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第51回 歯は常に動いている!

今回は、一般の方が抱いている素朴な疑問をヒントに、話しを進めていきたいと思います。
医療関係者の方には物足りない内容ですが、お許し下さい。

先日、ある患者さんから、”先生!下の前歯が最近重なってきたんです。10年前はきれいだったのに・・・。歯って、簡単に動くんですか?”という質問を受けました。
 歯は、顎の骨とくっついていて、簡単には動かないもの、と思われている方が結構います。が、実はある条件が重なれば、簡単に動いてしまいます。
 正確には、歯は常に動いているんです。食事の際、咬むごとに上下左右に揺さぶられていますし、もっと言えば、舌や唇で押しただけで、何ミクロンかは、動きます。とってもデリケートなんです。

もし、歯周病が悪化していけば、歯牙は、1㎜単位で上下左右に簡単に動くようになりますし、移動していきます。
歯根面のセメント質と歯牙周囲を取り囲んでいる歯槽骨は、繊維性の付着をしているだけです。わかりやすく言えば、糸(歯根膜線維)でつながっているだけです。力がかかれば、”生理的動揺”と呼ばれる正常な範囲内での動きが起こります。”咬み応え”として感じます。

また、今お話した外力とは別に、経年的に歯牙は動き続けます。どの方向にどれくらいのスピードで動くのか?と言われれば、周囲の環境如何による、としか言いようがありません。

では、事例を挙げてお話していきたいと思います。


図A~Iの9枚の写真は同じ患者さんの写真です。他県の歯科医院からの紹介で、当医院へ来院された8才の女の子です。主訴は、”この1年で、急に出っ歯になってきたのでどうしたらいいのでしょうか?”でした。

図Aが横からの口元のアップで、明らかに上の前歯が出ていますし、図Bでは、下の前歯が見えな状態です。図C(右側面観)、図D(左側面観)でも同様に上の前歯が出た感じに見えます。

ところが、実は、このケースは、見かけ上は出っ歯に見えますが、本質的に出っ歯ではありません。理由は後ほどお話します。

図Eが上顎咬合面観です。軽度の叢生(乱杭歯)が認められます。図Fが下顎咬合面観で、一見きれいな歯列です。
 ところが、実は、図Gの黄色矢印のところにあるべき歯(側切歯)がありません。両側側切歯がない、”先天性欠如歯”といいます。

前歯が、左右の犬歯から犬歯までで6本あるべきなのに、4本しかありません。この女の子の場合、前歯4本は、生えながら、図Hのように舌側(青矢印)の方向へ動いていったのです。

主訴は、前述しましたように、”この1年で、急に出っ歯になってきた”でした。つまり、下の前歯4本が、側切歯がなく、スペースが余っているため、舌側(内側)へ動いていったのです。ですから、上の前歯には、全く異常はありません。

図Iのレントゲンの黄色矢印のところにあるべき側切歯が両側で欠損しています。
上下の歯数が違う場合、とても治療が難しくなります。特に、1本ならまだしも、2本下の歯が少ない場合、通常見かけ上出っ歯になりますので、上顎を2本抜歯する歯科医が多いと思います。
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前医の紹介状には、今後の治療計画として、”上顎への下顎前方誘導のための”咬合斜面板”装着予定、と記載されていました。が、臼歯部(奥歯)に問題はないのに、下顎骨自体を前方に動かす咬合斜面板はまずいです。

歯槽性の異常
(歯の位置異常)ですので、「下顎4前歯を前方へ歯体移動(ワイヤー矯正必要)して、スペースを小臼歯付近に集めて、顎骨の成長終了後にインプラントにて補綴する」か、「上顎を2本抜歯して、上下の歯数を合わせて理想的な咬合を獲得していく」か、のどちらかの治療計画になります。

前述の症例のように、先天性欠如歯のあるお子さんが、最近とても多いです。審美的な問題、歯並びの問題、かみ合わせの問題等が生じますので、できるだけ早期から、できれば歯牙が萌出する前から発見し、対策をとるべき、と考えます。


歯は、隙間がある方向に動きやすい、という話をしました。
図J、Kは、当医院初診時の同一の患者さんの口腔内です。
 図Jが上顎咬合面観です。黄色矢印のところの左右第一小臼歯(前から数えて4番目)がありません。10代のときに抜歯したそうです。左右の奥歯が前方へ動いて(ピンク矢印)、隙間は完全に無くなっています。幼年期に抜歯すると、抜歯スペースへ向かって、歯牙が容易に動いていきます。自然に閉じてしまう場合も多々あります。

図Kが横からの口元のアップです。重度の出っ歯です。上の歯牙がすでに2本少ないので、もう抜歯はできませんので、前歯を後ろへ引っ込めるのが大変です。
 抜歯、特に幼年期の抜歯は、治療計画を十分立ててから行ってほしいものです。

次の図L、M、Nは、同一の患者さん(成人女性)の口腔内写真です。図Lにおいて、上下の歯牙の正中(黄線と青線)がずれています。上下の正中がずれている場合、上下どちらかの歯牙または、歯列に問題がある場合と、顎の偏位が考えられます。

図Mをご覧になればおわかり頂けると思います。青丸の部分の歯牙(左側第一小臼歯)が抜歯されたまま、何年も放置されていました。そのため、黄色矢印のように、抜歯されたスペースに向かって、上の前歯は全体に左方向(画面上は右)に動き、左上奥歯(画面上は右)は前方へ動いてしまったのです。

図L上顎の正中(黄線)が左側(画面上は右)へずれていったのです。図Nの青丸の部分に1本歯牙がないため、黄色矢印の方向へ全体に歯牙が移動してしまったのです。
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M
N
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J
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K
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L
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N
次に、図O、P、Qは非常によくあるケースです。”下の前歯が最近すごく重なってきた!”と言われて来院されました。図Oは、下顎咬合面観です。前歯が重度の叢生です。図Pの黄色丸のところに、両側の親知らず(第三大臼歯)が覗いています。

レントゲンを撮ると、上の図Qの状態でした。黄色丸の親知らずが、両側ともに、ほぼ水平に埋まっていました。親知らず自身が生えようとする力で、青矢印の方向に歯牙を押します。すると、しかたなく、前歯にしわ寄せが来て、重なりがひどくなっていく、という具合です。

もしスペースがあれば、そのスペースが閉じていきますが、スペースがない場合は、叢生が悪化していきます。通常、両側から押しますので、このような親知らずを放置しておくと、経年的に前歯の重なりは、どんどん悪化していきます。

スペースがある場合と、逆にスペースがない場合の歯牙の動きについて、事例でお話しました。

次に、咬合に問題があったり、歯周病が悪化していると、歯牙は、さらにダイナミックな動きをしてしまう事例の話をしてみたいと思います。

図R、S、T、Uの4枚は、同じ患者さんです。図R、Sから、上下の各歯と歯の間全てに隙間がある状態です。まるで矯正治療をして、側方、及び前方へ拡大したようです。

図T(上顎咬合面観)、図U(下顎咬合面観)の黄色矢印の方向へ歯牙全てが移動してしまっています。この状況を”フレア・アウト”といいます。この方は、歯周病が全体に重度に進行しており、下の奥歯4本を自然に抜けたままにして、10年以上が経過していました。咬合も不安定で、全ての歯は、外側へ開いてしまっています。
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次の図V、Wの写真の方に至っては、どの歯がどの方向にどれだけ動いたか、計測不能なほど、前後左右上下あらゆる方向に動いてしまっています。抜歯または自然に歯が抜けて放置したままだったため、スペースのあるところへいろんな方向から歯が集まっていきます。咬合も、完全に崩壊しています。

 30年以上歯科医院へ行かれたことがない方でした。”欠損箇所ができたなら、何らかの方法で補綴物を入れてスペースをふさぐ!”ことをしないと、ここまで悪化してしまうこともあります。

最後に、”歯が動いたことによって、良くなった非常に稀な事例”を見て頂きたいと思います。
 図Xの黄色矢印に隙間が開いていたのですが、図&では閉じています。矯正装置など外部からの力は一切加えていません。歯周組織のケアーと、かみ合わせの調整をしただけです。3年の歳月を費やしました。”歯は、常に動いている!”のを実感しました。
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V
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W
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上の写真の図Yの黄色矢印の箇所にも隙間がありました。図Yの黄色矢印の両側の歯牙は、過重負担”咬合性外傷”という)の状態でした。負担を軽減したことにより、図Zでは、完全に隙間がなくなっています。かみ合わせも非常に安定してきました。
 歯牙自身が、動くことによって自然治癒能力を発揮しているのだろう、と考えました。
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Y
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Z
”歯は常に動いている!”というタイトルでお話しました。
永久歯が萌えそろうのは中学生の頃です。その後、歳を重ねるごとに、だれでも歯は少しずつ、確実に移動していきます。虫歯や歯周病という病態があれば、さらに移動を加速させます。

1本の歯牙は、その両隣りの歯牙、かみ合う歯牙、舌や唇、頬などの周囲組織、筋肉などの拮抗のとれた場所に留まっています。非常に繊細でデリケートな不安定な状況に常に置かれています。
一度、拮抗がくずれてしまうと、簡単に動いてしまいます。

何よりも、”欠損やスペースを放置しない”ことが、重要です。
そして、”悪玉菌、例えば生え方の悪い親知らずの放置は、上下の歯牙全体を不適切な方向への移動を起こしてしまう”ことも知っておいてほしいと思います。