含め感染のリスクを可能な限り排除して行う、慎重な術式が求められます。

上記のような偶発症とは言えないようなトラブルを目の当たりにするたびに、私たち臨床家は、特に外科分野に関しては、”10割バッターを目指した術式を選択する”、という基本姿勢が大切である、と考えさせられます。

華やかなトレンドの術式に流される前に、”先駆者が築き上げてきた安全で確実性の高い術式のバリエーションの習得にまずは専念する”ことが求められているのではないでしょうか?