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第60回 ”様付け”か”さん付け”か?

定例の今年最後のランチ・ミーティングを行った。
近所の「カジュアルレストランのデリバリーメニュー」の中から好きなものを選ぶ形とした。
基本的には洋食で、ちょっとこってり系でしたが、味、ボリュームの方は、私的には70点といった感じでした。

肝心のミーティングですが、「あってもいいな?」「なくてもいいかな?」という、ちょっとピントこないタイトルで、始まりました。
医院内で、今はないが是非必要なものと、逆に今あるが不必要なものをピックアップしての討論でした。
テーマが大きすぎて、ちょっと総論的な話に終始した感があり、消化不良かな?というのが端から観察していた私の印象です。
各論については、次回に持ち越しになりました。
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次に私の提案で、”様付け”と”さん付け”どちらが良いでしょうか?という話題を取り上げました。

”患者様”と呼ぶのが良いのか、それとも”患者さん”のほうが良いのかということです。

医療は、言うまでもなくサービス業の範疇に属しています。歯科医院の供給過剰が続く中、この10年でサービス業的発想を取り入れざる得ない風潮が加速しています。私が開業した10年以上前は皆無だった、顧客やスタッフ管理に代表される経営セミナー、同種の研究会も全国各地で立ち上げられ、規模は拡大する一方です。そして、学術的なセミナーより経営セミナーの方が人が集まりやすく人気がある現状には、私個人としては複雑な思いがあります。

ただ、現実問題として、開業歯科医は、経営者との”二束のわらじ”を踏んでいるにも拘らず、経営者としての教育を大学時代全く受けていないという事実もあります。ですから、経営者としてのノウハウを学習することは当然必要なことです。どこまでサービス業に徹するのか?当医院の今後の方向性を決める上でのスタッフの考え方を知りたいと思い、”様付け”と”さん付け”どちらが好ましいかという具体例で個々の意見を探ることにしました。

あるスタッフは、”患者の名前に’様’をつけた時点で、「患者」から「お客様」に変わり、発し手とその相手の間に距離を感じるため、医療現場では疑問に思います”という意見であった。
またあるスタッフは、”患者の名前に’様’をつけた時点で、相手の欲すること、望むことを「して差し上げる」一方通行のサービスになる傾向が強く、「治る喜びを共に感じる」、「相手の気持ち」、「わかる」、「聞くこと」、「一緒に」、「コミュニケーション」、「安心感」といった言葉が連想される”共感”を得ることが難しくなるのではないか?”という意見であった。

先日、医療・福祉の先進国である北欧と日本での医療現場における老人患者に対する考え方の違いに関する記事を目にしました。
北欧では老人患者を<老人>とし、日本では、<お客様>として扱っているということでした。
日本の医療現場では、簡単に車椅子を使用させてしまいます。なぜならば、患者はお客様であり、”お客様をいたわることが第一”といった捉え方で、その患者の自立という側面は二の次になりがちだからです。
一方、北欧では、年老いて足腰が弱くなったとしても、車椅子を使わせようとはしません。なぜなら、自立を第一に考え、自力で歩けるようになることに主眼が置かれているからです。歩くことができるまで、患者に寄り添い、見護る(みまもる)と言われています。

スタッフに聞きました。
「”様付け”と”さん付け”では、どちらが相手との距離を縮めることができ、患者と共感できますか?」
「乳幼児や小学生の子供への、”様付け”に違和感を感じませんか?」
「”様付け”が本当に患者さんの権利を尊重する行動ですか?」

サービス業に走りすぎてしまうと、医療という本来の役割を忘れてしまう可能性を秘めています。
”様付け”に違和感を感じた時、自分が何か大切なものを忘れたまま進んでいないか確認してみる必要があるかも知れないよね!
と私の思いを述べました。

結論は勿論スタッフに委ねました。医療サービスとは何ぞや?スタッフ各人が、風潮に流されず、当医院の今後の方向性を真剣に考え、一つ一つ実行していくことが一番大切なことと思っています。