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永久歯は、親知らずを除けば全部で28本(上下左右7本ずつ) というのをご存知の方は多いと思います。

 先天性欠如歯や、矯正治療のために便宜上、抜歯をした、といった特別の事情がない限り、乳歯から永久歯に生え変わった直後は、だれでも28本歯が生え そろっています。

 ところが、その後、20年、30年、40年と経つうちに、虫歯や歯周病が原因で1本、2本と抜けたり、抜いたりしながら、かかりつけの歯科医院に足を 運んでいる、というのが現状ではないでしょうか?

 今回は、タイトルにある通り、
「1本の歯にこだわって治療した」症例をご紹介してみたいと思います。たかが1本の歯、されど1本の歯です。

 歯科医の立場からいえば、原因はどうであれ、
「この歯は、抜歯するしか治療法がないですねー」 と患者さんに説明するということは、”その歯を治療する手立てを自分は知らない” ことを自ら認めたということで敗北を意味します。

抜歯せずにいかにその歯を良い状態に してあげるかが、歯科医の腕のみせどころ、と言えるのではないでしょうか。

 以下の症例は、患者さんの抜歯はしたくない!という強い要望もあって治療期間はかかったものの、良好な予後が得られました。

■症例1■
図Aは、上の第一大臼歯(通称6才臼歯)を横から見た図(左側)と輪切りにした 断面図(右側)です。上顎第一大臼歯は、通常3つの歯根(頬っぺた側に2根、内側に1根)があります。図Bの黄色丸の歯が第一大臼歯です。

 この患者さんは、
図Cの黄色丸の部分の歯周病が進行し、頬側側の歯根(頬側根)と 内側の歯根(口蓋根)の間の歯槽骨がほとんどなくなっていました。

 通常、上顎の歯根と歯根の間の歯槽骨が重度に破壊された場合、一方の歯根を抜歯する以外手立てがない場合がほとんどです。
 両歯根間の清掃ができないため、炎症を完全には回避できないからです。

 今回は
図Dのように、頬側根と口蓋根を分割しました。そして、各歯根周囲 の歯肉処置を施し、炎症症状を取り除いた後、歯根間を清掃しやすい形態にするため、矯正装置による歯根の移動を行いました。
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図Eが移動前、図Fが移動中、 図Gが移動後です。図H は模式的に書いた図ですが、歯根を左右に並べることにより、清掃が容易に行えるようになった ことだけでなく、隣在歯との距離も均等になり、咬んだ時の各歯根への負担も軽減される形態になりました。
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図I、Jは、仮歯を装着して、歯間ブラシで掃除ができることを確認していると ころです。約1ヵ月間、仮歯にて使用してもらい、咬み合わせ、歯肉の状態等のチェックを繰り返し、特に問題が発生しないのを確認した上で、最終的な 補綴物を装着しました(図K)。
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今回の症例の場合、第一大臼歯を抜歯して、隣在歯を利用したブリッジを作製する、というのが一般的な治療法です。が、あえて抜歯せずに、歯根を分割、移動するという手法をとりました。約4ヶ月もの治療期間がかかりましたが、患者さんの満足度ははかりしれませんでした。

 我々歯科医は、安易に抜歯しての治療を提示するのではなく、あらゆる方法を駆使して、できる限り歯を保存しての治療を提案していかなければならないんだ、と痛感した症例でした。

■症例2■
 次の症例2は、「上の前歯が折れた」ことを 主訴に来院された患者さんです。図Lが術前です。 図Mは下から覗き込んで撮った状態です。歯ぐきより上の部分の歯質は、ほとんどない状態でした。

 通常、歯ぐきの中に埋まっている部分しか歯が残っていない場合、差し歯にするのは非常に難しいといわれています。無理をして差し歯を作製しても、差し歯と歯質の境(マージン部という)が歯肉の内部に設定されるため、プラークコントロールができないので歯肉炎を繰り返すことが ほとんどです。

 今回は、
歯根の挺出(下方へ引っ張り出す)を行い、マージンの位置の是正を行い、 歯肉の形態を修正して、プラークコントロールしやすい状態にしました。

 
図Nのようにワイヤーでレベリング(各歯牙の 大まかな平面化)を行った後、図Oのように 屈曲したワイヤーで、下方方向(黄色矢印)への力をかけました。
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 図Pが矯正治療中の レントゲンです。図Qが、仮歯の形を修正しながら、ほぼ挺出の終了したところです。 歯を挺出させると、歯ぐきも一緒に下方へ下がっているのに注目してください。
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そこで、図Rのように、一度歯ぐきを反転して、 隣在歯と同じ高さになるように歯肉成形をしました。図Sが術直後、図Tが一週間後です。 歯肉の高さが隣の歯とほぼ同じになっていることがわかると、思います。

 その後、
図Uは、仮の歯にして、歯肉が正常な治癒過程を経ていくことや、歯肉炎の 症状が発現しないことを確認している状態です。一ヵ月後に最終補綴物を装着しました。

 挺出させても、咬合圧に耐えうるだけの
十分な歯根の長さが当然必要です。また、 何ミリ、どの方向へ、どれくらいの力で挺出させるか、といった術前の綿密な 治療計画をたてておくことも、重要かと、思います。
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今回は、<一本の歯にこだわる!>と題して、よくある代表的な2症例をご紹介しました。
歯科医が一本の歯の治療を行う際、残すことが難しい歯であっても、まずは、抜歯しないで治療できないものか、当然考えます。

 どんな歯科医が診断しても抜歯する以外方法がない場合を除いては、患者さん以上に、一本の歯へのこだわりをもって治療に臨むべきです。

 
虫歯治療や歯周病治療を単独で行うのではなく、外科や矯正など、あらゆる方向からのアプローチをすることにより、抜歯しなくて済む歯が増えるはずです。