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第44回 不定愁訴への対応!・・・②

今回は、前回<院長のメッセージ第43回 不定愁訴への対応・・・①>に引き続き、不定愁訴で来院された方への、当医院でどのような取り組みを行っているか、についてお話してみたいと思います。
 私の場合、主訴に対する原因がはっきりせず、口腔領域に問題がないと思われ、診断がつかない方の場合には、すぐ治療に入らず、友人である精神科の医師と連携をとるようにしています。 
 本来、精神科医が診断を下して言うべき、”ストレスのせいでしょう”という言葉を、安易に歯科医師が言うのは禁物です。


■症例1■
症例1の図A~Dは、前回提示させて頂いた患者さんで、主訴は、「耳鳴り、めまい、下唇の左半分のヒリヒリ感、左腕のしびれと痛み」でした。
 図Aが口腔内の正面観で、顎が大きく左側に偏位していて、図Bの赤線のように上下の歯牙の正中がずれていました。
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閉口時の図Cの時は、顔貌は左右対称ですが、開口すると、顎が大きく左側へ偏位します。左側の顎の関節の動きが悪いのは明らかでした。
 大学病院などなどで、スプリント(かみ合わせの治療に使用するマウスピースのような取り外しの装置)による咬合治療を3年間行ったものの、全く主訴の改善には至らなかったそうです。本人は、顎の偏位については、最初から全く気になっていなかったのです。
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歯科医が異常と判断し治療をしても、主訴の改善がなされなかった、ということは、診断ミスであり、無意味な治療だったといえるのではないでしょうか? 
症例1の患者さんは、顎関節部の症状をほとんど訴えていないのに、自覚症状を多岐に渡って訴えておられました。
 精神科の友人に聞いたところ、神経症の一種である”心気症”ではないか、という返答でした。心気症とは、”心身の不調に強くとらわれるが、診察、検査等で自覚症状に関連する異常が見出されないことをいう”と定義されています。
 歯科医は処方できませんが、精神科医によれば、心気症には、薬が有効とのことでした。感受性を弱めることにより、この患者さんは、多岐にわたる自覚症状がかなり改善されました。
 口腔内や口腔周囲に自覚症状があって歯科医院に来院されたからと言って、歯科領域の疾病とは限りません。耳鳴り、めまいはほぼ消失し、現在は、下唇のヒリヒリ感が若干残っている程度です。結果論ですが、症例1の方の場合、顎関節に形態的な異常があっても、臨床上は、顎関節症という病名にはあたらない、とうことになります。他科との連携の必要性を強く感じた症例でした。

次の症例2は、歯科医が診察すれば、咬合や歯牙自体に主に問題点があるにもかかわらず、患者さんは、顎だけでなく、舌や唇に自覚症状を訴えていました。

■症例2■



図E~Hが初診の口腔内です。15才の女性で、主訴は、「口が指2本くらいしか開かないこと、上唇の右半分のしびれと、舌の前方部のヒリヒリ感」でした。
 図Eから、症例1とは異なり、上下の歯牙の正中は一致しており、図G(右側面観)や図H(左側面観)からは異常が見当たりませんでした。
 指2本分しか開かない、ということは、下顎頭は回転運動しかしておらず、前下方への滑走ができない、いわゆる”クローズド・ロック”という状態でした。下顎頭を含めた顎関節部の運動の詳細については、<院長のメッセージの第41回 ”かみ合わせ”治療への取り組み!(顎関節の話)>をご覧ください。


口が開かないことが一番の訴えではありますが、唇や舌の症状を訴えていることを見逃してはいけません。顎関節の異常と、唇や舌の異常との因果関係は、この時点では私はわかりませんでした。
 口が開くようになることと、、唇や舌の症状が改善することは、別の治療が必要であることを、治療前に十分患者さんに説明しておかなければいけません。顎の治療をしたら、もしかしたら、唇や舌の症状も消失するかもしれない、というよな何の根拠もない思わせぶりな発言をすると、患者さんというのは、過大な期待をしてしまいます。
 精神的な因子が疑われる患者さんの場合、顎の治療後に、唇や舌の症状が取れないことで、信頼関係が崩れてしまうこともあります。

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X-rayでは、図I(パノラマ)で、歯牙の状況や顎の形状、位置異常の有無等を、図J(側方セファロ)で、上下顎の大きさ、前後、上下的な位置を精査します。セファロから、下顎がかなり後方位にあることが判明しました。
 そして、図Kのレントゲンも、顎関節に異常がある場合には重要です。PA法(正面セファロ)と呼ばれる撮影法で、例えば、左右の顎の大きさの比較ができます。赤線と青線の長さの差が大きい場合、”変形性顎関節症”と呼ばれ、咬合に異常があり、顎が偏位したまま成長期をすぎてしまった成人の方に見られます。外科的な治療の適応になります。
症例2の患者さんは、PAにて骨格的な左右差はほとんどありませんでした。口を閉じた状態で、顎が偏位している方は、変形性顎関節症が疑われますので、図Kのレントゲンで確認する必要があります。

治療としては、第一段階として、図Lのようなスタビライゼーション型スプリント(マウスピース型の装置)を装着してもらい、咬合を若干挙上して、下顎頭の位置を下げて顎関節内で動きやすい状態をつくります。
 第二段階として、図Mのような赤丸部分に斜面のついた下顎前方整位型スプリント(口を閉じた時に下顎頭が前方へ滑走しやすい装置)に変更してかみ合わせの調整をしていきます。約2ヶ月で、指4本分は開口できるようになりました。左右にクリッキング(口をあける時に音がする)は残っているものの、日常生活には、不自由ないとのことでした
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図Nが閉口時です。顔貌の非対称がないことやPAから、変形性顎関節症ではなく、関節円盤の転位による”顎関節症Ⅲ型(顎関節内障)”と考えました。図Oは、開口途中の写真で、経路が一旦右側へ偏位しないと開かない状態でした。ということは、左側の下顎頭が、内側にずれないと前方に滑走できない状態と考えられます。


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15歳という年齢を考えると、まだ、若干の顎関節部の成長発育の余力が残っています。適正な咬合関係を与える、といった、後天的な環境因子により、十分形態的にも変化、順応していくものと思われます。
 スプリント治療を行った後に、矯正治療により適切な安定した咬合を与えていくのが理想と、考えます。現在、矯正治療へ移行している段階です。

顎関節の話が長くなってしまいましたが、最初に提示しましたように、上唇のしびれと舌のヒリヒリ感については、全く変化がありませんでした。当然といえば当然です。原因がわからず、治療をしていないのですから・・・。

 顎関節の異常を訴えられる方の大半が、口腔内や口腔周囲、さらに、首や肩、腕や足まで症状を訴えます。歯科医は、顎関節症という知っている病名を基準に判断してしまいます。症状によっては、精神科的な治療を先に行った方が良い場合もあります。少なくとも精神科の医師に相談する”リエゾン療法”は念頭において、日常的に行う必要がある、と考えます。
私見ですが、顎関節症の方は、全て精神面を配慮した治療が必要と思います。精神医学的な面接によって判断されるべきです。症例2の方には、唇と舌の症状については、”これ以上私にはわかりません。私の能力の限界です”ということを伝えました。精神科を含めた他科へ受診してもらいよう話をしました。

 当医院へ不定愁訴で来院される方で、精神的な因子が関与していると思われる症状で多いのが、「舌の痛み」、「顎関節の症状」、「口臭症(口腔内異常感症)」です。各種検査の後、歯科領域に異常が見当たらない場合は、治療の最初の段階で、一言説明しておけば、ずいぶん状況が変わっていたケースによく遭遇します。

 医療の分野で、インフォームドコンセント(十分な説明の上での同意)が叫ばれて久しいですが、私たち歯科医は、治療することを前提にしたコンサルテーションには慣れていますが、患者さんの心の闇の部分を読み取る訓練はされていません。精神科医のコンサルテーションに何度か立ち合わせてもらいましたが、手法のバリエーションの多さに驚かされます。精神医学の奥深さ、難しさを考えると、にわか勉強をした歯科医では到底対応できません。

前回も言いましたが、ドクターショッピングをする患者さんをつくらないためにも、「ストレスのせいでしょう」というあまりにも無責任な、”医師としての基本的な心構えの全くない”対応はしないでおこう、と日々心掛けています。